彼女
ペシ・・・ペシ・・・
「んん・・・?」
自分の頬が誰かに叩かれる感触がする。
意識が覚醒し、寝ていたのかと自覚した。
起きなきゃ・・・
重い瞼を上に上げると白い光が視界を曇らせる。
「うっ・・・」
眩さに唸り声を上げると・・・
「あ?起きた?」
透き通る声が耳を包んだ。
目を凝らす。
だんだん視界が戻っていき、そこに写ったのは・・・
翆さんだった。
(なぜ彼女がいる?)
そう疑問が浮かぶが、そんなことはすぐに気にする必要もなくなった。
おぼろげだった記憶が戻ったからだ。
俺は・・・誘拐された。
思い出せる記憶を整理すれば普通にその答えに行き着く。
犯人は・・・恐らく、と言うより絶対この人だろう。
取り敢えず拳骨でも落としてやろうかと思い、腕を動かすが、チャリっと音が響くだけで、腕は後ろから動かなかった。
足も同様。
椅子に座っている形で足と手は後ろに回され、鎖で縛られていた。
「・・・。」
とりあえず現状を把握しよう。
まずは今いる場所の確認だ。
周りはコンクリートの壁。
出口は前の方にある、木の扉。
次に俺の状態の確認だ。
目立った外傷はない。
しかし手足は縛られ動かせない。
敵は・・・
「・・・オウマイゴットっ。」
なんかヤバげ道具をいじくり回している翆さん。
身の危険を感じる。何度も体をよじり逃げ出そうとするが縛られてて動かない。
その上、翆さんがまるで子猫を止めるかの如く、おでこに手を付けニッコリと微笑んだ。
彼女の笑顔が俺の体を震わせる。
これでもう俺が抵抗できる可能性はなくなった。
「気分はどう?飲み物いる?」
彼女は何事もないかのように話しかけてくる。
「・・・オレンジジュースある?」
「あるよ。」
気軽に話しかけてくれるならこっちも気軽に話そう。
重苦しいのは俺も嫌いだ。
翆さんがオレンジシュースの入ったペットボトルのキャップを開ける。
そして俺の前まで来て・・・
「欲しい?」
小悪魔のような笑みを浮かべて、俺の目の前にそれを揺らした。
その仕草、小悪魔のような笑み。
・・・こいつ、ただで渡す気はないようだ。
「なにか言うことあるんじゃない?」
「・・・性格悪くない?」
「欲しくないの?」
俺は知っている。
こんな笑みの時、翆さんはただほしいと懇願するだけでは目的のものを与えてはくれないことを。
自虐でいい、褒めちぎるでもいい。
取り敢えず翆さんを満足させなければならない。
俺は震えながら・・・
「お、お・・・お願いします。
ただ頭を垂れて懇願するしか脳のない、この無様を追求した愚かな私に・・・・・・お恵みください。」
そう屈辱にまみれた言葉を口にした。
翆さんは満足したような笑みを浮かべて・・・
「宜しい。」
俺の前でグビグビと飲まれる。
「あ、」
くれないんかいっ!!
