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ドリームサバイバー ――いきなり教室、はいバトル!  作者: おけきょ
第四章 デスマーチは続くよ、どこまでも
24/61

2 珍念おびえる


        *


「ワ、ワタクシが不甲斐ないせいでっ、こんなむさくるしい部屋にご足労願いまして……はうう、ご、ご迷惑をかけてしまい申し訳ございませんでしたっ」


 床に土下座する珍念さんの背中を、乙宮さんが優しくはたく。


「ね、そういう堅っ苦しいのなしにしよー」


 ぼくら三人が風除室の集合インターホンで訪問を伝えると、珍念ママとおぼしき中年女性が迎え入れてくれた。


 引っ込み思案な娘のもとに、クラスメートが三人も訪ねてきたことがよほどうれしかったのだろう。恐縮しつつもすっかり舞い上がり、リビングでかしこまるぼくたちのもとへ、せきたてるように寝間着姿の娘を連行してきた。やがて、買い物があるからと珍念ママがぼくら子どもたちだけにしてくれると、ようやく本題に入ることができた。


「ま、そう自分を責めるなってことだな」


 ソファーにふんぞり返りながら、ルカさんがなぐさめる。


「あっというま、だったのでございます」


 のろのろと上体を起こすと、珍念さんが自責の念もあらわに語りはじめた。


「始まりは案山子のモンスターがあらわれたことでした。ワタクシ、びっくりして逃げちゃったのでございます」


 ……って、おい、通せんぼマンが登場した時点で、エスケイプかましちゃったのかい。


「みなさまも、ワタクシとともに敗走の途につき……あの大きな部屋に逃げこんだのでございます。そしたら――」


 いきなり般若の面をかぶった忍者が登場したのだという。


「ワタクシがどうすることもできないうちに、ミツヅカくんや遠藤さんたちが斬り伏せられてしまったのでございます……そして、いよいよワタクシの番、というときに、忍者が突然消えたのでした」


 その直後、舞坂さんがあの大広間にやってきたのだという。


「ワタクシはパニックになっていたせいでございましょう、舞坂さんの問いかけにもうまく答えることができず、忍者のことさえ話せないうちに……おっきなトカゲがたくさん襲ってきたのでございます」


 そして、ぼくが目撃したシーンにつながるというわけか。


「気に入らないね」ルカさんが褐色なスーパーモデル顔をしかめる。

「その忍者くん、リンがやってくる前にしっぽを巻いて逃げたってことか。これで、そいつがあたしの前にのこのこあらわれたら……あたしは、そいつにナメられてるってことになるね」


 ルカさんの瞳の奥で、炎が揺らめいているのが見えた気がした。


「思い知らせてやるよ、そのときは。あたしを軽く見た代償のでかさってやつを」


 うわー。ルカさん、戦士として舞坂さんにライバル心けっこう燃やしちゃっているのね。


「でさ、珍念ちゃん。前からね、ちょっと気になってたんだけどさー」


 乙宮さんの猫なで声。チェシャ猫みたいな笑いを顔に貼りつけ、彼女なりに珍念さんをおびえさせないよう、努力しているのがうかがえる。


「珍念ちゃんは委員長……リンリンのこと、ちょっとは恨んでたりしてないのかな?」

「えっ? ワタクシが、舞坂さんのことを、でございますか?」

「そ。だって――」


 わかるよね、というふうに乙宮さんがぼくとルカさんに目配せしてから、言葉を継ぐ。


「郡是くんが死んだのって、リンリンのせいだっていう見方もできるわけじゃん」


 表向き、郡是くんの死は舞坂さんへの失恋をはかなんでの、無理心中未遂ということで処理されている。っていうか乙宮さん、昨日は郡是くんがC組に呪いをかけた説を一蹴してたじゃん。あっけらかんとしているようで、わりと、こういう腹芸ができるお人だったのね。


 カウンセラーふうの優しげな口振りで、乙宮さんがなおも尋問を続ける。


「で、珍念ちゃんは郡是くんの幼なじみだった。だったら――」


 ぶるぶるぶると、珍念さんが首を横に振る。


「まさかっ。だって、舞坂さんも殺されかけたんですよっ」

「うん。それはわかってる」


 乙宮さんがうなずいてから、目でじっと問いかける。舞坂さんへの、逆恨みの気持ちは本当にないのかと。しかし珍念さんのようすには、当惑しかうかがえない。ぼくには素の反応にしか見えなかった。珍念さんが巧妙に自分の本心を隠せるような役者だとも思えない。


 では、なぜ舞坂さんを恨んでいないのか? 郡是くんが悪いと思っているから? いや、舞坂さんと同じく、郡是くんの人間性を信頼したうえで、真犯人がほかにいると考えているのだとしたら?


