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ドリームサバイバー ――いきなり教室、はいバトル!  作者: おけきょ
第七章 いきなりラストバトル? 絶望に次ぐ絶望です
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9 挑発暴走



        *



 彼らは救世主なのか? 違う、とすぐに断じた。ぼくは「武藤」をにらみつけて、問いをぶつけた。


「あんたが、トビシマなのか?」

「だとしたら?」

「あんたが、屋上で舞坂さんを襲ったのか? 郡是くんを殺したのか?」

「あえて否定はしない。ご想像にお任せするよ」


 獣の断末魔のようなしわがれた叫びをあげ、珍念さんが残ったほうのショートソードで刺突を食らわせようとする。が、武藤あらためトビシマは、たいを入れ替えながらサーベルを振り下ろし、珍念さんのショートソードを左手首ごと斬り落とした。


 さらに背中を蹴られ、珍念さんは砂漠のタンブルウィードさながら、床を転がった。

 トビシマはうずくまる珍念さんへ怜悧な一瞥をくれると、ぼくに向き直った。


「きみらにとっては五十歩百歩かもしれないが、おれたちならば、徳伊よりもこのゲームを品位のあるものにしてやれる。それが、ひとりを残して消えゆくきみらへの最後の手向けとなるだろう」


 はっ、と一笑に付したのは乙宮さんだ。

 景気づけなのか、それとも単なる威嚇行為なのか、いつのまにか足下にころがっていたバスケットボールをリボンでからめ取り、遠心力をこめてぶん投げる。


 しかしこれまでの抜群なコントロールとは打って変わり、ボールはあさっての方向へとすっぽ抜け、回廊のほうへ飛んでゆくとそのまま二階の窓を突き破って消えた。


 この不発に終わった幕間芸などまるでなかったように、乙宮さんがリボンのスティックをまっすぐトビシマへ向けた。


「気取ってんじゃねえよ、このストーカー野郎」


 たちまちトビシマの慇懃な仮面がひび割れ、その頬に朱が差す。


「な……んだと?」

「アンタは『スポーツびっくりアワード』でリンリンが活躍してたのをたまたま観ちゃって、一目惚れしたってクチでしょ? そんで、わざわざリンリンの住所を調べて、ラブレターを出したんでしょ? スルーされても懲りずに、便箋が束になってつまったぶあっついのを何通も。そういう一方通行が耐えられなくなると、今度は逆恨みをつのらせた。で、徳伊と手を組んだ」


 乙宮さんが雑誌モデルみたいな立ちポーズを決め、横柄そうにあごをしゃくると、トビシマが釣りあげられたコイみたいに口をパクパクさせた。


「と、徳伊がバラしたのか?」

「アイツは口が軽いからねえ」


 乙宮さんがうそぶくが、情報源が徳伊くんというのはぜったいウソだ。ともあれトビシマのうろたえっぷりからすると、乙宮さんの口撃に図星を指されまくりなのは確かなようだ。


「ふざけるなっ」吠えたのはトビシマだ。「徳伊のヤツこそ、彼女の家の前でコソコソしてたんじゃないかっ。それをおれが見つけたんだっ」


 ……あらららら。徳伊くんも、舞坂さんをこっそりストーキングしてたってことですかい?

「彼女に天誅を加える計画を立てたのも徳伊だっ。罪をなすりつける相手を用意したのも、あいつなんだっ」


 やはりそうだったのか。トビシマは全校集会でひと気がなくなった隙をついて校舎に忍びこみ、手はず通りに屋上にひそむと、まずは舞坂さんを襲い、次に現場にやってきた郡是くんを突き落として殺した。そのあと校舎から逃げる姿を珍念さんに目撃された。


「そういやさっき、アンタは徳伊の始末つけたあと、高尚そうなゴタクをえらそうにほざいてたよねー。でもよーするに、徳伊に弱み握られちゃったってことでしょ? 郡是くん殺しにリンリンの殺人未遂っていうふたつの罪の――」

「千里眼気取りもその辺にしとけよ」


 トビシマがすごむ。まさに地があらわれたって感じだ。しかし乙宮さんは侮蔑をフルスロットルにして、馬鹿にしきった目つきをトビシマに向ける。


「自分らと徳伊は違う、なーんて自負心でアンタと愉快な仲間たちははちきれそうになってるみたいだけどー、こっちに言わせりゃそれこそ五十歩百歩、アンタらと徳伊の違いなーんて、これっぽっちもございませーんのよ。だってアンタ、ピエロになってアタシらの相手をしてたあいだ、さんざん楽しみまくってたじゃん。アタシらが苦しんで憎み合うさまを高みから見物して、好き放題あざけってきたじゃん。あーれがあんたの本性なんだ――」


