天峰と翆
「・・・もうお婿に行けない。」
俺はコンクリートで囲まれた部屋のなか、敷かれている絨毯の上で、シクシクとそうつぶやいた。
「安心して、私が養ってあげるから。」
「それは別の意味で安心できない。」
顔はやけにツヤツヤにした翆さんが嬉しそうな表情で言う。
養ってくれるのは大歓迎。
だが、翆さん相手だと身の危険、というより体のいい奴隷にされそうで怖いのだ。
「終わったかな?」
丁度俺への調教が終わったときに、愁と梨衣さんが入ってきた。
コイツラは仲間を助けるっていう気概を持ち合わせてないのかな?
「・・・・事後じゃん。」
愁がはだけた俺の姿を見て、恐ろしいことを言った。
「まだ健全だよっ!童貞だからなっ!」
何をされたかは割愛するけどっ!
まぁ、俺はシャツの肩出しして涙目で髪はボサボサになってるから疑うのもわかるけどなっ!
「女の子の前で堂々とそんなこと言わないで。」
「・・・女の子と思える子が周りにいない。」
翆さんは生粋のヤンデレ。
格闘技術もありそこらの男では勝てない実力の持ち主。
その上、頭もよく、知能戦で俺は一度も彼女に勝てなかった。
女の子と言えるかと問われれば、正直口が開かない。
梨衣さんは関しては、まだ翆さんよりかは女の子しているが、俺に対してやけに喧嘩腰な態度を取る。
昔は飛び蹴り、回し蹴りは日常で、目があった瞬間には馬尾雑言を吐かれる事が普通のこととなっていた。
だから、女の子なんて思えない。手のかかる妹的存在だと認識している。
まぁ、もうまともな女子がいないなんて俺にとっては通常運行。
いつも通り考えないことにした。
「・・・で、今日俺をここにつれてきた本題をそろそろ聞いても?」
はだけた服を直しながら、クテ〜とだらける翆さんに尋ねる。
「あー、そうだった、言ってなかったね。」
ホッチキスでまとめた書類をこっちに投げてきたのでパシっと受け取る。
そして俺は自身の目を疑うことになった。
書類の題名は『ゲリラライブ』と書かれているからだ。
「学校でゲリラライブするよ。」
何かの冗談だろうと、思ったが予想打にしなかった言葉に度肝を抜かれる。
しかし俺は紳士。
焦らず、一度深呼吸をして冷静を保つ。
よし、落ち着いたからまた尋ねよう。
「まず質問1、いつ?」
「来週の水曜、授業終わり次第すぐに。」
「質問2、許可は?」
「生徒会長を脅迫・・・頼んでちゃんともらったよ。」
「脅迫って・・・先生には?」
「貰ってなどいないっ!と言うか部活動だから元々取る必要もないっ!
君は陸上部が走るときに、一々先生の許可を取るというのかねっ!」
欲求が解消されたからか彼女のテンションは高い。
鬱陶しい限りだが、いちいち気にするだけ体力を奪われる。
こんなのは無視するが一番。
・・・ん、部活?聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするな。
何かの間違いだろうか。
「部活ってどういう事?」
「部員数ゼロのバンド部あったから四人の届け出しといた。」
その場で頭を抱える。
この人の勝手さはわかっていたがまさかここまでとは。
が、しかしほか二人は苦笑するだけで文句はない様子。
ツッコむだけ調子に乗るので何も言わないことにしよう。
「・・・質問3、授業が終わってからのライブで迷惑を被る人は?」
「どこも5時限で終わり。職員会議もなし。
困るのは統率が取れてないと世間帯を気にする教師共。」
彼女のすごいところは、勝手なことするのに誰も困らないように動けるところだろう。
