無茶振り
昔馴染達と再開し、無理難題を押し付けられた翌日。
俺はあくびを噛み殺しながら教室に入った。
昨日、翆さんを家に返したのが11時。
そして寝たのが約3時。
起きたのが7時ぐらいだっから・・・4時間しか眠れてない。
当然、瞼はとても遅かった。
「・・・お前・・・目の下の隈凄いぞ?」
机に突っ伏して寝ようとしたら直樹が心配してきてくれる。
俺はひらひらと手を振りながら・・・働かない頭で対応した。
「眠れてなくてねぇ〜。」
「なんで?ゲームでもしてたのか?」
「高校生になったんだなって事実に興奮してた。」
「旅行前の小学生か。」
流石にギターの練習していたことは隠す。
これでゲリラライブがバレたら翆さんに申し訳ない。
「・・・いいのいいの、授業中寝るし。」
「不良だ。不良がいる。」
「失礼な、俺ほど人畜無害そうな人間はいないでしょ。」
「傍から見たら隈のせいで薬物中毒者だぞ?」
「ブサイクと遠回しにバカにしたことを怒らない俺は世界一優しいね。」
確か中学の頃、同じような事言われたっけ?
であだ名が薬になったんだ。
俺は笑って許したけど、改めて考えると相当アウトな名前だ。
「・・・はぁ〜っ・・・取り敢えず俺は寝る。おやすみ〜。」
「お、おぉ〜、お休みぃ〜。」
俺はその場で突っぷす。
すると眠気が一気に押し寄せてきた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」キュポっ
意識が暗闇に落ちる前になにかのキャップが取れる音がする。
嫌な予感がしたので顔を上げてみると、直樹がマッキーを持ってそれをこっちに向けていた。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・キスマーク塗りつぶしていい?」
「俺に首ほくろだらけ野郎っていうあだ名をつけたいの?」
取り敢えずマッキーは没収しておいた。
それからの授業は、ずっと肘を机に起き、薄ら薄らと睡眠を取っていた。
正直突っ伏していたかったが、初日からそうでは先生に目をつけられかねない。
失礼なやつとは捉えられたくなかったから流石にしなかった。
でも、体と頭を休めるには十分な睡眠量となった。
4限目の終わりを知らせるチャイムがなる。
学生たちが「終わった〜っ!」と、弁当の人は弁当、学食の人は学食へと向かつ。
俺が教科書を片付けていると、直樹がこっちに鼻歌を歌いながら来た。
「学食行こうぜ〜♪」
さすがは体育会系。
食事は大好きのようでテンションがおかしい。
「ごめん、俺弁当。」
青い巾着に包まれた弁当を見せる。
「・・・へぇ〜、お母さん作ってくれんだな。」
「うんや、俺が作ってる。」
「え?マジ?」
直樹はちょっと羨ましそうに呟いたかと思えば、今度は驚いたかの様に目を見開く。
そんなに驚くかと思ったが、自分でも料理できるキャラじゃないのは知っている。
素直に説明をしてやることにしよう。
「マジマジ。俺の実家遠いからさ、今叔母と二人暮しなんだよね。
俺の伯母さん、個性強い人で夕食作ったら気に入られてさ。
住まわせてやるから弁当作れって言われてそれから毎日作らされてる。
食費払ってくれるし、ついでに俺の分もってことでね。」
初日に「酒盛りだー。」って言われて、パエリア作ってあげたら胃袋を掴んでしまった俺。
欲の少ない俺の食事に対する妥協のなさが裏目に出たことを悔やんだのは、独身女性のなんとも言えない勢いに蹴落されたこの時が初めてのことだった。
毎度毎度帰ってきたらおつまみ作ってあげるの超大変。
「・・・食ってみていいか?」
「ん?感想聞かせてくれるならね。」
「おう!厳しくつけてやる!」
お弁当箱を開いてみせる。
二段弁当箱。下の段には炊飯器でかんたんに作れる具沢山のチャーハン。
上の段には夕飯の残りの生姜焼きにタコさんウインナー、だし巻き卵にヒジキなどなど。
直樹は目に見えて、そのクオリティーに驚き、飢えた犬のように弁当を凝視した。
「めっちゃ欲しそうやん。」
「美味そうなんだもん。くれ!速くくれ!」
俺は箸でまずはチャーハンを掬い、彼の口元へと運ぶ。
空いた口に米、チャーシュー、卵、ネギが吸い込まれた。
「だし巻き卵も半分やろう。」
むきゅもきゅと、音のなる口に半分に切った片方のだし巻き卵をほうり入れる。
ただひたすらに味わった直樹の開口一番に発した言葉は・・・
「・・・美味い・・・ウメェよぉ〜。」
彼のただならぬ様子に変な想像が出来てしまう。
俺は冷めてもうまいように作ってるから味には自信はある。
が、至って普通のチャーハン。
こいつの胃袋を掴めるほどではない。
多分弁当にいい思い出がないんだな?