そう心の中でツッコんだ。ん?直接言えよって?無理だ、八つ裂きにされる未来しか見えない。
はぁ〜、とため息が口から溢れる。
「んっふふっ♪」
楽しそうな声が聞こえた。
頬に触れられる。
何かと思い、顔を上げると・・・
「んっ♡」
「んん〜っ!???!?!!」
目の前に翆さんの顔が来た。
唇が塞がれる。
彼女の口内にある液体が流し込まれた。
そう・・・これは・・・口移しである。
「んんンンンっ!?!!!」
「プハッ・・・こ〜ら、暴れないの♡んっ。」
「ンん!ンンんっ!ンンン・・・・・・・・っ。」
またオレンジ味の水を流し込まれる。
抵抗しようと口を閉じるが、それは巧みな舌使いによりこじ開けられた。
口内が侵される。
舌により敏感なところを念入りに刺激される。
快感が全身に広がる。
抵抗する力を脱力させる。
30秒も経てば抵抗する意思を奪っていった。
計5分。快楽が、海のように深くときに滑らかにときに激しく見を襲うようになった。
「・・・プハッ・・・いい顔になった♪」
虚ろになる視界に頬を赤く染め、いやらしい笑みを浮かべた彼女が映る。
彼女の両手が、俺の肩に置かれる。
(・・・犯される。)
そう確信した瞬間・・・
ガチャ・・・
「・・・あ、やっぱり捕まってる。」
「ちょっと翆ちゃんっ!?何してるの///!?」
部屋に同じ学校の制服の男と女が入ってきた。
女は俺たちを見て取り乱し、翆さんを取り押さえる。
「あぁ〜!ここでお預けぇ〜!?一週間も我慢したのにぃ〜〜っ!!」
翆さんは羽交い締めされても、まだしたりないのか不満があるらしく抵抗する。
が、女の方も負けてない。
翆さんは数分抵抗して、彼女が離れないことがわかり、ようやく俺を襲うのを諦めた。
「もう・・・いいところだったのに・・・。」
目に見えて落ち込み始める。
しかし女も負けていない。
「いつも言ってるよね?こういうことは成人になってからにしなさいっ!」
翆さんを正座させ、まともな反論もない説教をしてくれる。
そうだ、もっとしろ、と言いたかったが未だに体に残る余韻により、俺は言葉を発せないでいた。
「梨衣はいつも厳しい。」
「翆ちゃんが節度をわきまえないのっ///!」
ミディアムなヘアーの可愛らしい同級生、小林梨衣。
それが翆さんを叱ってくれる、唯一の女性だった。
男の方は俺の手足を縛る鎖を外す。
慣れた手付きで滅茶苦茶に縛られていた足は開放された。
「ハッハッハ、相変わらず振り回されてますね。」
まるでこうなるのが分かっていたかのような口ぶり。
俺は自由になった右手で垂れたよだれを拭く。
「中学は違うところに行ったのに、何も変わらなかったってのは予想通りでした。」
からかうような表情をしたので俺は言ってやった。
震える口で言ってやった。
「そう分かってるならもう少し早めに来てくれても良くなかった?愁。」
翆さんは勿論、梨衣さんも同じく、昔からの馴染みである石塚愁は無理無理と爆笑した。
その笑顔は見慣れたもので、後で飛び蹴りしてやると密かに俺に決意させることとなった。
少年少女休憩中・・・
「全く・・・まさか物理で気絶させられるとは思わなかった。」
俺は首をゴキゴキと音を鳴らし、正座する翆さんに圧をかける。
「後悔はしていない。少し欲求は解消された。」
キリッと整った顔立ちで言うから腹が立つ。
美女というのはこれだから厄介だ。言う事、なす事全て正しいと思わせてしまう。
しかし俺は負けじと怒る。
「馬鹿野郎っ!物理はだめなんだよ物理はっ!
やるなら睡眠薬とか薬使えって毎度言ってるでしょうが!」
「「いや、それも駄目ですよっ(でしょ)!」」
ほか二人がおかしいだろと言うが、小学生のときから誘拐、監禁、誘惑の3段階を何度も喰らって耐えてきた俺にとっては普通のことだったため基準が違う。
ある意味、取り乱さなかったのもこれのおかげと言えるだろう。
「ふんっ!今回に関しては絶対そんな命令絶対聞かないわよ!
悪いのは先週会いに来てくれなかった天峰君なんだし!」
「ちゃんと連絡したでしょうが、これから3年間お世話になる叔母の家の世話をしなくちゃいけないって。」
俺の実家は電車で1時間半かかる場所にある。
朝起きるのが苦手な俺は、どうにか学校の近くに住めないかと学校付近に住む警察叔母に頼むことにした。
叔母はいつも仕事で家を開けてるらしく、住んでもいいと快く許可を出してくれた。
住居を手に入れたことでこれからは実質一人暮らしっ!と調子に乗る。
そう浮かれながら挨拶に行くと・・・俺は唖然とした。
おばの家はゴミ屋敷だったのだ。
ゴキブリがいる袋や服の散らばった空き部屋。
散乱した缶や瓶や弁当のカス。
俺が3日もかけて掃除するはめになったのは非常に理不尽な話だった。
俺はその話をすると、翆さんは不満有りげに・・・
「知ったこっちゃない。」
俺の努力を否定してくる。
俺はムカついて、こめかみに怒りマークを浮かべ怒鳴ることにした。
この際だから俺は不満を口にしてやろう。
「・・・・もうこの際だから言うけどさ・・・。」
部屋の端でお菓子を食いながら眺めてくる二人はもういないことにして、俺は息を大きく吸い込み・・・
「中学のときっ!50キロある道のりをっ!毎週毎週っ!ロードバイクで走らせるとか・・・恋人のさせることじゃないからなっ!