実質の被害は俺だけなのが証拠だ。
いや、実際はかかっているんだろうが、取り返しがつくようチャンスを作り、許してもらえるよう恩を売っているから誰も何も言えない方が大きい。
まぁ、どちらにしろこの人に付け入るスキを与えてはいけないのだ。
「質問4、場所は?」
「体育館。先輩方には噂を広めてるから人来るよ〜♪
あ、因みに体育館を使う部活の子たちには休んでもらってますっ!」
「質問5、この準備はいつから?」
「受験合格決定直後から。
だから入学初日で私の準備は整った。」
俺は書類をパラパラと捲りながら聞く。
その書類には10曲ほどの楽譜が書いてあった。
「最後の質問、俺の担当であるエレキギターの練習時間は?」
「十日ぐらいだね。」
「・・・。」
俺は翆さんの言葉に目眩をおこし、その場で仰向けに倒れた。
絨毯のポフっという音が心地よい。
俺たちは高校生の身ではあるがバンドを組んでいる。
時期は小学生からで、発案者は当然、翆さんだった。
俺自身、小4まで音楽知識などピアノを齧った程度なので才能はなかった。
音楽を作れるほどの気力も技術も存在はしなかった
しかし、夏休み、彼女により俺はギターの知識を自称ではあるがプロ並みには手に入れることに成功する。
・・・地獄だった。
毎日5時間睡眠。
起きる時間も寝る時間も食事風呂も休憩も全てが決められた。
日が昇り始めれば、絶対音感をつける特訓をしながらあらゆる名曲を弾けるようにとギターを弾き始める。
飯を食ってもギター。
炎天下の中でもギター。
ゲームの一切を禁止してギター。
アニメの一切を禁止してギター。
寝ても睡眠学習とばかりに一日一日の出来事が頭から離れない。
そのせいで熱も出たし、頭痛で苦しんだし、血反吐も吐いたし、指の革は剥けに剥けたし、発狂もした。
逃げようとなんて幾億と思い実行に移す。
しかし物理的にも精神的にも弱い俺は、強者の彼女に勝てるわけもない。
・・・地獄を生き抜くことしか許されなかった。
そのお陰で技術を手に入れることになる。
小5において、バンド名『ミチカゲ』のギター担当となった。
そんな現実を生き抜いた俺だから彼女の無茶振りには少なからず耐性はある。
中1からの高校、大学の受験勉強。
毎朝2時間のジョギングに前に話した通りの毎週100キロのロードバイクによる走行。
俺は苦しみながらも達成してきた。
しかし・・・これに関しては・・・
「言うのが遅いわっ!」
声を大にして言わなければならない。
流石に10曲全てを梨衣さんのピアノに合わせ、愁のドラムを支え、支えられ、翆さんのボーカルを引き立たせるようにするのは練習する日にちが圧倒的に足りないのだ。
それどころか、10曲の楽譜には俺が歌う歌詞もある。
地獄を味わった俺は躊躇なく言う。
「音楽舐めんなっ!」
一日一曲を完璧に。
それができるほど音楽というのは簡単じゃない。
流石に無理難題すぎる。
「舐めてないわよ。本当は先週教えるつもりだったのに、来なかったじゃない。
ちゃんと私は言ったわよ?来ないと後悔することになるぞって。」
ヘラヘラ笑いながら返事をする翆さん。
さすがの俺も反論する。が、もうその気力も残されていなかった。
「用事があるって言ったでしょ・・・。」
「私も前から言ってたでしょ?知ったこっちゃないって。
重要な時にいなかった運の悪い自分を恨みなさい。」
理不尽すぎる言い分に怒りを通り越す。
久しぶりに呆れたぜ。
「こんな困難でキレてたら社会で生きていけれんよ?
