12 成敗
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「ぐあああああーっ」
吠えたのはひっつめ髪だ。その手には波打つ刀身のフランベルジュ。
このゲームで生き残った最後の一名は、強制的に裁定者にされる。ぼくと珍念さんが死ねば、舞坂さんは自己の消滅と引き換えでなくては裁定者を倒せなくなるのだ。
「死ね死ね死ね死ねーっ」
まがまがしく揺らめく剣が、うねりながらぼくを襲う。たちまち二の腕やほっぺたに焼けるような痛みが走るも、ぼくは付け焼き刃な体術の限りを尽くし、深手をなんとかまぬがれる。
「消えろっ、高飛車女っ」
青学ランがバトルアックスをおもちゃのように軽々とふるい、舞坂さんに襲いかかる。
「カムイくんっ、うしろっ」
舞坂さんの切迫した声がぼくを叱咤する。鋭敏になった神経が背後の殺気を、確かに感じとる。身を投げだすようにひるがえし、トビシマのサーベルをかわした。
だが、これはおとりだった。
「もらったーっ」
体勢を崩したぼくめがけ、波打つ剣先が迫る。よけられないっ、と覚悟したとき、側面からショルダータックルを受けた。ぼくと入れ替わるようにしてあらわれた小柄な体をフランベルジュが刺しつらぬく。
「珍念さんっ」
「げぶふっ」青学ランが胴体を両断され、その手からバトルアックスが投げだされる。
「ひいっ」
悲鳴をあげたのはひっつめ髪だ。珍念さんがフランベルジュに手のない腕をまきつかせ、抜けないようにしている。そこへ舞坂さんが長太刀をひっさげ肉迫した。
ちゅうちょなき斬撃の連打がひっつめ髪を細切れにする。さらに跳躍。舞坂さんが百八十度開脚で倒れこんだぼくの頭上を飛び越え、トビシマの前に立ちはだかる。
振り返ると、珍念さんがみぞおちを貫通するフランベルジュを抱きかかえたまま、横倒しになっていた。
「ケント、くんの、かたきを……なので、ございます」
そこまで口にすると、珍念さんは息絶えたように動かなくなり、主を失ったフランベルジュもろとも輪郭をあいまいして消えてゆく。また仲間を失った痛みが身内を駆け抜けるのをぐっとこらえ、ぼくは最後の敵に目をくれる。
「ま、待ってくれっ」トビシマは左手を舞坂さんのほうへ突きかざしたまま、後ずさりしていた。「おれは徳伊にそそのかされただけだっ。きみに危害を加えたことを、いまはとことん後悔しているっ。きみが生き延びてくれたことも、神に感謝してるくらいなんだっ」
なんてご都合主義な言い草だ。さっきは舞坂さんが校舎もろとも自決したものと信じこみ、喜びをあらわにしていたくせに。
「郡是くんのことはどうなんだっ」
ぼくは手のない右腕を突きつけるようにトビシマへ向けた。郡是くんはとんだ勘違い野郎だったかもしれないけれど、濡れ衣を着せられたあげくに殺される謂われなんて、ぜったいにないはずだった。
「あ、あれは事故だった。ちょっと脅したら、勝手にびびって落ちてったんだっ」
「つまりあんたが殺したってことじゃないかっ」
ぼくが断じるのと、トビシマが左手で結んだ刀印を顔の前で振るのは同時だった。
「あばよ、甘ちゃんたち――って、あれっ?」
しかしトビシマの実体化は解除されなかった。
「無駄」舞坂さんが手短に告げた。「あなたはもう、ここから逃げられない」
『ボクがここのオブジェクト権限をうばってやったからなああーっ』
舞坂さんが開けた床の穴から、金色のもふもふクリーチャーがぴょんと飛びでてきた。ゴールドホッパーだ。
『よお、裁定者くん。きみらが背景としていることじたいが結界だったんだ。きみらが実体化してこっちに介入したとたん、つけこむ隙がぼくにもようやくようやく出来たってわけさっ』
トビシマの顔にまぎれもない恐怖が浮かんでくる。
「いやだっ、童貞のまま死ぬなんてっ、ぜったいにやだあーっ」
相手との距離を淡々と詰めていた舞坂さんが足を踏み外したみたいによろける。トビシマがすばやく動き、サーベルで下段から斬りつける。ひゅんっ、という風切り音を放ちながら、長太刀が一閃した。
「はぎいいいいいーっ」
サーベルを握ったトビシマの右手が肘のあたりから切断され宙を舞ってゆく。
「あぎっ、あぎっ、いいいいいいーっ」
「手紙のこと、ずっと知らなかったから」
トビシマの絶叫がやむ。その目がひんむかれていた。幾分の申し訳なさのこもった声で、舞坂さんが続けた。
「お母さんに教えてもらったの、昨日になって初めて」
乙宮さんがトビシマを挑発した際に披露した手紙ネタは、そこから来ていたのか。
「じゃ、じゃあ、手紙に目を通してくれたら……オッケーしてくれたのか? おれはただ、きみとディズニーに行って、恋人ストローでおなじコーラを飲み干したい――」
「ポンタを、どうして殺したの?」
「なっ――」
「わたしが、餌をあげてた子猫のこと」
「あ、あれも徳伊がっ、きみが学校を休んでるから、いまがチャンスだって――ぶべばっ」
舞坂さんが長太刀を横ざまに振り抜いた。さらに「X」の文字を刻むように斬り伏せる。ぎゅおおおおおんっ、という轟音とともに、トビシマは分解しながら宇宙誕生の際に生じた原初のうずのようにとぐろを巻くと、破裂して消えた。




