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ドリームサバイバー ――いきなり教室、はいバトル!  作者: おけきょ
第四章 デスマーチは続くよ、どこまでも
29/61

7 クラス分裂


        *


 ヒトデモンスターが腕と脚のあいだに飛膜を広げ、滑空していた。校舎の下にあるだだっぴろいグラウンドへ軟着陸しようというのだ。


 リボンが自動で巻き戻され、ぼくは乙宮さんに抱きつくかたちになる。おまけに、ちょうどぼくの顔面が、あのどっかーんとした乙宮さんの胸に、どっかーんとぶつかってゆき――。


 んぎゅうっ、ぜんぜん前が見えねえ……。


「ひゃぎいっ、このエロカムイっ、どさくさにまぎれてっ、このバカッ」


 頭をポカポカ殴られ、たまらずぼくがもがいたときだ。バスタードソードの刃が何かを切断する感触が右手に伝わってきた。ちょうど、ソードを乙宮さんの背後で振ってしまい、例の触手を断ち切ってしまったのだと理解したときにはもう、ぼくらは落下していた。


「んげえっ」


 ぼくは背中からグラウンドに叩きつけられた。乙宮さんを抱きとめたまま、どうにか身を起こす。これが夢バトルワールドじゃなかったらきっと、身動きできないくらいのひどいけがを負ってたろう。


「うわっ、ひやっ、キモッ」


 切れてもなおぴくぴく動く触手を、乙宮さんの代わりにほどこうとしたとき、それが一気に肉迫してきた。


「あぶないっ」


 ぼくは乙宮さんをかばうように体勢を入れ替えながら、なかば反射的に、ソードの剣先をそいつめがけて突きだしていた。ずしりとした重みが伝わってくる。ぼくのソードがヒトデモンスターの胴体を刺しつらぬいていたのだ。


「キュイッ……キイッ……キキッ」


 至近距離で、モンスターのエイみたいな口が力無く開閉される。ぞっとした。

 このモンスターがついさっきまで望月さんだったという事実が、妙に遠く感じられる。


 と、ソードのグリップを握るぼくの手がひとりでに震えてくる。

 心は進んで麻痺することでどうにか身を守ったが、肉体のほうは嘘をつけず、仲間殺しの禁忌をおかした罪悪感に悲鳴をあげているかのようだ。


「あぶないっ」


 背後で乙宮さんの声がしたとたん、ぼくの体が、うしろへ引っぱられた。その拍子に、ヒトデモンスターの胴体を貫通していたソードを手放してしまう。


 ぼくはそのまま背中から乙宮さんにぶつかり、もろとも地面に倒れてしまった。かしいでゆく視界を通してぼくは理解した。ヒトデモンスターが例のマサカリ状の鉤爪で抱きしめるふうに、ぼくを突き刺そうとしていたのを。


 そのときにはもう、乙宮さんはぼくの体にリボンを巻きつけたまま後ずさりし、モンスターから離れようとしていたのだろう。そのさなかにモンスターによるぼくへの相討ち攻撃を察し、リボンを巻き戻すことで、ぼくの体を自分のほうへ引き寄せてくれたのだ。


 おかげで、モンスターの鉤爪はぼくを捉えることなく、自分に突き刺さった。


「いだっ、いだだっ、ちょ、どきなさいよっ」


 ぼくらがまたどうにか起きあがるのと入れ替わるようにして、ヒトデモンスターが仰向けに倒れる。ぼくのソードを腹に突き立てたまま……。


「キュエ……キィ……チチチ」


 なんとか起きあがろうともがくが、その力も残ってないようだ。

 ルカさんがぼくの横へとやってくる。続いて安達くんも。


「くそっ、油断してた」安達くんが心底から悔やんでいるように嘆く。

「今回はモンスターが襲ってこないなんて、あのピエロの言葉を真に受けたおれたちのミスだ。おれたちをモンスターにする手段があるのを忘れていなければ、今回のことは防げたかもしれないのに」


 かつて望月さんだったモンスターが無数の粒子へと分解してゆく。

 ミッチーや珍念さんをはじめ、残りのクラスメートたちもやってくる。舞坂さんの姿だけが見当たらない。


 ヒトデモンスターがぼくのソードを残して消滅したころには、ひりひりするほど険悪な空気がクラスメートたちのあいだにわだかまっていた。


「おい、神永」そう呼びかけてきたのは徳伊くんだ。「証拠はあるのか? おまえが、おれたちをこんなゲームに巻きこんだ黒幕じゃねえっていう証拠がよお」


「こんなカモネギなお人好しが、アタシらをだましてどうにかなんて、できるわけないじゃん」


 相変わらずきついディスりがまじってはいるけれど、乙宮さんの信頼がうれしかった。

 と、ルカさんが金属バットを地面に打ちつける。


「よそ者だっていうなら、あたしも神永とたいして変わんないよ。見た目だけなら、もっとあやしい。だろ?」


 ルカさんが睥睨すると、ぼくへの反感をあらわにしていたクラスメートたちがいちようにうつむいてしまう。徳伊くんをのぞいて。


「てめえはどうして、神永にこだわる?」


 ミッチーに胸ぐらをつかまれても、徳伊くんは反抗的な態度を捨てようとはしなかった。


「逆にお聞きしたいよ。いちばん胡散くせえやつをどうして野放しにする? っていうか、使える武器持ってるやつら、みーんな信用できなくねえか?」


 ルカさんによっていったん鎮圧された疑心暗鬼が、クラスメートたちのあいだでよみがえり、力を増してゆくのが手に取るようにわかる。


「おれは、簡単にあきらめたりしねえからな。おまえらがヒーローごっこをして楽しむための踏み台なんぞに、むざむざされるつもりもねえ」


 徳伊くんがきびすを返すと、大半のクラスメートがそれに続く。

 取り残されたのは、ぼくに乙宮さん、ルカさんに珍念さん、それにミッチーと安達くん……舞坂さんをのぞく、定番な面々……。


 このクラスは完全に、真っ二つに引き裂かれてしまったのだ。


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