5 乙宮キャットファイト
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「あの宝石箱、やっぱり罠だったのか」
ルカさんによると、小分けにされた生徒たちは、通せんぼマンと宝石箱のトラップにことごとく遭遇したようだ。
「こいつが開けようとしたけど――」
ルカさんが肩に担いだ金属バットで、うしろでぶっ倒れているミッチーを示す。
「あたしがやめさせた」
ミッチーの片目が青タンでふさがっていた。
ここは大きな広間のような場所だった。壁には無数のランタンが掲げられ、床も板張りになっており、あの怪獣の胃壁のような感触もなく、異臭も抑えられている。
ぼくや乙宮さんたちがさまよっていると、ホイッスルやハーモニカ、それにトランペットなどがやかましい不協和音を奏でているのが聞こえてきた。またわなじゃないか? 男子生徒のひとりがそう警戒したが、乙宮さんがすかさず否定した。
「クラスにいたじゃん。持ってるアイテム、ハーモニカとか、トランペットだったやつって」
いわれてみれば、確かにそうだった。その野放図な演奏会に引き寄せられるようにトンネルを進むと、この広場にたどりつき、クラスメートの多くと再会できたのだ。
「まだ来てないのは……珍念に、小笠原に、エンドウに……昏睡状態の四方木たちを差し引くと……あと七名か」
安否確認の現状を手早くまとめたのはラケット安達くんだ。ぼくはあらためてクラスメートたちの顔を確認する。やはり肝心かなめな彼女の姿が見当たらない。
「あの……舞坂さんは?」
ぼくの問いに答えてくれたのはルカさんだ。
「神永とちょうど入れ違いだな。来てない連中を探しに行くって言って、ここを出てった。ほかの連中をあたしらにまかせてね」
ルカさんや安達くんがいれば、ここを敵に襲撃されてもどうにか対応できると判断したのだろう。ルカさんによると、クラスの人員は舞坂さん、ルカさん、安達くんというふうに、戦闘能力高めのメンバーが必ずひとり入るかたちで小分けにされ、このダンジョンもどきのあちこちに教室から強制転移させられたようだ。
そしていま、ぼくのグループが到着した。まだ来てないのは、おそらく珍念さんのグループのみ、ということらしい。
ともあれ……舞坂さんがそうやって行方不明のクラスメートを探しに行ったのは、ぼくの身を案じてくれたってこともあるんじゃないか……なんてうぬぼれるのはやめろ、神永カムイ!
「ちょっと、それどういうこと?」
声を荒らげているのは望月さんだ。さっきまでぼくらと行動を一緒にしていた男子生徒から話を聞かされ、すっかりお冠なごようすだ。
この望月さんが小笠原くんを好きなのは、C組の予備知識として乙宮さんからとうにレクチャーされていたんだ。その望月さんが激オコな形相を隠そうともせず、ぼくのほうへやってくる。
「ねえ、神永。あんたがオガくんのことを、あの見え見えなわなにハマるようそそのかしといて、最後に見捨てたって聞いてるんだけど、それってホント?」
うおお。話がしっかり曲解されて伝わってるんですけど。説明した男子生徒が悪いのか、それとも望月さんがバイアスもりもりで、耳にした内容を捻じ曲げたのか。
「ねえ、黙ってないでなんか言ったらどうなの?」
とうとう望月さんがぼくの胸ぐらをつかんでくる。
「やーめろっつーの」乙宮さんが割って入る。「カムイくんは止めようとしたんだってば。なのにオガっちがムキになって開けちゃったからあんなことに――」
ばっちーん。望月さんが手加減抜きのフルスイングで、乙宮さんを平手打ちしたのだ。
「アンタもその転入生と一緒になって、オガくんを焚きつけたんだってえ? この裏切り者! 尻軽女!」
「ぬあーっ。あんたのほうこそ、オガっちからまともに相手されてなかったくせに、本人いなくなったとたん、いきなりカノジョ面してんじゃねーよ」
望月さんがいっしゅんひるみ、たちまち涙を両目から噴出させ、奇声をあげて乙宮さんにつかみかかる。かつての仲間どうしのキャットファイトが勃発……かと思いきや、すかさずルカさんがふたりを引きはがす。
「乙宮もこいつを挑発するのはやめろ。望月がゆがんだものの見方しかできないのは、いまに始まったことじゃないって、付き合い長いおまえなら、とっくにわかってたことじゃないのか」
フォローをしてもらえる代わりに、的確なディスりを入れられてしまったせいだろう。望月さんが天を仰いで号泣を開始する。
カースト中位以上な女子生徒たちは望月さんをなぐさめるわけでもなく、ただ冷めた視線を注ぐばかりだ。そのくせ、敵意まじりの一瞥をルカさんへ送ることも忘れない。クラスの分断は着実に進んでいるようだ。
サバイバルゲームのふりをしたデスゲームが、着々とクラスメートたちの精神を荒廃させているのを目の当たりにし、ぼくの中でいっそうのやりきれなさがつのってくる。
「なあ……珍念たちがいないってのはマジなのか?」
ルカさんから食らった一撃からようやく回復したのか、ミッチーが立ち上がる。
やっぱり、ぼくの気のせいじゃなかった。ミッチーは明らかに珍念さんのことを気にかけている。このボスザル少年に残っているなけなしの良心が、かつて珍念さん対してしたことを悔やませている。そうしたぼくの読みは間違いじゃないってこと?
「だからリンが探しに行ってる」
ルカさんの答えに、ミッチーが片目を押さえながらかぶりを振る。
「いくらあいつが強いからって、ひとりにまかせて大丈夫なのか?」
「ぼくが行く」
そう名乗りをあげたのは、勤勉なところを見せて、ぼくに対して冷ややかなクラスメートたちの信頼を勝ち取りたかったためもある。だが、それ以上に、ぼくが無事であるのを少しでも早く舞坂さんに伝えたいという思いが強かった。
「くそっ、てめえばっかりにいいカッコさせられるか」
止めるいとまもなく、ミッチーが広間を出ていってしまう。開きっぱなしの出入り口からそのまま、例のトンネル道につながっているのだ。
「カムイくんっ、気をつけてっ」
乙宮さんのエールを背に、ぼくもあわてて追いかける。すぐに、もうひとつの足音が続くのがわかる。振り返ると、髪を振り乱した望月さんが駆けていた。
「ぼくたちだけで平気だからっ、あっちで待っててよ」
「あんたの指図は受けないっ。オガくんはあたしが助けるっ」
望月さんのアイテムは洗濯バサミ――白チョークのミッチーともども、足手まといにしかならないのはわかっていても、ぼくには彼女を止めるすべが見いだせなかった。