それに今、前の自分より進化すれば大丈夫っ♪何も問題はない!」
ヘラヘラ笑いながら彼女はそう告げる。
普通の人なら怒鳴り散らすところだろう。
怒らなければならないことだろう。
しかし俺は彼女を怒れない。
「・・・。」
恋人だからってのもあるけど、俺は彼女が誰よりも努力しているのを知っているのだ。
生まれてから一秒も無駄にせず努力してきたのを知っている。
彼女と出会って、彼女と過ごして・・・俺はそれを見てしまった。
俺が血反吐を履いて立ち止まっている中、彼女はそれを履きながら進んでいるのだ。
恐らく、この10曲すべてを作ったのは翆さん。
一日とも休まずに作り、改良し、全力出し切ったのだって見ればわかる。
だって俺に渡した資料の楽譜には修正痕がのこされているのだから。
ほか二人は資料を表情の変化なしに見ている。
おそらくわざと俺にだけわさと努力痕を消していない資料を渡したのだろう。
隠してくれたのなら怒れたけど、隠してくれなかったから怒れない。
頑張った彼女を責めれない。
非常にやりにくい相手なので、本当に苦手だ。
そんなんだから俺は観念するしてやりとげるしかない。
こうとなればグチグチ文句をいうより、成功させると努力したほうが何倍も楽なのだ。
「・・・ハァ~・・・。今日は9時解散!異論は認めんぞ!」
「「「オッケー。」」」
ほか二人も俺の練習に付き合ってくれるらしい。
同情してくれるだけでも俺は嬉しいよ。
俺はバッ!と立ち上がり、部屋の後方においてあったギターを握った。
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「流石は天峰くん、もう5曲も弾けるようになった。」
翆さんがタオルで自分の汗を吹きながらこちらに来た。
俺は自分のギターの手入れをしながら相手をする。
「何言ってんのさ、曲としては俺のせいでクオリティが低レベルだったでしょうが。
そりゃあ楽譜見ながらなら大抵は出来るよ、これでも翆さんが直々に鍛え上げられたしね。でもこれはライブ用の音楽。
楽譜あったらカッコがつかないでしょう?だからまだまだ練習は倍!必要なんです!倍だよ倍!今週は徹夜続きだこんちくしょう!」
「私の洗脳教育は正しかったらしいね。お母様、安心してください。
あなたの息子は逞しく育ちましたよ。」
「不謹慎過ぎる!?まだ俺の母さん生きとるわっ!」
俺の妥協しない姿に満足とばかりに頷く翆さん。
確かに俺がここまでの実力をつけられたのは彼女のおかげだ。
そこに嘘はない。
だけど・・・正しいわけがないっ!正しくあっていいはずがない!
俺の苦しみは倍にして返してやりたいほどある。
普段温厚な俺が怒りたくなるんだ。
正しいわけがない。
まぁ、これらを言ったらまた上下関係叩き込まれるから言わないけどさ。
「・・・はぁ、言っとくけど俺以外には絶対しちゃ駄目だかんね。」
「んなの分かってるって、天峰君にしかしないよ〜。」
笑いながら肯定される。
・・・こう言う言い方の時は、十中八九守られない。
そして、こうして嘘をつく時点でいくら説得しても守ろうとするつもりがないのもわかってしまった。
「・・・もしやるなら事前に俺に知らせること!
後から知って面倒に巻き込まれるのはもう御免だから。」
死者が出るかもしれないからこれ一番重要。
・・・死者が出るかもしれないからっ!
「了解、伝えることにする。」
「絶対だからね・・・はぁ、もう帰る。」
時刻は9時半をちょっと越したぐらい。
夕食を食べてないからさっさと帰ってご飯食べたい。胃袋が飯!飯!と音を奏でている。
ペンやら書類やらを学校に持っていく用のバックに入れる。
「え〜、もう帰るの?」
翆さんは不満有げに嫌がる。
「梨衣さんも愁も帰ったし、それにここは楓さん家。
何時までも居るわけにはいかないでしょ?」
俺たちがいつも練習場所にしているのは、楓さんという女性の実家の地下である。
その地下は楓さんのご両親に翆さんが小学生のみでありながら交渉し手に入れた防音部屋となっている。
もうこの時点で俺なんかより音楽に対する熱意が違う。
「ま、それもそっか。じゃ、私も帰ろっかな。」
翆さんはもう帰る準備万端らしく、バックを持って俺の背後に回る。
部屋を出るときも、帰路を辿るときも、なぜか俺の帰り道についてくる。
さてはと思い尋ねてみる。
「・・・晩御飯食べに来る気だな?」
「お、正解!久しぶりに天峰君のご飯食べたい♪」
「・・・はぁ、伯母さん今日仕事で良かった。」
多分ご飯は建前だろう。
俺の居候先と私生活の監視に来たいのだと思う。
まぁ、いつものことなのでもう何も思うまい。
俺は伯母さんの家であるマンションに入り、エレベータに乗る。
彼女がいつまでもニコニコ顔なのが気になるが無視するのが一番だ。
俺は玄関前につき、鍵を取り出す。
バシっ!
シュッ!
ガチャ!