「弁当好きなら母親にでも作ってもらったらいいじゃん。
それか自分で作ってみれば?」
「いや、まぁ、そうなんだけどなぁ〜・・・。」
直樹は苦しそうに唸って、俺に言った。
「俺の母さん・・・味音痴なんだ。」
まぁ、女性でもいるよね、そういう人は。
料理なんてできる人がやればいいだけの話だし。
「・・・いつもの家事は誰が?」
「親は共働きだからな、掃除は俺がするんだが料理に関しては姉さんが全部やってくれてる。」
「お姉さんが作った弁当は?」
直樹は真顔で・・・
「美味しくはある。美味くはあるんだ。
・・・けど、いつもの味すぎるし、冷めてるからあまりな。
・・・いや、悪くわないんだぜ?」
不満をぶちまけた。
俺の場合、気兼ねなく自由にできるから大丈夫だけど、直樹の場合は気を使ってしまうんだろうな。
「これを気に料理始めてみたらいいじゃん?」
「・・・自慢じゃないが、俺は天性的に料理が下手くそだ。
毎回焦がしてしまうし、塩と砂糖を間違えるし、気づけば色々味を足して芋虫のような味がし始める。」
現世のジャ○アンかな?
「それってガチなの?加藤さん?」
料理未経験者でもそんなアニメみたいなことはあるわけない。
信じられないためこちらを遠巻きに眺めていた信頼度の高い加藤さんに聞く。
彼女は嬉しそうな顔を一瞬にして直し、近づいてきた。
恋する少女なのはひと目見てわかる。
クールビューティー加藤、今後そう呼ぶことにしよう。
「えぇ、地獄かと思ったわ。」
「・・・。」
「い、いいだろ!家事ができない男がいてもっ!」
直樹が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに叫ぶ。
「料理は楽しいぞ〜、好きなもの作れるし、自分好みの味付けにできるし、何より美味い。
体育会系の直樹には欲しい技術だと思うけど?」
「いいんだよ、カップ麺最高!コンビニ弁当は至高!
部活終わりは、マ○クで豪遊!」
「将来デブまっしぐら〜。」
男で料理が苦手って人は沢山いる。
そのほぼが将来の一人暮らしで困ってるし、結婚後に困ることになっているけど。
でもまぁ、直樹に関しては・・・
直樹の後ろでソワソワしている加藤さん。
手を後ろにしており、2つの四角い物体が見える。
彼女の可愛さに少し面白くてちょっと笑ってしまった。
「・・・お前みたいな料理できる彼女見つければデブにならなくて済むかな?」
「さぁ?振る舞われすぎて太る可能性だってあるね。人はそれを幸せ太りっていうらしいけど。
ま、実際に俺は肥やすタイプで、現に彼女の体重を5キロ増加させた実績を持っている!」
「女の敵ね。」
「おっと、その後は俺も協力してダイエットに付き合ったと言っておこうっ!」
「まぁ、太る太らないはともかく、手料理を振る舞ってくれるのは男として魅力的だよな。」
直樹の言葉に少しは同意する。
翆さんは頼めば作ってはくれるのだが、アレンジにアレンジを加えて言葉では表せない味を作る人だ。
不味くはないが、いつも食べたいとは思わない。
だから家に二人でいるときは基本料理担当は俺。
・・・あれ?俺なんか主婦みたい。
・・・直樹、君には家庭的な加藤さんがついてくれてよかったね。
微笑んでいると、加藤さんから視線を感じた。
その目は・・・「二人にして。」と懇願していた。
俺は静かに弁当箱を片付ける。
「・・・。」
「んぉ?どこ行くんだ?」
俺が静かに立ち上がると、直樹は頭にはてなマークを浮かべた。
・・・さてどうしよう。
どう説明してこの場から離れよう。
「・・・まだ時間あるからね。
ちょっと昼飯スポット探してくる。」
「昼飯スポット?」
「この学校で弁当食うのに一番いい場所を探してくる。」
「あ、なるほど。」
別に俺は教室でもいいんだけどが、それをすれば目の前の女性になんと言われるかわからない。
ってか、なんで俺が空気を読まなきゃならないのだろう?
