5 油断大敵
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ぼくはまた、例の平原にいた。
『時間がない、ヤツらがそろそろ、手綱を引き締めてくるぞ』
ぼくの足もとで、キイキイまくし立ててくるのは、例のふわっふわなクリーチャー――ゴールドホッパーだ。
『裁定者どもが背景として存在していること、それ自体が結界なんだ。だから、一刻も早く、ヤツらをキミらの土俵に引きずりだせ』
ゴールドホッパーがぼくにとって有益であるらしいアドバイスをしているのはかろうじて伝わるものの、話の意味が理解できないんじゃどうしようもない。
「きみは、いったいなんなんだ? 裁定者って、いったい誰のことだよ?」
『ヤツらは、ヤツらだ!』
ゴールドホッパーがこぶしを突き上げ、ぷんすかしながら小刻みに跳びはねる。
『ボクが来れるのはここまでなんだ! ヤツらが背景のままでいるあいだは、システムを出し抜けない……あっちに行けないんだ……キミひとりだけの意識にしか、アクセスできないんだ。本来は、このゲームに参加するはずじゃなかった、キミの……』
……やっぱりわけがわからない。
『彼女を残してきみらがみんな敗退したら……ゲームが終了したら、彼女はムリやり、ヤツらの仲間に昇格させられる。仲間殺しは消滅っていう制約を課せられて、ヤツらまとめて倒すことができなくなるんだ。そうなる前に、きみらの力でヤツらを、きみらの戦場に呼びよせろ』
「だから、わけがわかんないっつってんじゃないかっ」
ぼくがわめくと同時に視界がブラックアウトする。
長々とした闇のトンネルをくぐり抜け、浮きあがったとき――ぼくは教室にいた。
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「妹さん、無事でよかった」
隣の舞坂さんが、前を向いたまま声をかけてくる。教室の中だと、舞坂さんはよそよそしい。でもそれは、記憶喪失を装うための仮面なのだとぼくも理解している。
それはさておき……ぼくは、ゴールドホッパーの発言を思い返していた。
あいつの言う「彼女」とは、明らかに舞坂さんのことを指している。ルカさんなのかもしれないけれど、やはり舞坂さんで間違いないという確信が、ぼくのど真ん中に居座ってしまったのだ。
やはり、ぼくらの希望は舞坂さんなんだ。
頭をさらに整理する。
ぼくを含めた舞坂さん以外の面々がまだ生き残っているうちに、ゴールドホッパーが呼ぶところの「裁定者」をこの世界へと召喚し、舞坂さんに倒してもらう。
そうすれば、ぼくらはこのデスゲームを脱して、クラスメートの誰かを蹴落とすことなく生還できる。そういうことなのか?
いや、と考え直す。そもそも、ゴールドホッパーと名乗った、あのもふもふクリーチャーはいったい何者なんだ? この絶望的なデスゲームから逃げられないっていう現状から目をそむけたくて、ぼくの脳が都合よく生みだした幻のようなもの、なのかもしれないじゃないか?
『はーいみなさーん、よい子にしてたかーい』
ぼくの物思いを断ち切ったのは、例のごとく、案内人のホログラムピエロだ。
『えー、こんなにも多くのメンバーがこうやってステージテンに到達できたのもー、みなさんがー吾輩の教えをひたむきに守ってー、助け合いの精神を尊びー、一致団結して大きな苦難に立ち向かった賜物であるからしてー、えー、みなさんにあられましてはー、これからもー一枚岩となりー、ときに破片を飛び散らせながらー、最後のひとかけらとなるまでー、めげることなくー、ときには一時的な心神喪失で仲間を犠牲にすることもいとわずー、権謀術策を用いてー』
「ごたくはもういいっ」怒鳴ったのはミッチーだ。「てめえの与太は聞いてるだけで胸がムカムカする。おらっ、さっさとゲームをはじめろやあっ」
『はっはっは。たかが白チョーク少年のくせに、口だけは威勢がいい』
「んだとおっ」ミッチーがいきり立ち、教壇に詰め寄る。
『にひひっ。吾輩はホログラム。手出しできないって、さんざん学んだんじゃないのかねー』
ミッチーはピエロをにらみつけながら、チョークを手にした右手を黒板へのばし、こう書きつけた。
――このアホピエロ。パンツ一丁になりやがれ。
たちまちピエロが煙にまかれ、ふたたび姿をあらわすと、顔だけピエロメイクのまま道化の衣装がはぎ取られ、白ブリーフ一丁になっている。
『ん? なんだ……って、いやんっ』
おおっ、と教室がどよめく。これまでさんざんぼくらを嘲弄してきたこのピエロに、初めて一矢報いることができたのだから。
ミッチーがさらに書きつける。
――アホピエロ、パンストかぶりやがれ。
また煙があがると、ピエロはヌーディーベージュのパンストを頭にかぶり、体のほうは相変わらずの白ブリーフ一丁という珍妙な姿になっている。
たちまち教室が爆笑に包まれた。これまでの憂さを晴らすように。
乙宮さんが音頭を取り教室内がコールではちきれそうになる。
「「「チカン、タイホッ、チカン、タイホッ、チカン、タイホッ!」」」」
ばらばらだったクラスメートがここでは一糸乱れぬ団結を見せている。唱和していないのは、ぼくに舞坂さん、それに珍念さんくらいのものだろう。
『おまえらあああああっ』
ピエロが手脚をじたばたさせ、怒鳴った。
『もう甘やかすのはやめたっ! 全員最前線の刑じゃっ!』
ピエロがパンストをかぶったまま、天井めがけて人差し指を突きあげる決めポーズをしたせつな――ごうん、という振動音とともに視界がぐるぐるしはじめ、回転速度を増し……気がつくと、ぼくは転送されていた。
そこは教室くらいの広間で、壁にはいくつものランタンが掲げられ、かろうじて教科書が読めるくらいの明るさが保たれている。
ぼくはほかに四人の生徒と一緒だった。ぼく以外はみな、戦闘力を見こめないアイテム持ちばかりだ。
ぼくが足下のバスタードソードを拾いあげたとき、前方で煙があがり、続いて光の粒子が寄り集まってゆき、白衣を着た骸骨があらわれた。
背丈ほどの長さがある鉄の杖を振りあげ、こちらへふわりと迫ってくる。クラスメートたちの悲鳴を背に、ぼくはソードを構えた。杖の一撃をかわし、ソードを胸部に突きこむ。
舞坂さんから、この骸骨モンスターの弱点もつかんでいる。体の中心に銀色の核のようなものがあり、それを破壊すれば倒すことができるのだ。いまのぼくであれば、よほど油断しなければ倒せる相手。ヤンキーモンスター同様に。
とはいえ、こいつらはいつも束になって襲いかかってくるからやっかいなことに変わりがない。じっさいここでも倒せば倒すほど登場の頻度が増し、きりがなくなってきた。
……さすがにまずいぞ。
ぼくは骸骨モンスターを食いとめながら、クラスメートたちが大扉を開けて通路へ逃げる時間を稼いだ。それから、お土産とばかりに骸骨モンスターを数体まとめて切り捨てると、身をひるがえして大扉をくぐり、逃げだしたクラスメートたちのあとを追う。
あとは、誰かの奏でるハーモニカやトランペットの音を頼りに集合し、舞坂さんとルカさんの力でステージクリアに持ちこむ。
今回もそんな展開が待っているものと、ぼくは高をくくっていたんだ。




