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ドリームサバイバー ――いきなり教室、はいバトル!  作者: おけきょ
第三章 崩壊クラスに希望はあるか?
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4 宝石箱は罠の誘い


        *


「ひきゃんっ……って、キモッ、なにこれっ」


 ぼくのそばで飛び起きたのは乙宮さんだ。ぼくは尻もちをついたまま、あたりを見渡す。ちょうど学校の廊下ほどの太さのトンネル道に、ぼくらはいた。


 ぼくと乙宮さん、それに男子が三名、女子が一名……この場にいるのは総勢六名だけだった。当然のように、それぞれにあてがわれたアイテムもあたりに転がっていた。


「うげっ、ぬるぬるしてんじゃねえか」


 小笠原くんという男子生徒が苦々しげに、戦闘アイテムとおぼしきリップクリームをつまみあげると、指先ごと制服ズボンの太ももにこすりつけた。


 ぐねぐねうねるトンネル道は天井部分にびっしり貼りついた苔のようなものが照明替わりの明かりを投げかけているおかげで、先のほうまで見通せる。こげ茶色で生臭さを放つ、粘膜状の肉壁に四方をおおわれ、まるで巨大生物の食道じみていた。


 舞坂さんも、ルカさんもいない。ふたりがすぐ駆けつけてくれるのも、期待できそうにない。

 これからどんなトラブルが降りかかったとしても、ぼくと乙宮さんでなんとかするしかないってわけか。ほかのメンツのアイテムはどれも、リップクリーム並みにポンコツなものばかり……なんて品定めの目を向けるぼくをよそに、小笠原くんが別の男子生徒と言葉をかわす。


「どっかに出口があるってことだよな」

「とりあえず、あっちに行ってみようぜ」


 ふたりが連れ立って、さっさと歩きだす。


「待ちなよ」


 乙宮さんが、おびえるもうひとりの女子の背を励ますようにトントンしながら、小笠原くんの独断専行をたしなめる。うん。交渉役はきみにまかせた。


「うろつき回って迷うほうがやばいっしょ。動く前にちょっと考えようよ」

「こっちが行き止まりなら戻ればいいだけだろうが」


 そうぶっきらぼうに返し、小笠原くんたちは行ってしまう。もうひとりの男子生徒も追随し、ぼくと乙宮さんは顔を見合わせた。


「カムイくんなら、あいつらのこと、ほっとかないよね?」


 おっと。責任はみんなこっちにおっかぶせときましたか。


「わかってるよ」


 これも戦士の義務と心得よ。ぼくはバスタードソードを拾いあげ、すでにその姿が曲がり角の向こうへと消えてしまった小笠原くんたちのあとを追った。


 乙宮さんも、もうひとりの女子生徒を支えながら早足でついてくる。と、前方で小笠原くんの声がした。


「うわっ、なんだてめえはっ」


 少なくとも、クラスメートに出会ったらそんなセリフは吐かないはず。小笠原くんたちはどうやら、さっそくモンスターに遭遇してしまったようだね。急げっ、神永カムイっ!


「通せんぼマンだぞーいなもっ」


 麦わら帽子をかぶり、丹前を羽織ったカカシが両腕を広げ、小笠原くんたちの前に立ちふさがっている。白い布に詰め物をしたような顔には、幼稚園児が描いたようなへのへのもへ字で、目鼻がつけられていた。


「なめんなっ」小笠原くんがへのへのもへ字な通せんぼマンをぶっとばす。


「ぎゃっ」相手はあっさり殴り倒された。


 小笠原くんはサッカー部のレギュラーディフェンダーで体格も良く、顔つきも精悍だ。まともな状況であれば、ぼくみたいな文科系ザコなんて歯牙にもかけなかったろう。


 そんなスクールカースト上位メンが、ぼくみたいな底辺キャラの保護を受けるなんてプライドが許すはずもない。その鬱屈が、弱小モンスターに向けられる。子分の男子たちと一緒に、通せんぼマンを一方的に破壊し尽くしたんだ。


 三人の男子は通せんぼマンから戦利品として手に入れた、もとは胴体や腕だった棒きれをぶんぶん振り回し、さらに前進する。彼らの勢いをとめようとすれば衝突は必至だよね。


 ぼくは肩を落として彼らのあとを追おうとした。


「カムイくんっ、ちょい待ちっ」


 乙宮さんがトンネルの隅っこを指差すと、そこからまばゆい光が放たれたんだ。

 ハレーションを起こした視野がもとに戻るにつれ、それがなんだかわかってきた。箱のようなものがかいま見える。その大半は肉壁に埋まり、かろうじてふたの部分だけが顔をのぞかせていた。そのふたがふたたび激しく明滅する。


「……なんか、宝石箱っぽいね」


 確かに、周囲と同じく焦げ茶色に変色しているが、半円形のふたにはそれっぽい装飾も施されている。大きさはたぶん、救命箱くらいか。


「ねね、ちょっと掘りだしてみようよ」


 乙宮さんだけでなく、もうひとりの女子も興味を引かれたごようすだ。しかしぼくはかぶりを振り、その要求をつっぱねる。


「え? どして?」


 不服そうな乙宮さんに、ぼくは告げた。


「あれ、たぶん罠だから」


 作り手の性格の悪さがにじみ出るこのゲームで、最弱モンスターを倒して得られるアイテムなんて、きな臭いにもほどがあるだろう。きっとあれを開けたとたん、マジモンのピンチが出来する。そういうからくりになっているのだ。