加藤さんがうまく誘えばいいだけの話では?
まぁ、思うだけで本人には言わないが。
そんなことを心で愚痴りながら、弁当を持って教室を出る。
あとから「マジでぇっ!」と嬉しそうな直樹の声を聞けただけ、まぁ、良しとすることにしよう。
「さて、どこで食うかな。」
校舎を散策する。
・・・別段この学校は高所に位置してるだけで特に立地がいいというわけではない。
アニメでよくある穏やかな潮風が吹くような学校ではないのだ
「・・・。」
屋上行けるかなと思い階段を登っていると、ふと、頭上に視線が行く。
翆さんが登っているのが見えた。
「・・・。」
彼女の目が俺を捉える。
だがすぐに階段を上がっていった。
あとを追いかける。
案の定、彼女は屋上へと入っていった。
「・・・立入禁止じゃん。」
ドアノブに手をかけようとして気づいた。
屋上への入り口に赤文字で立入禁止と書かれている札があることに。
だが、翆さんが入っていったのならこれは無視しよう。
ドアを開けたそこには・・・
「ハッハッハ!よく来たな、勇者よ!
飯にありつきたければこの魔王を倒してみよ!」
またおかしなテンションの翆さんが仁王立ちしていた。
そんな彼女を見て、少し考える。
「・・・倒せばいいんだよね?何をしても文句はないんだよね?」
「勿論だっ///♡」
キラキラと輝く笑顔で答える翆さん。
その表情は少し赤らんでいて、その目は俺以外捉えてはいなかった。
これは発情しているサイン。
昨夜で少しは解消されたと思ったが、実はそうでもなかったらしい。
ふむ・・・腕を組見ながら考える。完璧超人の翆さんを倒す方法を。
「・・・仕方ないか。」
俺はズシズシと彼女に近づく。
彼女は男である俺に恐れもせず、ただにこやかな顔で少し頬を赤く染めたまま身を委ねる。
「・・・頂きます。」
俺は周りに誰もいないことを確認し、彼女の唇を引き寄せた。
翆さんは何一つ抵抗しない。
逆に待ち望んでたかのように差し出してくれる。
やはり予想通り、彼女の求めていたものは・・・これだった。
いつもよりかは少し薄いキス。
深く甘すぎるキスは刺激が強すぎるため、俺は家でしかやらないと決めているからここですることはない。
しかし、どちらにしろこのままでは先に羞恥心の限界を迎えるのはこっち。
いつもは受けの俺。
攻めることが苦手な俺。
このままでは倒せない。
不利なのは明白だ。
だから勝つために弱点を攻めるしかない。
彼女の弱いところは、耳とは鎖骨と脇。
しかしどれも今は攻めにくい。
だかまだ一つ希望は残っている。
それはギャップが彼女の大好物だということ。
勝つのならギャップを見せつけるしかない。
なるべく表情を崩さず、俺が攻めになり、格好良く決めるしかない。
「・・・ん。」
「んんっ///!?」
腰に手を回す。
身長は彼女より低い俺だが、彼女の腰と足を折らせることができれば俺の優位は取れる。
回した手で彼女を支える。
そして、俺なりに舌を少し、彼女の中へと侵入させた。
「・・・んっ。」
彼女は天才だ。
Sでいつも主導権を握っているのに、自分が望むなら受けにもなれる。
俺の舌を迎き入れる彼女の舌。
その包容さ、逃さないと言わんばかりの絡み具合。
誘い閉じ込められたような気もする。
いつもならもう俺は受けへと回ってしまっている。
流れ込んでくる快楽に流されてしまう。
その快楽に身を委ねてしまう。
だが今の俺は勝たないといけない。
彼女の遊びだけど、勝てと言われたのなら勝たないといけない。
我慢して耐える。