「珍念さんは、誰を疑ってるの?」


 ぼくが問いを投げかけるなり、珍念さんの体が伸びあがり、顔をひきつらせた。あまりにもわかりやすいリアクション。


「あ」と声をあげたのは、乙宮さんだ。身を乗りだすようにして、珍念さんの二の腕をつかむ。

「そういや、あの事件が起きたとき、珍念ちゃん、全校集会にいなかったよね?」


 これは、ぼくにとっても新事実だ。見る見るうちに、珍念さんの顔から血の気が引いてゆく。

 いっぽう乙宮さんは、遠い目になり、すっかり過去を反芻する態だ。


「そういやあのとき、やたらとうちのクラスのメンツでサボってるのがいて、誰がいなかったのかカウントしちゃったんだよね」


 おお。これで容疑者がしぼりこめるってわけですね。

 事件があったのは全校集会のとき。舞坂さんは屋上へ呼びだされ、足を運んでみると、いきなり背後から後頭部を殴打された。その後、同じ屋上から郡是くんは飛び降りた。もしくは突き落とされた。


 荒神第二中学校の屋上は事件当時、外周もまだ金網フェンスでかこまれておらず、腰の高さくらいしかない胸壁しかなかったと聞いている。


 安全性に問題があるため、生徒が屋上に出るのもいちおうは禁止されていた。しかし合鍵が出回っていたせいで、その禁止も有名無実と化していた。


「で、誰がいなかったんだ?」そう簡潔に問うたのはルカさんだ。


 彼女が転校してきたのは事件後だから、事件そのものについてはくわしく聞いていないのだろう。乙宮さんが答える。


「えーっとね、まずはミッチートリオ」


 連中が全校集会をさぼるのはおそらくありふれたことなので、最初に名前があがったのだろう。


「それからリンリン」


 舞坂さんは優等生タイプだが、目立つことには変わりない。さらに事件の当事者なのだから、集会にいなかったのも当然だ。


「それだけじゃなくって、郡是くんと珍念ちゃんまでいなかったじゃん。あっ、そうだ。珍念ちゃんは朝から気分悪くて、保健室行くってアダッチーに断ってたんだよね? そっか、それでいなかったのか」


 乙宮さんがうんうんうなずき、ひとり合点してから続ける。


「で、アダッチーも、ミッチーたちを探してくるっつって、集会始まる前に体育館から出てっちゃったんだっけ」


 やはり、安達くんにもアリバイがないのか。ぼくはさりげなく、もうひとりの容疑者についてたずねる。


「あの……比留間先生はどうしてたの? そんなに受け持ちの生徒がバックレまくったら、さすがに気がつくよね?」


「それが、あいつはいたんだよね」乙宮さんがあっさり答えた。

「だって、リンリンがどこ行ったのか知ってるか、アタシも集会の途中で聞かれたもん。ははっ、あいつ妙にあせってた。あいつがリンリンに変な感じにからみまくってるの、気づいてるやつも多かったからね。ひょっとして好きなんじゃねって、疑ってるやつもいるし。だから、リンリンがほかの誰かと逢引きしてるんじゃないかって嫉妬心メラメラ燃やしてたのかも」


 しかし体育館をあとにしてまで探しには行かなかったということか。人間性は大いに疑わしいけれど、比留間先生には確固たるアリバイがあるのだ。


 だとしたら――犯人は安達くんで決まりってこと?


 ぼくは、はっとする。珍念さんのクラスにおけるポジションは最底辺。そんな珍念さんが、保健室で休むといった用件を告げる相手に、真逆なポジションにいる安達くんを気安く選べるものだろうか?


 もちろん、安達くんは表向き、どんな相手にも寛容に応じる心の広いキャラを演じている。だからクラスのカースト上位メンバーの中でも比較的、話しかけやすいというのはあるだろう。でも、それだけなのか?


 ひょっとして珍念さん……安達くんのことをひそかに想ってたりはしてないのか? ちょうど事件の起きたとき、珍念さんが目撃してしまったのだとしたら? 安達くんが現場の屋上へ至る階段をのぼってゆく、もしくは降りてくるところを。


 ぼくは、珍念さんをあらためて眺める。この弱々しさ全開のクラスメートを。


「やっぱり、心当たりあるんでしょ?」ぼくは追及せずにいられなかった。「郡是くんを殺した犯人に?」


 きみは恋する相手を守るために、幼なじみの死を汚辱にまみれたままにしたのか? そんなぼくの疑念を感じたせいかもしれない。


 珍念さんのなかで、おびえが臨界点に達したのが、はっきりとわかった。


「わっ、どしたっ、珍念ちゃん」


 乙宮さんを押しのけるようにして、珍念さんが立ち上がる。

 その黒目がちな瞳をめいっぱいかっぴろげて。


「か、か、帰って……欲しいのでございます」


 ぶるぶる震える右手をもたげ、玄関のほうを指差した。


「ね、ね、いきなりどうしちゃったの、珍念ちゃん。そりゃ、ウチのバカカムイがしつこかったし、ぶしつけすぎたのもわかるけど――」


 乙宮さんがおどけてみせるが効果はなかった。


「帰って、帰って、帰ってくださいっ、ワタクシはっ、ひとりになりたいのでございますっ」


 これまで見たこともないような精いっぱいの剣幕に、ぼくらはたまらず珍念家を退散した。


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