今週の掃除だってそうだっ!労ってよ!彼女なら彼氏を労ってやれよ!剥げるぞ!終いには剥げてやるぞっ!」
指さして最大声量で言ってやった。
俺と翆さんはもうおわかりの通り、一応恋人同士である。
小学生の頃、俺は彼女と出会い、襲われ恋人同士となった。
何を言ってるのかわからないって?
安心して。俺もなぜ襲われたのに避けもせず恋人になったのかは不明だから。
そんな複雑な心境のまま、俺は愛され、束縛され、彼女だけを愛するように洗脳されていき今に至る。
誠に意味不明だがこれは事実。
俺は彼女にふりまわされているのだ。
そんな翆さんは俺の指した指を眺めて・・・
「はむ♪」
咥えられた。
ほら、意味がわからない、この人は理解しようとするだけ無駄な人なんだ。
「・・・。」
翆さんの舌が指を舐め回す。
こしょぶったいけど、なんか気持ち良い。
「って、舐めるなっ!」
「わっ。」
引き抜くと同時にチュポンッといい音がなる。
翆さんは何事もなかったかのように話を進める。
「電車でもいいって私言わなかったっけ?」
「あのね、毎週電車で通うとなると金がバカにならないの。
父さんの金をそんな勝手に使えるほど、家庭内では俺は偉くはないし、勝手に使えるほど偉くはないんだよ。
てか、元々俺が貧乏性だとわかってそういったんでしょうが、この策士め!」
中学の時、家の都合上隣町まで俺は引っ越すことになった。
恋人である翆さんはそれに大反対。
俺も嫌ではあったが、家庭の事情。
流石に変えられない。
そう・・・諦めようとした。
したらなんと俺に一週間に一度会いに来いと命令してきたのだ。
俺は律儀に3年間、用事がない日は毎日片道50キロをロードバイクで走る。
最初は地獄だった。
3日目で体が動かないほどの筋肉痛になる。
もう無理だと思い、次の休み、翆さんに断りを入れずにずる休み・・・そしたらなんと目を覚ますと知らぬ場所。
監禁されたとわかったのは、半日経っても誰も助けに来ない状況に不安に陥って、涙で顔をぐちゃぐちゃにした時だった。
トイレが我慢できず漏らしたのは言うまでもない。
暗い工場のような建物の中、隙間風の音や金属の擦れる音で恐怖心が煽られていく。
下から漂うアンモニア臭にに羞恥心は限界を超えていた。
心身ともにやられた瞬間、犯人である翆さんはまるで助けに来たヒーローのように登場。
良かった、無事だっ!と探してた感を出し、拘束をとき抱きしめられる。
怖くて仕方なかった俺は、翆さんが犯人とは一切思わず、救世主かのように思ってしまった。
それが翆さんの狙いとも知らずに。
数カ月間俺は、翆さんの思惑通り彼女を愛しまくった。
それはもう自分の全力を出して。
爪の先から髪の毛一本一本まで。
ん?それがいつ策略かと分かったのか?だって?
それは中学の同級生に、おかしくない?と言われたときである。
疑問に思った俺は記憶を思い出す。
気絶させられたときの、視界に映る人物。
監禁から帰ってきたときの家族のいつもの表情。
そこでとんでもないヤンデレに愛されたのを理解した。
「まぁね、でも結果オーライじゃん。
そのおかげで少しは体力ついたんだし。」
そのヤンデレは屈託ない笑顔を向けてくる。
「・・・肉体的に強くはなったよ。腹筋も割れたしね。
でもさ、流石に今回みたいに技を使われるとどうしようもないのはそっちが一番よくわかってるでしょうが。」
・・・その笑顔見れば全部許せてしまう俺も相当のお人好しだな。
俺が彼女の無茶振りを許してしまう理由はここにある。
俺はいくら説教しても嬉しそうにニコニコする彼女を見て、疲れたようにため息を一つこぼした。
「・・・はぁ、これからはできる限り少なくしてよ、本気で。わかった?」
「わかった!する(かもしれないししないかもしれない)!」
「・・・なんか不安が残ったけどいいや・・・で、俺に命令するんじゃなく気絶させて連行した意味は?」
「あ、それは私が欲求不満だったから。」
「直接的っ!ド直球でビックリしたっ!」
俺はあんたの性欲解消道具かっ!