甘さを味わい、柔らかい感触に埋もれ、押し寄せてくる快楽を受け入れながら、自我を保つ。
2分・・・
やっとキスは終わった。
二人のハァ、ハァ、と言う息遣いが耳に響く。
彼女はトロンとさせた目を俺に向けて言った。
「・・・仕方ない、倒されてあげる///♡」
「・・・・やった。」
理性を保つだけで手一杯。
喜びの言葉も発せない。
やはり俺は彼女には勝てないのだろう。
彼女の肩に顔を置いた。
「さ、ご飯食べよ。昼休みがなくなっちゃう。」
翆さんは嬉しそうに笑いながら俺の手を引き、石で作られた椅子に座らせる。
余韻に浸っている俺はその言葉に従うしか出来ない。
「・・・ふふ、本当にキスに弱いなぁ〜。」
自分の弁当を食べようとする。
しかしさっきの余韻のせいで体に力が入りにくくなっている。
食材が持てない。
「・・・キスに弱いってより・・・翆さんに弱いというか・・・。」
「そうねぇ〜、もう天峰くんは私の全てに快楽を感じるように調教されてるもんねぇ〜♪」
「・・・流石に人前で俺をこんなふうにさせないでよ。」
「それは約束は出来ないけど・・・極力我慢してあげる。」
やべぇ、これから先が不安だ。
放課後になったら・・・少しでも欲求の解消を怠ったら公共の場で辱めを受けそうだ。
不安で身震いが起きたが、気にしないで弁当を食べる。
「・・・で、どう?練習のせいかは?」
「まだ一日で何を得ろと・・・一曲は完璧に頭に入った!」
「・・・色々言いながらちゃんと成果得てるあたり凄いよね。」
「そう出来るように幼少期から俺を鍛えたのは貴方だけどね。」
俺の言葉にアハハハと笑う翆さん。
俺はそれに呆れの視線を送る。
・・・人というのは目の前にバカと天才を両立している阿呆がいると、人は持ち合わせているものを自慢なんてできなくなるらしい。
恐らくどんなに威張ったところで自身を惨めに感じてしまうからだろう。
天才と隣にいる凡人の性は、そんなことはしない。と言うか、したくないと思ってしまう思考回路だ。
俺の知る中で彼女を相手にしてそれを受け入れることができた人は一人もいない。
大抵の人は逃げ出してこの世界一の天才に近づかないようにする。
それこそ、俺のようにこんな劣等感を愛情の糧としてしまう人こそ見たことがないのだから間違いない。
多分俺が、隣の阿保を呆れたり、怒ったりするくせに未だ手放す事ができないのは、そんな本来苦いものを甘く感じてしまう舌を持っているせいなのだろうう。
「・・・あ、先輩だ。」
「ん?」
俺が難儀だ、と自分に呆れていると、いつの間にか翆さんが屋上から校庭を見下ろしていた。
同じように覗くと、そこにはツインテールの女性を見つける。
その人は校庭でサッカーを練習している男性を見つめていた。
「・・・あの人の想い人ってあのサッカーしてる背の高い人?」
「そそ、あのイケメンさん。」
「・・・あれはモテそうですな。」
心の中で妬んでおこう。
きゅうりのシャキシャキという音が、苛つく心を落ち着かせる。
きゅうりで落ち着くって斬新。
「幼馴染で?」
「そうらしいよ?両片想いってこう胸ドキするよね。」
「本当そういうの好きだね?」
翆さんは彼らを見て目を輝かせていた。
彼女は現実で起こる非日常のような物語が好きで、その中でも人間の恋話やシリアスな人生は大好物らしい。
だから、おもちゃを見つければその人のトラウマ刺激したり、観察したり・・・。
俺だけならいいが、過去、何度もそれをして他人の人生を百八中度変化させるのはいつものこととなっていた。