 ぼくの推測に耳を傾けながら、乙宮さんは小刻みにうなずいていた。


「言われてみれば、確かにそんな気がしてきた。じゃ、あれは放置プレーってことでいいねっ」


 あんがい素直に聞き入れてくれて、ぼくがほっとしたのもつかのま――。


「だったらおれが掘りだしてやるよ。戦闘ステータスを爆上げしてくれる、レアアイテムかもしれねえからな」


 いつのまにか引き返してきた小笠原くんが例の宝石箱のもとへ向かってゆく。


「だからダメだってば。さっき、カムイくんも言ってたじゃん。それ、わなに決まってるって」

「うっせえ。マジでやばくなったら、そこで突っ立ってる剣と魔法で異世界転生なキモオタ野郎にどうにかしてもらえばいいだけじゃねえか」


 ほえっ? 戦闘ステータスだなんてゲームワードをほざいたその口で、ぼくをオタクとさげすむってわけですか? そんなぼくをはるかにしのぐ逆上っぷりを、乙宮さんが表明する。


「はあっ? なにそのご都合主義。おいしいどこ取りはするけど、尻ぬぐいはカムイくんにさせるって?」


「オトミヤっ」宝石箱を掘りだしながら、小笠原くんが胴間声をあげる。

「まったく、予想外ってやつだよなあ。てめえみてえなリア充気取りの好みが、そんな地味キャラだったなんてよおっ」


「むきーっ」乙宮さんがリボンをつかんだ手をパタパタしながら、ぴょんと跳ねる。

「上下関係でしか物事測れないっ、マウンティングゴリラのふりしたキョロ充のくせにっ、アタシをブジョクするのかーっ。アタシはアンタとちがって人格者だからっ、どんな底辺キャラだって人間扱いするし、ちゃんと対等に接しちゃうんだからねっ」


 ……ついでにぼくも相当ブジョクされてる気がするんですけど。


 ぼくが脱力にとらわれてふらついたときにはもう、小笠原くんが宝石箱を掘り当てていた。ふたの留め金にその手をかける。


「おっ、これ、カギもかかってないのか」


 ってことはやっぱり、トラップなの百パーセントじゃん。ぼくがバスタードソードをもたげると……パコンってふたが開き、中から何かが飛びだしてきた。


「ひいっ」


 乙宮さんが足をもつれさせながら後退する。静観していた残りふたりの男子生徒もこっちへ逃げてくる。仰向けに倒れ、大の字になった小笠原くんの顔面は、宝石箱もどきから出現したカブトガニじみたクリーチャーによって、しっかりホールドされていた。


 大昔に作られたホラー映画でこんなシーンを見かけた記憶があるんですけど。


「エイリアンに寄生されたっ。わたしら、殺されちゃうっ」


 女子生徒が身をひるがえし、逆方向へ駆けだした。残りふたりの男子生徒もあとに続く。


「や、やばいって。うちらも逃げなきゃ」


 乙宮さんに学ランのすそを引っぱられながら、ぼくはその場にとどまり、バスタードソードを構え続ける。たちまち、小笠原くんの全身がホログラムのような膜につつまれ、顔のカブトガニもどきがフルフェイスのカブトみたいになる。


「な、なんとなくだけど、こいつはここで食い止めないと、まずいことになるって気がする」


 それなのに、ぼくのほうから攻撃を加えられなかったのは、同士討ち厳禁のルールに縛られていたせいだ。小笠原くんがいまだにぼくらの仲間であればの話だけど。


 変態が完成し、全身を銀色のプレートアーマーにおおわれた中世の騎士が、巨大なハンマーを片手に起きあがる。


「やったねオガっち。これで、戦闘ステータス爆上げだねっ」

「よーでるひーっ、ほーっ」


 意思の疎通を図ろうとした乙宮さんの試みは、無情にもはねつけられる。騎士が頓狂な叫びとともにハンマーを振り上げたのだ。


「しゃんぶりゅんげすとっ」巨大ハンマーがぼくめがけて振り下ろされた。


 受けとめるのはムリ。ぼくはとっさにころがってその一撃をかわす。乙宮さんはとっくに逃げていた。


「じょじょうっ、じぶじばっ」


 大ぶりな二撃めも横転してかわし、すばやく相手の背後へ回ると、その背中に切りつける。

 しかしそのヨロイにひびさえ入らない。わずかにへこんだ程度だ。


「じゅがんじゃぎのうべっ」


 身を低くすると、バックハンドで放たれたハンマーがぼくの頭上を通過してゆく。いったん離れようとすると、騎士が早くはないものの、プログラムで最適化されたみたいな無駄のない動きで距離を詰めてくる。


 まずい。どうやれば小笠原くんを救えるのか、まったく策が思いつかない。と、騎士の背後で、乙宮さんがあの宝石箱にリボンをまきつけ、ぐるんぐるん回しているのが見える。


「アディオス、オガっち!」


 そのまま投擲された宝石箱に後頭部を直撃され、騎士が前のめりにぶっ倒れる。

 その隙に、ぼくは騎士の横を駆け抜け、逃げる乙宮さんのあとを追う。


「あ、あれって、マジでオガちゃんなのか?」


 途中でとどまっていた男子生徒のひとりにそうだと請け合い、ぼくらはほうほうの態で退散した。


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