3 ピエロ登場
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いつのまにか、教壇にピエロが立っていた。小太りで、ホログラムのように体が透けて見える。オトミヤさんがぼくにちょっかいをだしてきたころから、教室のあちこちで生徒たちがひそひそ話をはじめていたようだけれど、この異形なピエロが登場したとたん、いっせいに静まってしまう。
「あれが、担任?」
小声でつぶやくぼくに応じてくれたのは、そばで立ちつくすオトミヤさんだ。
「んなわけないっての」
……だよね。あのピエロは実在するという以前に、生命体でさえもない。夢だから、もうなんでもありってこと?
「なんだてめえはっ」
そうすごんだのは茶髪男だ。ミッチーがぼくを襲おうとしていたうしろで、同調する動きを見せていた覚えがある。きっと、ミッチーとあの性悪なサル顔を加えた三人で、クラスの問題児トリオを結成しているんだ。
『吾輩が誰かってー?』
ピエロがおどけたふうに肩をすくめると、その口からひび割れた機械音声が発された。
『決まってるでしょー、案内人でございますよー、これからゲームに参加するー、三年C組ご一同のねーっ』
「はあっ? ゲームゥ?」
とまどう茶髪男に向かって、ピエロが両腕を広げてみせる。
『さようでありますー。みなさんにはこれから、否応なく、強制的に、とーってもキケンなゲームに、身を投じてもらうのでありまーす』
その冗談めかした言い方のせいで、教室に総勢で四十名ほどいる生徒たちの誰もが、ピエロの発言を深刻に受け止められないでいるようだ。
いや、例外がいた。隣のマイサカさんの目は完全に焦点を失い、色白の顔はさらに青ざめ、体も小刻みにふるえているように見えた。
どうして? さっきから、いったいどうしたっていうの?
ぼくの中で心配と疑念が首をもたげたとき、ぼくの座っている席がぶるんと揺れた。視線を落とすと、木目に覆われていたはずの机の表面から白い輝きが放射されていた。そこからじょじょに、何かが浮きあがってくる。いっしゅん、十字架かと思った。
だがすぐに、それが剣の持ち手であることに気づく。ぼくはよろよろと立ち上がり、それを引き抜く。
「ひゃっ、あぶないっ」
オトミヤさんがその武器から身を隠すように、ぼくの肩にしがみついてくる。
諸刃のバスタードソード――ゲームなんかでは使ったことがあるけれど、こうやってじっさいに手にするのは生まれて初めてだ。当たり前か。
マイサカさんの席でも、日本刀の柄のようなものが机の上にあらわれつつあった。
『みなさんにはそれぞれ割り当てられた戦闘アイテムを頼みにっ、襲いかかるモンスターたちを倒してもらいたいのでございまーす』
ピエロの説明でわれに返ったらしいマイサカさんが、その目におののきを宿したまま、ゆるゆると手を伸ばし、刀を引き抜いてゆく。抜き身の大太刀で、反り返った刀身は一メートル以上もある。
「ふざけんなっ」怒鳴ったのは例の茶髪だ。その手にあるのは――キャッチャーミットだった。
「まさかこいつが、おれの武器だっていうんじゃねえだろうなっ」
『人がその身に引き受ける運命とは、えてして過酷なものなのでございますー』
オトミヤさんとルカさんが身をひるがえして自分たちの席に戻る。
ルカさんが引き抜いたのは金属バット。そしてオトミヤさんが手にしたのは――。
「いや、ぜったいおかしいって。これのどこが武器だっていうんかいっ」
新体操で使うリボンだった。ざっと見渡すと、まともな武器を獲得できたのはぼくやマイサカさんくらいで、それは例外中の例外みたい。
たいていの生徒が手にしてるのは……テニスラケットや掃除に使うモップであればまだましで、ハーモニカや陸上のバトンや書道の筆というように、どう頭をひねっても武器としての用途が思いつかないような代物ばかりだったんだ。
「冗談じゃねえぞっ」茶髪がまたまた怒鳴り、キャッチャーミットを床に投げつけた。
「どうしてこんなゴミカスにっ、マトモな武器がきてんだよっ」
茶髪がからんだのは、お下げ頭の小柄なメガネっ子だ。黒目がちな瞳をさらに潤ませ、すっかりおびえきっている。
「うらっ、さっさとよこせっ――どへっ」
茶髪が奪い取ったのは双剣で、中国風のデザインなのか、刀身はどちらも短く幅広だ。
もっとも、そうやって武器の形状を観察できたのはつかのまだった。茶髪が双剣をつかんだとたん、その重みに耐えかねたように、剣もろとも床に倒れこんでしまったのだ。
『残念ながらー、割り当てられたアイテムはご本人さましか扱えない仕様になっておりますー』
ぼくはあらためて、自分が手にしたバスタードソードをながめる。
こうやって例外的にまともな武器を割り当てられたからには……それ相応な責任も背負わされたってことになるんだろうね。どうしよう。
『それではステージワンのっ、はじまりはじまりー』
ピエロが消え、ぼくたちだけが教室に取り残された。