毎度傍から見て申し訳なく感じるこっちの身にもなってほしいね。
また同じことが始まると密かに怯えていると、それに追い打ちをかけるように翆さんが説明を始める。
「彼の方は何を犠牲にしても叶えたい夢があって、けどそれは外国に行くのが一番の近道。
だから彼女と離れても必ず行くと決心している。
いや、彼女のために、離れることを決意してる。
なぜそこまで頑ななのかは気になるんだったら自分で調べてね。」
「そですか、気が向いたら調べとく。」
「絶対調べない返事だ。」
他人の個人情報なんて調べたところで俺に得はない。
俺の役目は命じられたことを全力ですること。
だから調べない。というより調べたくない。
・・・翆さんが関わる時点で、面倒くさい思いを抱えてるのわかるし。
呆れながら口に食材放り込む。
「ねぇ、もしもだけど私が海外行くことになったら・・・どうする?」
ちょうどチャーハンを半分ほど食べ終わったとき、遠くを見るような目をしてそんなことを尋ねてきた。
その表情はとても穏やかで、女のコらしい優しそうな笑顔。
・・・俺は数秒考え・・・答えを出す。
「ついてくんじゃない?どうせ暇だし。」
「あっさりと答えるね。嫌とか思わないの?」
驚いたような声を上げられる。
そんな声をする理由がわからなくて俺は思わず笑ってしまった。
「いやいや、翆さんなら嫌とか俺の感情関わらず強制的に連れてくでしょ。
なら否定するより適応するために努力するのが百倍楽。」
「あら?私はそこまでま非常な人間じゃないわよ?」
彼女が頬も染めず、ただ不気味に目と口で曲線を描く笑みは俺の知っている限りろくなものじゃない。
「その澄ました微笑みをやめてから言うんだね。
非常じゃない人は小学生の時に彼氏をボコボコにして上下関係を叩き込まない。」
「ハッハッハ、あれは私の教育に耐えられず暴れだしそうになったのを抑えただけだよ。」
簡単に言ってるけど、現実はそんな甘くなかった。
体術の訓練だったり高校受験の勉強だったり・・・
俺は昔から彼女に色々と教えられてきた。
その時は愚痴愚痴と文句を言われ、ブチブチと音の鳴る堪忍袋の緒が張るのに耐えて、罵詈雑言を浴びせられ、手の平の爪痕から血がにじみ出してまで耐えて、関節技かけられて意識昏倒したのに、終わらない地獄に強制連行されて・・・俺の日常は一言では語るに足りない苦難の数々だった。
何度、いろんな意味で襲いにかかったことか・・・。
だがそんなことをしても、結局返り討ちにあい、自信とプライドを粉々にされて、逆に襲われる始末。
多分ある種の耐性と痛みを和らげる方法を身に着けられたのはその日々のおかげのはずだ。
「・・・あの二人には俺みたいな苦痛味わってほしくないなぁ〜。」
心からの一言をこぼすと、翆さんは爆笑してそれを否定した。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッ(人*´∀`)人www
無い無い無い無いっ!二人は私達と比べたら普通の人なんだぜ?絶対にないよそんなこと!
この世に私みたいな阿呆と、君みたいな異常者が一つの学校に二組もいる可能性なんて学校が家事になるほどの確率しかない!」
彼氏に対して異常者と言ってしまえるのが本堂翆という女の特性。
この言葉は一見馬鹿にしているように聞こえるが、これは彼女にとって褒め言葉だ。
異常者=一緒にいて楽しい人。
気を悪くするだけ面倒なので、自分騙してでも感謝の念を持っておこう。
慣れたら苛つきもなくなったんだ・・・ホントだよ?