そしたら翆さんは残像を出せるぐらいの勢いで鍵を奪い取り、クッションみたいな小さな箱で型を取る。
合鍵作りたいんだなとすぐに分かった。
止めれない俺は情けないの一言に尽きる。
まぁ、悪用しないのわかってるからいいんだけどさ。
彼女は型を取れば、俺に返すことはせず自分で開けた。
「・・・。」
「うわっ!?」
俺より先に中に入る翆さん。
呆れると同時に腕を引っ張られる。
ガチャん・・・。
家の中は真っ暗だった。
伯母さんがいないからだ。
そう家には恋人同士の二人だけ。
ならすることは一つ。
俺達は互いに抱き締め合った。
・・・翆さんは俺より身長が高いせいで、俺を抱き止める姿勢だけど。
体全体に彼女の柔らかが感じられる。
匂いは甘く優しく花のようなアロマのような香り。
それに加えて、慣れたせいなのか、元々そうゆう匂いなのか、いつでも嗅いでいたく感じる汗の香り。
・・・久しぶりの暖かさに思考力を奪われた。
「・・・。」
「・・・。」
お互い何も言わず、互いの温もりを感じ合う。
5分ぐらいそうしていると、俺も慣れ始めて、羞恥心が限界を越えた。
「・・・そろそろ晩御飯作るから離して。」
「・・・あと十秒だけ。」
ほんとうに10秒、ぎゅっと今度は強く抱きしめられた。
恥ずかしいけど、何時までも感じていたいと思うから彼女のおねだりは許してしまう。
俺は洗脳されているらしい。
この温もりには抗えなくなっていた。
お互いなんとも言えない気持ちに包まれながらも、離れないと意思表示しているかの如く恋人繋ぎをし、部屋の方へと進む。
電気をつければ、お互いの赤く染まった頬は光のもとに晒された。
「・・・晩ごはん何がいい?」
「・・・今日のおすすめは?」
「生姜焼き。」
「じゃあ、それでお願い。」
バックを居間に置き、俺達は台所へと移動した。
一緒に手を洗い、一緒に料理を作る。
身を寄せ合って共同作業、ちょっとドキッとしたり、悪戯したり、お皿洗ったり。
それはもう新婚夫婦のようだった。
俺たちは気づいてないけどね。
ご飯も食べさあったりしながら夕食を済ませ、ソファーを背に身を寄せ合う。
俺はこの落ち着いて、甘く、幸せに包まれる時間が何よりも好きだ。
これがなかったら多分俺は今の俺じゃなかったと思う。
「・・・今思えば、今日は高校生になって初めての甘い時間だ。」
ポツリと溢れてしまう。
翆さんが驚いたように目をまん丸にして、嬉しそうに頬を緩めた。
今度は主導権を握り、母親が子供を愛でるかのように抱きついてきた。
「な〜に〜?もっと感じたいの〜?」
猫なで声で問われる。
俺は首を縦に振った。
そしたら翆さんは後ろから抱きついてきた。
彼女の指が、俺の指の間へと絡められる。
これで俺は捕らわれた。
足も彼女の足により、捕縛されもう逃げられなくなった。
背中に伝わる女性特有の柔らかさに思考が混乱する。
その上・・・
「流石は天峰君だ。・・・私を欲情させるのはもう一人前ね♡」
耳元で囁かれるせいで全身が痺れる。
弄られているかのような感覚に陥る。
正確な判断はもうこの時点で不可能になっていた。
気持ち悪くない。心地良い。もっと、もっと・・・感じていたい。
レロ♡
「ミャァァァァァァッっ///!??!?!!?!」
「こ〜ら、騒がないの♡」
全身を震わしたのがバレると、彼女は耳を舐めてくる。
いきなりの刺激に叫ぶが彼女の指2本で塞がれた。
俺は耳が性感帯であるため、攻められると弱い。
もうなされるがまま、体の自由は彼女の手の内になった。
しかし男のプライドがそれを許さない。
少しでも自分を守ろうとする。
しかしそれ彼女の想定内。
「抗いたかったら・・・私の指を味わいなさい。」
働かない頭は言われたことが逃げ道だと思い込み、言われたとおり体に指示を出す。
チュル・・・チュパチュパ・・・チュルン・・・
味はない。けどどことなく甘く感じる。
歯は立てない。
だって立ててしまうともう味わえなくなるから。
耳元から聞こえるなめられる音の中にハァ♡ハァ♡と息遣いが聞こえた。
喜んでくれてる。
