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ドリームサバイバー ――いきなり教室、はいバトル!  作者: おけきょ
第二章 ステージツーはデスゲームへの案内
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4 彼の正体はイケメンサイコパス


        *


 安達俊――テニスラケットをふるっていたことから、最初はテニス部だと決めつけていた。しかし乙宮さんによると、実際はバスケ部のエースなのだそうだ。


「安達くんはいつも人にかこまれてるし、人望あるんだなあって、誰からも好かれてるんだなあって……ちょっとうらやましく思ってた」


 え? 裏を返せば、舞坂さんはご自身を、人望が薄いって評価なさってるってことですか?

 そんなふうに脱線するぼくの思考を引き戻すように、舞坂さんの目に、悲痛な色が走った。いえいえ、それどころじゃないよ。顔をゆがめ、目に涙をにじませ、おえつをこらえるように息をあえがせている。ぼくの心臓が重機で揺さぶられているみたいに、ドスドス跳ねた。


「どど、どうしたの? 安達くんが、いったいどんな……ひどいことをしたの?」


 舞坂さんが手の甲で目をぬぐった。


「あいつ……ポンタを殺したの」


 なんだその名前は? 少なくとも、人じゃない。人だったら、ラケット安達もいまごろ少年院だか鑑別所だかに放りこまれている。じゃないとおかしい! じゃあ……飼い犬か?


 いや、殺してもおとがめなしの動物はペットじゃない。いまどき、野良犬なんて、少なくともよっぽどの過疎区域じゃないとうろついてないよね。一連の推理を数秒でやってのけ、ぼくは回答にたどりついた。


「猫を?」


 舞坂さんが何度もうなずき、早口に応じる。


「ホントは餌付けなんて、しちゃいけないってわかってた。でも、どうしてもほっとけなくて――」


 夜になるのを待ってから、人目を忍び、親の目も盗んで、通学路のそばにある空き家に居着いていたノラ猫のもとへ通っていたのだという。


「あの日は、熱がでちゃって学校を休んだの。でも、夕方になってからやっと熱も引いて、体のほうも、少しだけど楽になって」


 それで、夜のポンタ訪問&餌やりを決行しようとしたのだという。


「そしたら、道路の先に、見覚えのある背中があって――」


 こみあげてきた恐怖感をどうにかこらえ、彼に気づかれないよう忍び足で、あとをつけずにいられなかったという。


「あの空き家に……ポンタのいる家に近づいていくのがわかっても……偶然だって思いこもうとしたんだ」


 しかし、ラケット安達はくだんの空き家へ足を踏み入れていったのだという。


「わたし……逃げちゃった」舞坂さんがとうとう顔をくしゃくしゃにした。「こわくて、あれから何が起きるか、考えたくなくって」


 やたらと舞坂さんになれなれしかったラケット安達くん……彼の正体はストーカーだったんだ。おそらく、以前から舞坂さんを監視することで、夜のポンタ訪問も把握していたに違いない。その日は、舞坂さんが病気で学校を休んだことから、ポンタ訪問も中止になると踏んだのだろう。


「しばらく、あてもなく走り回って……空き家に戻ったら、もう安達くんはいなくって……庭に忍びこんだら……ポンタ、死んでた……毒の餌で……わたしが見殺しにしたせいで」


 舞坂さんが涙の発作をこらえようとすればするほど、かえってその目から涙がこぼれてくる。ぬおおおおっ、許すまじ、ラケット安達めええええっ。彼の爽やかキャラは人の目をたばかるための仮面なんだ。その本性は――ヤンキーモンスターをラケットで殴り殺したときにかいま見えていたんだ!


 舞坂さんの愛情が猫に向けられるのが許せなかった。安達くんはそういう身勝手な嫉妬を発動させ、ライバル=ポンタに毒餌を食らわせたんだ。とんでもないやつ!


「わたし……あいつに、言っちゃったの」


 涙の発作がようやく小止みになると、舞坂さんが押し殺した声でもらした。


「ポンタのこと、知ってるからって。あんたのこと、ぜったい許さないって……わたしが屋上で襲われたのは、それからちょっと経って、だったんだ」


        *


 あらためて、舞坂さんは強い、というか気丈な人なのだなあと痛感させられていた。


 給食の時間にはもう、保健室でのあの取り乱しようがウソだったみたいに、クールなツンツンキャラを取り戻したのだから。でもそれは、記憶喪失がフェイクであるのを気取られないための仮面でしかないのを、いまのぼくは痛いほど思い知らされている。


