6 バレてた…
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教室に戻ってからもぼくは上の空だった。
四時限目は緊急会議があるとかで自習になったが、浮かれ騒ぐ生徒はさすがにいなかった。ときおり同じく自習になっている他クラスの生徒がちょっかいを出しにきたが、C組教室のどんよりした空気に興を削がれ、つまらなそうに去っていった。
「ねえ、カムイくん」ぼくの席へやってきたのは乙宮さんだ。「じつは、ミッチーたちと考えたんだけど――」
そのミッチーが飛んできて乙宮さんの口をふさぐ。
「おい、ここじゃまずいだろうが」そうたしなめてから、ほかのクラスメートたちを見渡す。
「どこに裏切り者がいるか、わかんねえのに」
そのせりふがぐさりとぼくに突き刺さった。ミッチーが声をひそめる。
「それに、珍念の力も借りねえと、ぜってえうまくいかねえ」
珍念さんの姿は教室にない。久しぶりに登校しようとしたけど、途中でぼくと遭遇したせいで断念したようだ。
と、徳伊くんが場違いな笑い声をあげるのが聞こえてくる。ぼくらのほうをチラ見して、まわりにはべらせている男子生徒たちに何やらささやくと、またひとりで吹きだした。
「あいつ……変わっちまったよな」ミッチーがかつての子分を盗み見る。
「前は、ゲーセンだって気前よくおごってくれたし、あれでけっこういいやつ……いや、そうでもねえか。昔から、カモの弱み握って金づるにすんの、得意だったもんな」
なんじゃそりゃ。中学生にしては、やってることがえげつないぞ。
徳伊くんのことは、子分のふりして親分のミッチーをあやつることでひそかに愉悦を覚える、ちんけな小悪党くらいに思っていた。
でも中悪党くらいに格上げしといたほうがいいのかも……いや、モンキー坊主のことなんていまはどうでもいい。もっと悪いやつが、この教室に居座っているのだから。
そう。いま現在、みんなをいちばん苦しめているのは――きっと、このぼくなんだ。
ぼくの奥底に、悪魔が棲みついている。みんなを苦しめてニタニタ喜ぶ、そういう見下げ果てた性悪小僧が、ぼくの正体なんだ。
ああ、どうすればこの罪を償える? いっそのこと、今夜、生まれて初めて切腹なるものを実演してみせようか。黒幕は仲間殺しの禁忌からはずれる。だからといって、ほかの誰かの手を汚させたくはない。とりわけ、舞坂さんにはぜったいに。
そんなふうにぼくが懊悩していると、黒板側のドアが開き、舞坂さんがあらわれた。
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もう歩行器は使っていなかった。そのせいか、舞坂さんの立ち姿はどこか頼りない。
緊張をはらむ足取りで、ゆっくりと教壇へ向かい、ぼくらクラスメートたちと向かい合う。
そのときにはもう、教室は静寂に包まれていた。
「わたしは、みんなに隠していたことがあります」
舞坂さんの顔色は悪く、その表情も苦悩にいろどられていた。
「じつは、わたしが……」そこまで口にすると、うつむいてしまった。
舞坂さんがみんなに秘密にしていたことといえば、あれしかない。身を守るためにはどうしてもつく必要のあった嘘。清廉な舞坂さんの心は、そんな嘘でさえ自分に許すことができなかったのか……ってまずいんじゃないのか、これって。
このままだと大方の予想通り、舞坂さんがゲームの最後まで生き残ることになるだろう。舞坂さんはそのことに罪悪感を覚えていたんじゃなかろうか。
だから記憶がすでに戻っていることを明かし、あの殴打事件の犯人――たぶん安達くんを刺激して、ふたたび行動を起こさせることで、自分を罰しようとしているんじゃないのか?
今度こそ、ぼくは席を立ち、教壇めがけて急いだ。はっとしたように、舞坂さんがぼくを見る。その翳った瞳の奥から、身を切るような煩悶がほとばしって見えた気がした。
「……カムイ、くん」
名を呼ばれ、たちまち頭が真っ白になる。言葉がうまくまとまってくれない。ただ訴えたかったのに。舞坂さんは悪くない。だからあきらめずに、最後まで生き抜いてほしいって。そのときだった。
「リン。もういい、もうわかってるから」安達くんが立ち上がっていた。
よりによってこのタイミングで! ぼくは虚を突かれ、口をあぐあぐ動かすことしかできない。噛んで含めるように穏やかな声で、サイコパス少年が続けた。
「みんなとっくに気づいてたよ。おまえの記憶喪失がウソだってことを……な?」
安達くんに水を向けられると、乙宮さんはしぶったあげく、「最初は気づかなかったんだけどね」と前置いてから、彼女に似合わぬ歯切れの悪さで注釈を加えた。
「ほら、ステージワンのとき、リンリンはカムイくんが転校生だってすぐ見分けついたじゃん。うちらの顔写真見て名前覚え直してるって話だったけどさ……四十人近くいるのに、見ず知らずもドーゼンな相手の顔と名前、写真だけでそんなに簡単に覚えられないって……ねえ?」
乙宮さんが同意を求めると、安達くんがそれを受けて数度うなずき、気遣いのこもった笑みを浮かべた。ぼくだって気を抜けばたちまちだまされそうになる、陽性の魅力に富んだスマイルを……。
「頼むから、ひとりですべてを背負いこむなよ。これからたったひとりで、みんなを守り通さなくちゃいけないとか、そうやって自分を追いこみすぎるな」
安達くんが、口もとからのぞいた白い歯をきらりと輝かせたときにはもう、舞坂さんは黒板側のドアへ後ずさりしていた。
「舞坂さん」
ぼくの呼びかけを合図にしたみたいに身をひるがえすと、よろけるように教室からまろび出ていった。




