2 ルカっち無双
「もしもーし、もしもーし」
ぼくのほっぺに人差し指を突き刺してきたのは、オトミヤさんだ。
「で、きみの名前はなんっていうのかな? アタシはオトミヤイカ。アレニ中の自称毒舌アイドルでー、新体操部の幽霊部員でーす」
「えあっと、ぼくは……名前は神永カムイで……特技はこれといってなしというか……」
そう言葉を濁しながら横目でマイサカさんをうかがうと、コシカさんとの握手をとうに終え、妙に冷めた目をこちらへ向けていた。たちまち、顔をぷいっとそむけてしまう。
おおお。こちらの気のせいでなければ、マイサカさんの中でぼくの印象は着々と悪化の一途をたどっている模様です!
そんなこちらの心も知らず、オトミヤさんが朗らかな声をあげる。
「へえー、カムイくんかあ。なんか、キラキラっていうより、中二病まっしぐらって感じのネームだねっ。その名前って、お父さんの趣味なのかな?」
「じゃなくて、お母さんのほう。カムイっていうのは、すっごい大昔にはやった忍者マンガにでてくる主人公の名前で……お母さんはレトロガールなフジョシってやつだったから、このカムイくんを使って二次創作にふけってたらしくて、お父さんも泣いてました。『801(やおい)に息子をまきこむなんて』って――」
「なるほどっ、なんだかよーくわからないけど、お母さんに負けず劣らず、名前にふさわしいコミュ障なんだね、カムイくんは。聞かれた以上のことをたくさん答えちゃうカムイくんはきっと、国語の成績もだいぶイタイことなってそうだよねっ」
……なにこれ? いきなり毒舌バトルを繰り広げようっていうの? ご生憎さま、ぼくはご年配の方からしょっちゅう道を聞かれるくらい、見た目通りな人畜無害くんですよ?
「それで、生まれたてのチンチラウサギみたいに涙で真っ赤なお目目をした神永カムイくん。きみはウチのクラスの転校生ってことでいいのかな?」
「えっと」ぼくは言葉に詰まる。
「かわいそうにねえ」オトミヤさんが手を伸ばし、ぼくの頭をなでてきた。
「いきなりこーんなクラスに放りこまれちゃってさあ。先生たちのコンタン、丸見えだよねっ。きみはねえ、いけにえとして差しだされちゃったんだよ。イジメ大好き問題児くんたちが欲求不満でほかのクラスに迷惑かけないよう、お手ごろなオモチャとして――」
そのときだった。ぐわっしゃーんという物音がぼくの耳を打ち、思わず首を縮めてしまう。
目をやると、廊下側の最後尾の席にいる大柄な男子生徒が立ち上がっていた。ついでに自分の机を蹴り倒して。これがウワサの問題児くん? 黒い髪をリーゼントっぽく逆立て、狼みたいな目つきで教室をにらみ回すと、わめきだした。
「これっていったいどういうことよ? なんでおれら、いきなり教室に集められちまってんのよ?」
応じたのはオトミヤさんだ。
「っていうか、これってぜんぶ、夢なんじゃないの?」
……へえ、その自覚はいちおうあるのか。で、これがぜんぶ夢だとしたら、いったい誰の? ぼくのに決まってるよね。
そう。この教室にいる登場人物はみんな、現実のものじゃない。ぼくの脳が生みだした架空の存在。この夢が終わってしまったら、二度と会うことのない相手ばかりなんだ。
オトミヤさんはともかく――ぼくはまた横目でマイサカさんをチラ見する。出会ったとたんに永遠の別れを迎えるなんてぜったいに悲しすぎる。だからといって、夢から覚めるのを引き延ばせば――おねしょコースまっしぐらだよ! そろそろ十五歳になるっていうのに!
「おいおい、ミッチー」
見ると、ぼく程度の背丈しかないサル顔の坊主頭がこっちを指差している。
「あの新入り、さっきからミッチーのこと、せせら笑ってやがったぜ」
えっ? 言いがかりにもほどがあるってば。いまのぼく、顔に笑いなんてかけらも浮かべてなかったでしょうに。しかしミッチーくんは素直すぎるやり方で応じるのみだ。
「んだとおっ」
「ムカつくっしょ。さっさとやっつけちまえ」
モンキー小僧にそそのかされ、ミッチーが迷いない足取りでこっちへずんずんやってくる。それをさえぎったのは、コシカルカさんだ。
「どけよっ。ラッキーパンチで勝っただけのくせに、いつまでもチョーシこいてんじゃねえぞっ」
すごむミッチーにひるむようすもなく、ルカさんがあごをしゃくり、サル顔のほうを示す。
「そっちこそいつまでも、トクイの口車に乗せられてんなよ」
呆れ気味なルカさんめがけ、いきなりミッチーが殴りかかる。が、命中しなかった。ルカさんがほんの少し身を引くだけでよけてしまったのだ。
激高したミッチーが立て続けにパンチを放つも、ルカさんは太極拳の師匠さながらの流れるような動きで、すべての攻撃をかわしてしまう。
「うがああああーっ」
つかみかかるミッチーの勢いを利用して、ルカさんが片手一本で投げ技のような動きを見せる。それだけでミッチーの体がふわりと裏返り、そのまま教室後方のロッカーに激突した。
「うっわ」と端的な感想をもらしたのはオトミヤさんだ。「なんかルカっち、いつもよりパワーアップしてね?」
あっさり問題児くんを返り討ちにしたルカさんも困惑の態だ。
「なんだか、体が勝手に動いたんだよな……本気だしたら、あいつのこと、マジで殺しちゃってたかも」
ぼくは理解した。ルカさんがこうやってマンガみたいな強さを見せたのも、この世界が夢だからなんだ。おおおっ、とぼくは身もだえしながらちらりとマイサカさんを盗み見る。この夢が終わったら、やっぱり永遠に別れちゃうんだ。マイサカさんとはもう、二度と会えないんだ。
と、そのマイサカさんがこちらを見返してきた。
そのまなざしに、どきりとしてしまう。いぶかしむ、というふうではなかった。まるでぼくがひとつの謎であり、その謎を解き明かそうと考えを巡らせている――そういう静かな熱のこもるまなざしがぼくを、ぎゅっとわしづかみしてしまったのだ。
こうした魔法のような瞬間を断ち切るように、ぶおーんという物々しい振動音が響いた。