「あっ、カムイくん、それ残しちゃうんだ。じゃあ、アタシが食べたげるっ」

「ほえっ?」


 乙宮さんがお箸を伸ばしてぼくの食器から手つかずな白身魚のフライ――タルタルソースつき――を拾い上げ、一口でたいらげてしまう。


「ダメだよー、好き嫌いありすぎるのはー、そんなんじゃあ、おっきくなれないぞー」


 ぼくはお箸でくうをつかみながら、ひくひくと口端をゆがめた。苦手なものから箸をつけていくという、ぼくの習慣が生みだした悲劇……。


 すでにお代わりも含めて食器の上のものをすべて片付けていたルカさんが、その長い腕を伸ばし、ぼくの机から紙パック入りのコーヒーミルクを取りあげた。ことわりもなく、あっというまに飲み干してしまう。


「まあ、あたしみたいにおっきくなりすぎるのも、考えものだけどな。とにかく燃費が悪すぎる」


 あ、あんたらはジャイアンかよ……。


 ぼくが転校してくるまで、このクラスでは班ごとに席をくっつけ給食を食べていたそうだ。

 しかし今日は昨晩のショックもあったせいだろうか、なし崩しに、任意でグループを作って食べることとなった。ぼくのいるグループは、舞坂さんのほかに、乙宮さんとルカさん、それに乙宮さんが連行してきた珍念さん、さらには――。


「それじゃあ、そろそろ、今夜の作戦会議と行こうか」


 ポンタ殺しの安達くんも当然のように、このグループに加わっていたのだ。


「ってかなんで、あんたが仕切ってんのよ」


 乙宮さんが口をとがらせて抗議する。いいぞいいぞ、もっと言ってやれ。


「ルカっちかリンリンじゃね? 仕切る資格あるのって」


 どうやら乙宮さんは、舞坂さんに関して、新しい呼び名を採用することにしたみたい。まあ、「委員長」なんて、舞坂さんの生真面目さをからかってる感じのニックネームよりは、だいぶいいと思いますけど。


「確かに、バトルそのものでは小鹿とリン頼みなのは否めない」


 安達くんはその悪魔的本性がみじんもうかがえない余裕の表情だ。率直に申し上げて、死んだほうがいいと思います。


「でも、おれら戦闘チームを束ね、その能力を十二分に生かす作戦を立案する、そういう役割は、リンや小鹿とは別のメンバーが担ったほうがいい。すべてをふたりに背負わせるのはあまりにも負担が大きすぎる」


「おっと、珍念ちゃんがなんか意見あるみたいよ」


 乙宮さんに水を向けられ、珍念さんが目を白黒させる。


「ほらほら言いたいことあるんなら言ってみ。遠慮しないで、さあさあ、ほらほら」

「て、しっかりあんたがプレッシャーかけてんじゃん」


 ルカさんが乙宮さんの脳天に軽めのチョップをお見舞いするという幕間コントのあと、珍念さんがきょどりながら疑問を呈した。


「ワワ、ワタクシたちが今夜も、夢で一堂に会することになると、みみ、みなさんは本気でお思いなのでございますか?」


 乙宮さんが天井を見上げ、それからため息をこぼすように応じた。


「そりゃ、今夜は何もないほうがいいなあとは、思うけどねえ」

「むしろ、何もないと思うほうが難しいぞ。神永もこうやって実在してたし……なあ?」


 ルカさんに話を振られ、舞坂さんが端的に、「だね」と応じる。その澄まし顔に、わずかな後ろめたさが浮かんでいるように見えたのは、ぼくの気のせいだろうか?


「まあ、珍念が希望的観測にすがりたくなるのもわかるけどね」


 しっかり舞坂さんの横のポジションをキープしている安達くんが、理解のある態度を見せた。


「でも、最悪の事態には常に備えておいたほうがいい。リンだってそれがわかっているから、今日は無理して学校にきたんだ。おれらみんなのことは忘れてしまっても、仲間であることに変わりはない。そのことを示すために。だろ?」


 親しげに肩に手を置く安達くんに、舞坂さんはルカさんに応じたときよりも完璧なポーカーフェイスでちいさくうなずいた。どうやら安達くんは信じ切っているようだ。記憶を失った舞坂さんにこれっぽっちも、自分の本性がばれていないものと。


 教壇の横にある教員用の席ではひとり、比留間先生が黙然と給食を食べている。

 ふたりの疑惑の人物に挟まれながら、舞坂さんがいったいどこまで、綱渡りのように記憶喪失を装っていられるのかと思うと……ああ、ぼく自身の胸が引き裂かれそうだ!


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