4 ぼくらのクラスだけじゃありませんでした
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舞坂さんの部屋はぼくの自宅のリビングくらいの広さがあった。急いでかけたのか、ベッドの上のカバーがやや乱れていた。ぬいぐるみのたぐいはぜんぜん見当たらない。その代わり、剣道関係の賞状やメダルが部屋の片面いっぱいに飾られている。
それにしても……。
女の子の部屋に足を踏み入れる。物心がつくようになってからは、初めての体験じゃなかろうか。舞坂さんはいったん部屋を出ると、ジュースやお菓子を持ってきて、これまたどこかから持ってきた、折り畳み式のこじゃれた小卓を開き、そこにジュースなどを用意してから、ぼくと向かい合った。
「ど、どうかお気づかいなく。それに、そ、そんなにいきなり動きまわったら、体にきついと思うし」
ぼくの姿をほかの家族の目から隠したい意図が見え見えだっただけに、手伝いを申し出るのもはばかられたのだ。
「動いたほうが筋肉だって早く戻るし、うん、あの、ぜんぜん大丈夫」
舞坂さんが妙にぎこちない理由も、なんとなく察せられた。夢の中とはいえ、ぼくに身をゆだね、あられもなく泣きじゃくってしまったことが恥ずかしくてたまらないのだろう。
転校初日の保健室でふたりしてもつれあうように倒れこんだ拍子に、舞坂さんの中で告白スイッチが入ってしまったときも、号泣するのだけは必死にこらえていたくらいなのだから。
それからモジモジの応酬を繰り広げたあと、舞坂さんがつらい決意のこもった面持ちになり、切りだしてきた。
「それで、小笠原くんは?」
できれば触れたくない話題だった。でもごまかしはききそうにない。ぼくがかぶりを振ると、それだけで伝わったのか、舞坂さんの表情がいっそうどんよりしてくる。
ぼくは言わずにいられなかった。
「しんどかったら、我慢しなくていいから。舞坂さんがひとりでぜんぶ、背負う必要なんてないんだ」
舞坂さんがおどろいたように顔をあげる。その目がたちまち潤んできた。「えふっ」と息をもらし、鼻の下をこすり、肩をぶるぶるふるわせ、すがるようにぼくを見た。
「泣きたいときは、その……ぜんぜん泣いてかまわないから。恥ずかしいことなんて、これっぽっちもないし……うん」
これはさすがに押しつけがましい発言だったかと冷や冷やしたけど、舞坂さんは感謝するようにちいさく何度かうなずいた。そのときにはもう、ぐじゅぐじゅ泣きはじめていた。
うぬぼれじゃなしに、ぼくは舞坂さんにとって、安心できる存在ってやつになれたのだろうか? 彼女の十年来の友人として結婚式に出席する。乙宮さんのそんな予言が異様に真実味を帯びてきたけれど、いまは気にしないでおこう。
舞坂さんは一向に泣きやむ気配がない。前回のような号泣ではないが、それでもパッキンの壊れた蛇口みたいに静かに泣き続けている。
どうにかなぐさめられないものか。でも、この機に乗じて抱きしめ行動に走るのは調子に乗りすぎ……だよね。すいません。自分のハンカチはすっかり使用済みだった、ぼくは部屋に置いてあったティッシュの箱とゴミ箱を舞坂さんのそばへ持っていった。気の利いた行為だとは思えなかったけれど、舞坂さんが感謝するようなうなずきのジェスチャーをよこしてくれた。
舞坂さんはそうやってひとしきり悲しみを吐きだしたあと、とうとつに切りだしてきた。
「うちの学校だけじゃなかった」
意味がわからず、ぼくが目をしばたたかせると、舞坂さんがさらに言った。
「あのゲームをやらされたの、うちのクラスが初めてじゃなかったの」
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舞坂さんは学校をさぼっているあいだ、無駄に時間を過ごしていたわけではなかった。
「検索ワードをいろいろ試したんだ。そしたら、けっこうすぐに見つかった」
最初は一昨年、東京都にある私立の名門中学だったという。
「ひとつのクラスだけに、眠ったままずっと起きない生徒が続出するようになったの」
その奇病はクラスのほぼ全員をのみこみ、無事なのはたったひとりだけだった。
「次は去年で、神奈川の私立女子高。その次はまた神奈川で公立の共学高校が――」
そのどちらも、最初のケースと同じ結末を迎えたという。
「今年に入ってすぐ四件目が起きた。最初と同じく東京。都立高校の、とあるクラスでひとりを残して、ほかの生徒みんなが昏睡状態におちいったの」
もちろんワイドショーで取り上げられたこともあったという。
「でも誰かが死んだわけじゃないから、どうしても、ネタとしては大きく扱われなかったみたい」
確かに、世間で大きな話題になるのは死者の出た事件ばかりだ。
今年の初めには、整形失敗を悔やんだ女子大生が、営業中のホストクラブにガソリンをまき、店内にいたホストや客など総勢二十名以上を巻き添えに焼身自殺を果たした事件が世間を震撼させた。二月に入ってからも、無免許運転の男子小学生が、バス待ちをしていた乗客の列に突っこみ、十名以上を轢き殺した、なんていうやりきれない事件もあった。
そうした大惨事に比べると、生徒が誰ひとり死ぬこともなく、次々と眠り続けるようになる現象なんて、マスメディアにとってはインパクトに欠けたということなのだろう。たとえ犠牲の規模そのものは大きくとも。
「本当に、最後のひとりが残るまで続く、そういうゲームだったのか」
ぼくが暗澹としながらこぼすと、舞坂さんがいくぶん鋭さを取りもどした表情でつぶやく。
「もうこれ以上、誰も、そんな目にはあわせない」
それからぼくのほうをちらりと見ると、頬を朱に染めてうつむいた。ゆっくり深呼吸し、ふたたび顔をあげると、遠くを見据えるまなざしで自分に言い聞かせるように宣言する。
「みんなで助かる道が見つかるまで、わたしが、モンスターたちを倒しまくってやる」




