3 みんなを救い出す方法は…
天井から声がし、ホログラムピエロが降下してきた。
『吾輩が請け合いましょう。ご学友たちは臆病さの報いを受けたのです。みなさんばかりに戦わせ、自分たちは安全地帯に引きこもって危険をやり過ごす。そうした了見に凝り固まっていてはこの非常事態を生き抜けない。そうした真理を、身をもって知ったのです』
「だ、だ、だましたなっ」
ミッチーが吠えると、乙宮さんも怒声をあげた。
「ウチらが志願すれば教室のみんなには手を出さない。そういう約束だったじゃないっ」
『おやおや、都合よく吾輩の言葉を曲解なさってますねえ。こちらはただ、モンスターには襲われないと保証しただけですよー』
「あのカブトガニみたいなやつに襲わせたくせにっ」
『それは偏ったものの見方ですねえ。ご学友たちはあのミニモンスターたちから愛ある和合を求められ、熱烈なアプローチをこばみきれずに受け入れた。それだけの話でーす』
「……いまのアタシのいちばんの願いは、アンタが吠え面をかくところを笑いながら見物してやることだよ」
『実現の望み薄ってところですなあー』
ピエロは乙宮さんの恨みごとを軽く受け流したあと、ぼくらをざっと見渡した。
『さあさあ、ゲームも佳境に入りましたー。ここに残りしは選りすぐりの精鋭たち。生き残りを賭けて、ラストバトルへとしゃれこもうではありませんかー』
「今日はもう解放してくれないか? さすがに気分が悪くなってきた」
安達くんの請願を、ピエロがにべもなくはねつける。
『ここまで来たらさっさとクライマックスまで行っちゃいましょうよー。前に申しましたように、みなさんの中で生き残れるのはたったおひとり。現実世界で眠りながら死を待つのが嫌ならばー、最後まで戦い抜く覚悟を決めるしかないのでーす』
「お、おれたちは殺し合えないんだよな?」
ミッチーのすがるような問いかけを、ピエロが鼻で笑う。
『ですからモンスターがいるのでーす。特別会場は体育館。あなたがたが最後のひとりになるまで、モンスターたちは押し寄せるのをやめはしないでしょう――』
舞坂さんが流れるような摺り足でピエロに迫ると、長太刀をその頭に突き刺すようにした。
『ですから何度も申しあげてるじゃありませんかー。吾輩を殺すことができないとんげびえぇえっ――』
舞坂さんが相手を細切れにするように白刃を舞わせると、ピエロがかき消えてしまったのだ。
「みんなを救いだす方法がひとつだけある」舞坂さんが無表情に口を開いた。
「みんなをこんなゲームに引きずりこんだ黒幕が、みんなよりも先に、このゲームで死ぬこと。そうすれば、消えた人たちも取り戻すことができる」
「じゃ、じゃあ、やっぱり、おれらの中にいたってわけか?」
ミッチーがぼくらへ向かって、疑心のこもっているふうな視線をさまよわせた。
「おれたちをこんな目にあわせて、陰であざ笑っていたろくでなしが」
「違うっ」
舞坂さんの声がうわずった。目から力が失われ、涙がにじみ、さっきまでの超然とした態度が急速に崩れつつある。一転して声を低め、言葉を継ぐ。
「わたしは……みんなをあざ笑ってなんかなかった……誰だって、こんなふうに踏みにじられていいはずがない。だから、みんなで……助かりたかった」
「そんなの勘違いだって、ちゃんと前に説明したじゃないかっ」
ぼくは舞坂さんの悲嘆にまみれた懺悔を追い散らそうと声を張りあげていた。
「どうしてそうやって自分を悪者にしようとするんだっ。舞坂さんがそんな人じゃないことは、みんながっ、ちゃんとこの目で、何度も何度も見てきたんだっ。だからもっと自分を信じてよっ、お願いだからっ」
舞坂さんが慈愛のにじむはかない笑みを浮かべ、かぶりを振る。
「わたしはカムイくんが思ってるような人じゃないよ。そのことを、カムイくんの剣で確かめて」
舞坂さんが目をつむり、おとがいを上向けながら、胸を張るようにして体を反らせた。斬り捨てろ、とぼくを誘っているのだ。
「そ、そんなこと、できるわけないじゃないかっ」
舞坂さんがまぶたを開く。その顔にはぼくをつつみこむような、それでいて自分の中にある大切なものをとうにあきらめたような、いたわりと諦念の混在する笑みが浮かんでいる。
「ごめん。こういうことは、人任せにしたらいけないんだよね」
それから廊下の奥へと、後ずさりしはじめる。
とっさに駆け寄ろうとするぼくを、振り上げられた舞坂さんの刃先が制す。
「来ないでっ」
「いやだっ」
なおも近づこうとするぼくの目の前で、刃先が一閃した。天井から大きな破片が落ちてくる。舞坂さんがさらに刀を躍らせると、切り刻まれた天井が大小の瓦礫となって落下し、ぼくが舞坂さんのもとへ進むのを阻もうとする。
とめどなく落ちてくる天井のかけらによって生じた埃で、廊下の先にいる舞坂さんの姿がかき消される。ここで見失ったら、舞坂さんを永遠に失ってしまう。そんな焦燥に駆られ、ぼくはかまわず瓦礫のさらに奥へ飛びこんでいこうとした。
「ダメッ、カムイくんっ」
ぼくの胴体にリボンが巻きついた。たちまちうしろへ引っぱられる。
「舞坂さんっ」
ぼくはわめきもがくが、安達くんとミッチーによって抱えられ、そのまま運び去られてしまう。はからずも昇降口から逃げだすと、校舎の崩壊が加速していた。
一階がつぶれたのを皮切りに、二階、三階と立て続けにぺしゃんこになっていく。
ぼくらは正門前の車寄せなどのスペースを回ってグラウンドへ出た。そのときにはもう校舎全体が瓦礫の山と化していた。
「なあ、なんかよくわかんねえけど……これでゲームクリアってことか?」
ミッチーの声つきにはどこか、ほっとしたのを隠せない響きがあった。ぼくにはそのことに逆上する気力さえ残っていなかった。燃えかすのようになった心を抱えたまま、舞坂さんの喪失を現実のものとして受け止めきれずにいた。
と、地べたにへたりこんでいた乙宮さんが伸びあがるようにして立ち上がり、空を見上げた。
その口からこぼれたのは、あまりにも弱々しすぎるつぶやきだ。
「な、なんで?」
上空から、十メートルはあろうかという巨大モンスターが降下してきたのだ。猛禽の頭に赤穂浪士の討ち入り装束に六本の腕……舞坂さんかルカさんでなければ倒せないやつだ。
まだゲームは終わっていない。舞坂さんの犠牲は無駄になってしまったのだ。
「逃げるぞっ」安達くんがぼくを引き起こす。向かった先は体育館だった。
「こんな建物、あのモンスターが簡単にぶっ壊しちまうぞ」
ミッチーの指摘に、安達くんが返す。
「いや、あいつの役目はきっと、ここへおれらを追いこむことなんだ」
「じゃあ、おれら、飛んで火に入る夏の虫――」
ミッチーが言葉を飲みこんだのは、体育館に先客がいたせいだ。
「ラストバトルへようこそ」
坊主頭のサル顔が冷笑にいろどられる。ぼくらを待っていたのは徳伊くんだった。