翆さんの言葉に一応落ち着くことができた俺は体を揺らさ風を感じながら彼女の言葉を肯定した。
「それは・・・まぁ、絶対にないといいね。
まぁ、翆さんが言うんだから間違いはないか。
めっちゃ安心したよ。」
翆さんの予想は俺の知る中で大幅に外れたことはない。
大抵どこか掠ってる。
なら、ここは安心しておこう。
けど・・・俺にはそれに安心しても別のことで安心出来ていない事がある。
「安心したついでに、確信したいことがあるんでひとつ聞いていい?」
「ん?なに?」
昨夜、俺は翆さんに色々質問した。
殆どの疑問はその時、大体片付いたはずだった。
けど曲の練習中、あることが頭を過る。
それは翆さんの特性で、それがある質問の答えの内容と一切、一致しなかった。
翆さんは意地悪な人だ。
聞かない限り答えをくれない。
だから俺は堂々と質問する。
「昨日答えてくれた、ライブをする理由。
先輩のためって言ったよね?」
「うん、そうだね。先輩の背中を押したいからって答えたよ。」
「間違いないのはわかるよ。嘘もついていないのは長年の付き合い出し、疑問にも思わなかった。
でも、全部じゃないでしょ?」
翆さんの目に光が消える。
すべてを飲み込むような黒い目。
その目を見ると、体全体をさらけ出したような寒気に襲われた。
が、しかし、こんな圧をかけられるのは予想通り。
構わず思ったことを正直にぶつける。
「先輩の背中を押したい。いい考えだと思う。
余計なお世話だけどしたいのならすればいい。
実際、翆さんにとっては数日とかからない簡単なことでしょ?」
「・・・。」
肯定も否定もしない。
ただずっと見つめられる。
「そう、簡単なことなんだよ。俺の知る限り、翆さんは洗脳も言動の誘導も弱みを握って脅すことも簡単にしてしまう。
それこそ俺なんて必要ない。ライブなんて必要ないほどに。
なのに俺を巻き込んだ。梨絵さんも愁も巻き込んだ。」
翆さんは無駄なことをしない。
意味のないことをしない。
俺でも気づけた。この程度のことに、翆さんは他人を巻き込まない。
「生憎と、翆さんが人を巻き込んで遊ぶときは一つの行動に10の結果を作る性格だってこの体か理解してるんだよね。
だから昨日帰ったあと自分なりに考えてみた。
どんな理由があるのかなって。
でもその答えは本当に思いつかない。不気味なぐらい全然わからない。」
こんなことは久しぶりだ。
俺が考えに考え抜いても、予想つかないなんてあまり経験がない。
翆さんという人物を完璧ではないけどそれに近いほど知っているのに思いつかないのは実に3年ぶりなのだ。
そんな不確かな状態でい続けるというのは不安が募るというもの。
流石に精神的披露が積もりに積もっていく。
「あぁ、別に答えがほしいわけじゃないよ?」
でもだからとここで答えを求めたらそれはただの怠惰。
それでは何一つ成長しない。
しかし、元々翆さんがいなければ、怠惰を具現化したような人生を送っていた俺のことだ。
少しノズルぐらいが俺にはちょうどよい、今までの苦労と合わせたならまだマイナスな塩梅を取れる。
「できれば欲しいよ?楽だからね。
けどそんな簡単に教えてくれる人じゃないってのは十分理解してる。」
それに彼女は意地悪なんだ。
俺がうぇ〜と唸るような悪戯しかしてこない人なんだ。
そんな人があっさりと求めるものをくれるわけがない。
教えてくれたのならそれは天変地異の前触れか世界崩壊のどちらかけど俺は知っている。
そんな彼女もこれぐらいはいいかと思える一つの妥協点を与えたなら、その固い口を割ってくれる。
「だけど一つだけ、これだけははっきりと答えてほしい。
俺だって人間で、不安は感じたくないし、いつも振り回されてるからたまには驚かせたいからさ・・・。
俺のするべきこと・・・それはなに?」
翆さんを箸で指し示す。
そしたら急に子供のように純粋な眼をひて、政治家なような含みのある雰囲気を醸し出し、俺に言った。
「君は男の先輩、尾崎巧彩とコンタクトをとってもらう。
そして・・・思いを打ち明けられるほど親密になって、関係を進展させてもらう。
君の役目は・・・物事を進展させるトリガーだ。」
あぁ、そうだ。間違っていた。この人は天才なんかじゃない。
ただの馬鹿で我儘でいたずら好きな・・・体だけ大人な子供だ。
そして俺はその子供に振り回される幼馴染。
俺は目の前に広がる大空を見上げ、大きく溜息を付いた。