そう思った調教完了の俺は嬉しくなり、もっともっと感じたい!感じてもらいたい!と優しくマッサージするかのように舐める。
「もう・・・駄目・・・我慢・・・出来ないっ!」
翆さんが舐める速度、勢いが激しくする。
ジュルジュル♡ジュチュチュチュ♡♡レロレロレロ♡♡♡
津波なように押し寄せてくる快楽。
耳から全身へと流れていくゾクゾクとした痺れ。
調教されているからか、その全てが全部幸福に変換される。
このまま流されては駄目だと無意識の内に手を握る力だけは強くなっていた。
「・・・ふふふ、トロンとしてるよ♪」
ビクンッ///ビクンッ///と体を震わすと顔を覗かれる。
表情筋が働かないのは分かっていたから顔がだらしない事になっているのは予想ができる。
恥ずかしい、けど今は少しでも意識を取り戻そうと必死だった。
「今日はこれぐらいにしといてあげる♪
今度欲求不満のときに誘ってきたら、これだけじゃ済まないから覚悟しといてね♪」
コクリコクリとうなずくので精一杯だった。
フニャフニャと体から力が抜ける。
彼女が抱き止める。
もう俺の主導権は俺の手元には存在しないと理解した。
少しは俺も・・・攻めてみたいな。
そんな願望は口にはできなかった。
雑談中・・・
「・・・一つ、聞いてもいい?」
「ん?なに?」
俺は体に力が戻ると、彼女に尋ねた。
「ゲリラライブ・・・計画した理由は誰かを思ってのことだよね?」
彼女は俺の頭に顎を乗せる。
後ろから抱きついてるため、一番楽な姿勢なのだろう。
「・・・なんでいきなり?」
少しトーンが低くなった。
俺は知っている。彼女は意味がないことはしない。
というより、彼女のすること全ては意味がある、価値がある。意味を作り、価値を見出してしまう。
だから聞きたい。なんでするのかを。
「歌詞見たとき・・・全部不安な未来を歌う応援歌だった。
いつもならそんな偏った内容にしないでしょ?
普通ならちょうどいい塩梅を取るようにするはず。違った?」
彼女は頭上で笑う。
少し抱きしめる力が強まったのを感じた。
「やっぱり君には隠し事できないな〜。
そうだよ。ライブは知り合いの3年生のため。
その先輩の恋人が海外に行くらしくてね。
私は彼女の背中を押したい。」
彼女は優しい。それは当たり前のこと。
けど誰にでも優しいわけじゃない。認めた人間にしか優しくしない。
どんな物事も誰かのためと思える人ではあるが、優先するのは自分の気にいった人間だけ。
そんな才色兼備の彼女が認める人なんだ。素晴らしい人なのだろう。
「色々あるからさ、先輩はついていくかどうか迷っているんだ。
家族、友達、お金、どれもが全部先輩の行く手を阻んでる。」
俺は彼女が好きだ。
ありえないほど真っ直ぐで、自分を曲げない強さを持って、誰よりも優しくて、暖かくて、面白くて、飽きなくて、人のために泣けて、笑えて・・・とても格好いい女の子。
「どんな決断でもいい。
思いを伝えるのもよし。諦めるも、無理にでもついていくも先輩の自由。
どちらにしろ、結局後悔は襲ってくる。」
呆れるほど天才なのに、大馬鹿なほど素直。
そんな人とともに生きた男が、惹かれない訳がない。
「だからこそ先輩の背中を押したいって思った。
結局後悔するのなら、立ち止まらないようにってね。」
最初は怖かったし不気味だった。
ずかずかと関わってくる割には、ちゃんと気も使ってくる。
鬼みたいに強いのに、天使のように優しく溶かしてくる。
充分なほど子供なくせして、大人みたいな言動。
やることなすこと全て正当化できるその実力。
そんな彼女を見る目が変わったのはいつだっけ?
告白されたときからだったっけ?
「・・・私は先輩のために歌いたい。手伝ってくれる?」
・・・そうだそうだ。告白されたときの俺はこの目にやられたんだ。
この消えない炎を灯したような、真っ直ぐな揺るぎない瞳に魅了されたんだ。
そのときに、彼女のために生きようって誓った。
「聞かなくてもわかるでしょ?・・・どこまでも支えるよ。俺はもう貴女の物なんだから。」
重いかもしれない。
鬱陶しいかもしれない。
それでも俺は・・・翆さんが大好きです。