「決めつけるなっ」トビシマの顔は一面赤紫に変色していた。

「あれは演技だっ。ゲームが徳伊好みに進行しているように思わせるための演出だっ」


「へえー。つまりあんたは本心を隠してゲス野郎の仮面をかぶってたって言いたいわけか?」

「おれたちが味方だと徳伊に信じさせるには、あのくらい露悪的にやらなきゃダメだったんだ」


「どうやらアンタ、自分をだます天才みたいだね。アタシに言わせりゃ、むしろ逆だよ。アンタが普段かぶってる、もったいぶった人格のほうが仮面なんだ。ピエロになってアンタは仮面をかぶったつもりなのかもしれないけどさー、ホントは仮面を脱いだんだ。脱いだくせにかぶったつもりになってるから、アンタは思う存分自分のホンショーをさらけ出せたんだ」


「……まるで、おれのことをなんでもお見通しみたいな言い草だな」

「っていうか、アンタがテンプレ通りで量産型な悪玉くんってだけじゃない?」


 てへっ、と舌を出して笑う乙宮さん……ぼくにはぜんぜん笑えなかった。彼女の挑発はあまりにも度が過ぎていた。ぼくも珍念さんも戦闘能力を失ってしまったこの状況で、捨て鉢になっているとしか思えなかった。


 と、乙宮さんの目から笑いが消えた。


「それでもあんたらが徳伊とは違うって言い張りたいんなら、それなりの証拠を見せてみなよ。アタシをきっちり納得させられるくらいの」


 トビシマが前髪メガネと気まずそうに視線をかわす。乙宮さんが一歩、前に出た。


「アンタらの正体は徳伊とおんなじ。あんたらの言うところのディーラーだったんでしょ? その出来レースなゲームを勝ち抜くことで、晴れて次のゲームの審判だか案内人だかよくわかんない立場に昇格した。で、アンタらがそもそもディーラーに選ばれた条件ってなに? 恨みとか、悪意とか、そういう黒い感情があったから、つけこまれちゃったんでしょ? このゲームを作る力のあるヤツに」


 気圧されるトビシマたちを前に、乙宮さんがさらにまくし立てる。


「徳伊の場合はだいたい想像がつくよ。クラスメートのもがく姿が見たい、もっと苦しめてやりたい――そういうストレートな悪意ってのが関の山でしょ。で、アンタらはどう? 徳伊とおんなじ? こっちが共感できそうな動機のあるやつはいないの?」


「クラス総がかりでイジメに遭ってたというのはどう?」


 答えたのはトビシマではなかった。乙宮さんの背後で闇がうずを巻き、そこから陰険そうな女性の声が生じたのだ。


「そりゃ殺してやりたくなるのも無理ないね」


 あっけらかんと乙宮さんが返すと、背後でうずまく闇が光を帯びはじめ、たちまち人のかたちを成す。あらわれたのはひっつめ髪でブレザー姿の、四角四面さを絵に描いたような、女子高生だ。


「タイムリミットのひと月使って、きっちり苦しめてやったさ」


 ひっつめ髪がつまらなそうに、それでいて得意げに小鼻をふくらませ、平坦な声で続ける。


「みーんな手のひら返して戦士のあたしに頼りきるようになった。人数の多いほうを助けるって口実でひとりふたりと見捨てていき、最後に残ったのはイジメの首謀者たち。あたしをだましてモンスターがうじゃうじゃいるスポットへ送りこんだつもりが、窮地におちいったのは自分たちのほう。無傷で登場したあたしに助けを求めるっていうクズっぷりを最後まで見せつけながら、モンスターに食われていったさ」


「なるほどね。そうやって、アンタを苦しめた連中と同じレベルへ落ちていっちゃった――」


 ぼくは声にならない悲鳴を頭蓋いっぱいに響かせながら、床に膝をついてしまう。


 乙宮さんの目が見開かれていた。ちょうどみぞおちのあたりから波打つ刀身が突きでていたせいだ。ぼくのつつましいファンタジー系の知識によると、フランベルジュと呼ばれるこのタイプの剣はその揺らめく刀身で、斬られた相手に通常の剣とは比べものにならないほど大きな苦痛を与えるのだという。


 この夢バトルワールドでは傷を受けても血が流れない。しかし痛みは本物だ。


「あんた、余計な口を叩きすぎなんだよ」


 ひっつめ髪がフランベルジュを引き抜くと、乙宮さんが前のめりに倒れてゆく。

 ぼくがぶざまに這い進むと、乙宮さんがすでに焦点の合わなくなった目をこちらへ向けた。


「カ、カムイくん」


 乙宮さんが手を伸ばす。ぼくもとっさに応えようとする。が、伸ばし返したぼくの右手はとっくに切り落とされていた。


「あ、朝になったら……」乙宮さんが指先から微細な光となって崩れ落ちてゆく。

「ルカっちを、迎えに、いくよ……」


 ぼくは床に這いつくばりながら、涙と鼻水で呼吸困難におちいりかけた顔を上向け、果たせるはずもない約束のために、どうにかうなずいてみせる。


 乙宮さんが粒子の密度を薄くし、どこまでも透けていく。その顔に、苦しみをこらえながら精いっぱいぼくを励ますようにやわらかな笑みをそっと浮かべ、風に吹き流されるように溶け去っていった。

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