ポンニチ怪談 その3 オークションで買った服
カツヤは届いたばかりのオークションで買った服を段ボールから取り出し試着する。古びたその服はネットで見た写真の軍服に付属の肩章までよく似ていた。うきうきしながら、記章をつけ鏡にむかってポーズをとるカツヤだったが…
ピンポーン
チャイムの音にカツヤは急いで玄関に向かった。
「ダカス・カツヤさん、お届け物です、ハンコかサインをお願いします」
夜更けまでの配達で疲れているのか、だるそうな宅配便の若い男性とは対照的にカツヤの声ははずんでいる。
「あ、サインでいいよね、カキカキ、それじゃ、どうも」
配達員が一礼してドアをしめると、カツヤはうきうきしながら早速届いた段ボールのガムテープをはがす。
「いやあ、明日着るのに間にあってよかった。去年なんて、ギリギリっていうか、ロクなのがでてないし」
玄関直ぐの廊下で段ボールを広げる。他の住人はいないので、遠慮なく散らかせるのだ。
「ああ、あの服惜しかったよな。もう少しで落札できたのに、やっぱ滅多にでない出物には金をたっぷり、つぎこんどかないとって悔しかったけど、今年おんなじようなのが出品されててよかったよ。母さんにしっかり金もらっといたし。しかも即決価格あり。少々値が張ったけど、めんどうな競り合いがなくて即時落札できたからよかった、こうして間に合ったし」
独り言をいいながら、中身をとりだす。
「ああ、やっぱりカッコイイや」
旧ニホン軍の軍服、それも司令官クラスのものと思われる立派なものだった。
うっとりしたような目でカツヤは服をひろげる。古びているが、ほつれや汚れはない。
「やっぱ、コスプレ用のとかとは違うよな。ネットから拾った写真にそっくりだし。多分本物だろ。えっと肩章とか勲章もついてたよな」
段ボールをさぐり、付属品を確認する。
「うん、あるある。さてと、遅いけど、明日、Y神社に着てくなら、いま着てみないと。なんたって重要な日なんだしな」
早速、服に袖を通す。小柄で太り気味のカツヤにぴったりとあった。
「うん、サイズはよさそうだな。髪型も写真みて真似たし、ばっちりだ。あとはバッジを全部つけて。ああ、やっぱ暑いよな、エアコン強くしなきゃ。秋とか冬ならいいんだけど、しゃーない戦争を終わらせたのが8月の真ん中なんだから」
服をきたまま、リビングにもどりエアコンの温度をさらに下げる。パソコンを開き、写真を確認しながら記章を一つずつ、つつけていく。
「ああ、一人暮らしでよかった。“このところ猛暑が続くのに、昼日中こんな格好で、外の神社の境内にいくなんて大丈夫?”いいだすんだよな、姉貴とか。こっちはニホンのために尽くしてる愛国戦士、余計なこというなよな。親の金でマンション借りたからってなんだよ、まったく」
ブツブツいいながら、カツヤは記章などの飾りをつけ終わると、鏡の前にたった。
「うん、本物っぽい」
多少ふっくらとしているが、写真の司令官によく似ている。
「いや、もうこれ本物だろ、M司令官であります!」
と、鏡にむかって叫んだ。
ふっと蒸し暑い風が吹いた。
「な、なんだ、エアコンの故障か?」
天井近くに設置されたエアコンからは冷たい風が吹き出している。だが、部屋の温度は徐々にあがっている。
「ど、どうした玄関から」
リビングから段ボールが広げられた廊下に戻ると、
「うわあああああ」
黒い塊がいた。塊は徐々に大きくなっていき、みるみるうちにドアが見えなくなった。
「な、なんだよ、これ、何が入ってきたんだ」
とっさに防犯システムのスィッチをいれるが、なんの反応もしない。パチパチと虚しい音が響く。塊はどんどん膨らんでいき、玄関から廊下に、カツヤのほうに近づいてくる。
「わあ、来るな。来るなあ」
叫びながらカツヤはリビングに後退りして、リビングと廊下の間のドアを閉めた。