そうツッコんでも彼女は眉一つ動かさない。
平然と・・・
「私を欲情させるから悪い。」
責任転嫁してきやがった。
ん?まった?欲情させる?
特に彼女の性を刺激する言動をした覚えがない。
「え?なんかしたっけ?」
「学校で俺の彼女のほうが可愛いとか言ってくれたじゃん。」
「いや、あれは猫かぶってるときより素のほうが可愛いって褒めただけで・・・。」
「うん、もうそれだけで濡れた。」
「ねぇ!おかしいよっ!??この人何があったのっ!?」
もう変態の領域にたどり着いてないっ!?
一週間前までは少しは変態だったけどここまでじゃなかったよっ!
ジリジリと躙りよってくる彼女の額を抑える。
そして俺は後ろで談笑する二人の方を向く。
二人俺の顔を真顔で見つめこう言った。
「天峰くん、君が一日でも会ってあげなかったからですよ。
毎日うなりなから「天峰君天峰君天峰君天峰君天峰君。」とか呟く翆さんのことを考えてあげてください。」
「中毒者かな?」
「うん。」
「否定してっ!俺怖くて眠れなくなっちゃうっ!?」
翆さんのハァ、ハァという息遣いがとても怖い。
というか俺が死んだら確実にこの人おかしくなるな。
「梨衣さんっ!あんたこんなときのためのストッバーでしょっ!何してたのっ!」
「無理言わないでっ!?私でも不可能なことはあるからっ!
そんな獣の目をした翆ちゃんに近づきたくないっ!」
俺は直に触れてるけどね!
と言いたかったが、もともとこの人の行動は俺たちでは予想はできない。
逃げても仕方のないこと。
けど俺にだって不満はある。
「小学校のときは俺と翆さんの奪い合いまでしたのに。
あのときのヤンデレは一体どこに行ったのやら。」
この人昔は翆さん大好きっ子だったのに落ち着きすぎだ。
梨衣さんも自覚があるのか、顔を真っ赤にしながら反論した。
「そ、それは言わない約束でしょうっ!
結局あなたが最終的には勝ったんだから私の愛はもうないのっ!」
今でも翆さん大好きなのはみんな知ってるよ。
俺と愁は微笑ましく思った。
「あなた達、その顔止めなさい。引っ張たくわよ?」
おぉっと、怖い怖い。
俺たちは視線ずらす。
しかし未だ消えぬこの笑み。
梨衣さんは・・・イラッとこめかみに怒りマークを浮かべ・・・
「翆ちゃん、やれ。」
「ガッテンっ!」
「え?うわっ!?」
俺に襲いかかり、馬乗りになる翆さん。
唇をなめるその姿はサキュバスそのもの。
そして彼女の目は俺だけを捉えていた。
本気と書いてマジと読む字が黒目に見えたのは幻覚ではないはずだ。
俺はこの目のときの意味を知っている。
「本気で襲う。」・・・もう俺は逃げられない。
「・・・何時間コース?」
俺は抑えられる手足から抵抗する力を抜きながら聞く。
こういう場合、少しでも手加減されるのを望むほうが一番安全であることを知っているから。
「大丈夫、2時間はかからないから♡」
寝っ転がっている状態で手を、置いてあった椅子の足に縄で縛り付けられる。
あ、これガチの方だ、と気づいたときには遅かった。
「じゃ、私達は外出とくから。翆ちゃん、あまり羽目を外しすぎないように。」
二人はそそくさと部屋から出ていく。
彼女は許可が出ると、発情期の犬のような息遣いをし・・・
「頂きま〜す♪」
俺に顔を近づけてくる。
助けてと出ていこうとする愁に視線を送るが、彼は・・・
「・・・。」
無言で終始真顔。
ドアのキィとなる音がやけに耳に張り付いた。