4 ミッション無謀
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「おい、よそもの」
ミッチーは回復すると、初期アイテムの白チョークを突きつけ、ぼくに噛みついてきた。
「とりあえず、てめーがそのたいそうな武器をぶら下げて、モンスター倒しに行けや」
「で、でも、モンスターの居場所だって、ぜんぜんわかんないのに――」
「だから探しに行けっつってんだろっ」ミッチーがぼくの肩を殴りつけた。「てめーがバケモン片付ければ、おれらはここからとっとと抜けだせるんだよっ」
パニックにおちいった一部の生徒が夢から覚めようと無駄な努力を重ね、誰もここから自由にログアウトできないことが判明したのだ。
「おらっ、ぼやぼやしてんじゃねえっ、さっさと行けやあっ」
「ちょっと、ランボーはやめてよねっ」
ミッチーがそのままぼくを廊下へ引きずろうとし、それをとめようとするオトミヤさんともみ合いになる。
「そうやって自分より弱い相手見つけてイキがるの、ホモサピエンス的にどーなのよ? アンタの進化、類人猿どころかボノボやゴリラのはるか下で止まっちゃったんじゃないのっ?」
「ごちゃごちゃほざいてんじゃねえっ」
「きゃっ」
突き飛ばされてオトミヤさんが床に倒れこんだ。あわてて助け起こそうとしたぼくも尻を蹴られ、彼女の横へダイビングしてしまう。いってえ……って、すかさずミッチーがぼくを引きずり起こそうとしやがった。
「ごねてんじゃねえぞっ、このヘタレ小僧があっ」
「その辺にしとけよ」
ルカさんが金属バットの先端をミッチーに向け、それから窓のほうを差した。
「それ以上ぎゃあぎゃあ騒ぐんなら、あんたをそこから満塁ホームランで放りだしてでも、黙らせてやる」
ミッチーがぼくから手を放し、焼き殺さんばかりの憎悪をその目にたぎらせ、ルカさんをにらみつける。すると、マイサカさんが席から立ちあがった。
「わたしが行く」
抜き身の日本刀を片手に、すたすた教室後方のドアへ歩いてゆく。
「それじゃ、あたしも」ルカさんもスキップするように続く。
「じゃ、じゃあぼくもっ」
ふたりを追いかけようとするぼくの腕を、ミッチーがつかんだ。
「てめーは居残りだ」
「ど、どうしてっ? さっきはモンスター倒しに行けって、さんざんけしかけてたじゃないかっ」
「てめーがいなくなったら、誰がおれらを守るんだ?」
「そうだ。敵は一匹とは限らない。自重して、ここでクラスの防衛に努めてくれ」
そう口をはさんできたのは、長身の爽やかイケメンで、その手にはテニスラケットがあった。
「その代わり、リンたちの警護はおれにまかせてもらおう」
えっ? っていうか、あんた、さりげなくマイサカさんのこと名前呼び――しかも呼び捨てにしやがって。いったいどういう関係なのかとぼくが身もだえするいとまもなく、イケメンラケットくんはマイサカさんたちを追いかけ、教室から消えやがった。あうう。
「よし」
ミッチーの仲間の茶髪が手をたたき、注目を集めると、当たり前のように指示をだした。
「その新入りとチンネンは教室の外でバケモンがくるかどうか見張ってろ」
チンネン? 誰のことかすぐにわかった。サル顔が双剣を抱えたさっきのお下げメガネさんの首根っこをつかみ、ぼくのそばへ突き転がしたのだ。それから言った。
「せいぜい見せてくれよ。そのごたいそうな武器にふさわしい働きってやつをよお」
「いや、外に出るのはその新入りだけでかまわねえよ」
さっきまでだみ声を張りあげまくっていたミッチーが、声を落として口をはさむ。しかし茶髪は絶好調ないじめっ子モードで、ボスの意見にも耳を貸さない。
「いーや、このゴミオタクどもって、けっこうお似合いだぜ? この新入り、なんかグンゼっぽいじゃねえか」
グンゼ? どうしてぼくの穿いてるパンツのメーカーをすっかりお見通しなの? 茶髪があたふたするぼくを、チンネンさんもろとも引き起こした。そのまま廊下へ連行しようとする。
「ひいいいいいぃーっ」
しかしチンネンさんは、歯を食いしばって白目をむき、もはや正気を失う寸前だ。
「待ちなよっ」ぼくらを引きずる茶髪の前に立ちはだかったのは、オトミヤさんだ。「チンネンちゃんは放してあげなよ。その状態で戦えるわけないんだしさあ」
「うっせー、ブス」
その無礼な返しに、オトミヤさんがにっこり笑う。
「ルカっちに言いつけるよん」
茶髪が舌打ちし、チンネンさんを解放した。
「じゃあ、こいつひとりに、おれらを守らせるってことでいいんだな?」
おおお、それはあまりにも無謀なミッションでしょうに。モンスターの正体だって、ぜんぜんわかってもいないのにっ。
と、不敵な笑みを浮かべ、オトミヤさんがゆっくりと首を横に振った。
「カムイくんひとりじゃ頼りないっしょ。だから、アタシも行く」
それから手にしたスティックを振り、軽やかにピンク色のリボンを回してみせた。