「はあ、はあ、なんだよ、一体。!」
リビングの窓から、キッチンのドアから、黒いモノが入ってきていた。
「ぎゃああ、近寄るなあ」
叫びもむなしく、カツヤのすぐ目の前まで黒い塊がせまる。よくみるとそれはヒトの影のようだった。それも一人ではない、何十もの黒い人がカツヤに近づいてくる。
「あわわ」
恐怖のあまり目をつぶるカツヤの耳に
“お前…司令官…”
“お前の…せい”
“俺たちが…苦しんだのは…”
“死んだのは…お前のせい…”
男の声でつぶやくのが聞こえる。怒りと憎しみをこめた声がリビングに充満する。
「ひいいいい」
目をあけてみると、塊は汚れた軍服を着た男たちだった。顔も服も血と泥でよごれ、やせ細り、目だけが異様にギラギラしてる。男たちの後ろには何十人もの老若男女が恨めしそうにこちらをみている。顔は浅黒く、同じく痩せていた。
「ああ、まさか、まさか」
(こ、この軍服の主、あの司令官!そんな、写真にはそんなこと)
考える間もなく、カツヤは足を掴まれた。
リビングの床からガリガリの細い腕が伸びてきて、カツヤの足首を強く握る。
「た、助けて、ち、違うんだああ」
カツヤの叫びをかき消すように人々の影がカツヤを覆った。
「あー、これで最後っすかね」
「だな、しっかし、きれいな部屋でよかったよ。金持ちのボンボンが失踪した後片づけっていうから、もしや孤独死とか心配したけどきれいなもんだ」
「ほんっとっすよ。特殊清掃とか、秋でも結構きついし。しかし、どこいったんすかね、ここの住人」
「さあな。8月半ばから連絡とれないって母親が騒いでたらしいけど、両親とも急死したそうで。残された姉ちゃんだかが一人で後始末だと。大変だよな、バカ息子、いや弟をもつと」
「弟失踪の上、両親の葬式ですか。そりゃ大変っすね。それでさっさと弟の部屋も片付けるってんですか」
「甘やかしてた両親が亡くなったし、借りてたのも親名義。第一、“親は裕福だが自分はそうでもないから無駄金を使う余裕はない”んだと。まあ高そうなマンションだしな」
「じゃあ、清掃に金がかからなくってよかったっすね」
「ああ、それに売れそうなものは勝手に売って構わないって。その分、清掃費用を負けてほしいとか、言ってたな」
「えー、でも、いいんっすかね。弟さん、いなくなっただけで、死んだってきまったわけじゃないっしょ」
「まあな、7年どころか1年もたってねえし。姉ちゃんに言わせれば、ほぼニートで全部親の金で買ったものだからいいってことだが。そのへんは弟が戻ってきたら、姉弟で話し合うことだろ、こっちは雇い主のいうとおりにしないとな」
「マンションの名義も親なら、部屋のものも親のものっすか。親が死んでお姉さんのものになったんなら、しゃーないか。あ、先輩、こんなのありましたよ、この服」
「軍服?旧ニホン軍のやつ?ってなんでここに。お、この段ボールに入ってたのかな。これ納品書か?ふーん、オークションで買ったやつか。ここの住人ってこういうの好きな奴かよ、ネトウヨとかネトキョクウとかいう奴だったのかな。お、勲章もついてる、すげえな」
「なんか、本物っぽくて、かえって気味悪いっすね」
「本物ならな。いや本物だったら、こういうの専門の古道具屋に高く売れるんじゃないか。またオークションにだしてもいいし」
「ええ、マジっすか。でも、本物だったらお祓いとかしてもらったほうが、いいんじゃ」
「大丈夫だろ、前に出品したやつとかがちゃんとやってんだろうし。おい、ちゃんとたたんで、勲章とかなくさないようにしとけ。あ、いったん外した方がいいのか」
男たちは軍服を丁寧に段ボールにしまった。
暑い風がどこからか吹いてくる。
オークションで古びた服やら人形やらを購入したとき、”塩をかけて清めたほうがいい”などと言われたことがありますが、実際のところ古物商の皆様はどうしてらっしゃるんですかねえ。