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裏の話2


 初めてあの人に料理を渡したあの日から、しばらくの時間が経った。

 あれから私は毎日あの人に料理を持って行っている。


『ありがとう、今日も美味しかったよ』


 いつも器を返す時にあの人が言ってくれる、そんな言葉。

 それが何よりも嬉しかった。


 あまり喋らないあの人が、優しい顔で笑いながら言ってくれるからなおさらだ。

 嘘でもなんでもなく、本当に美味しいと思ってくれていることがわかる。


『おそまつさまでした』


 そう言うのが、最近の一番の楽しみになった。



 ◆




『ここに引っ越して来てよかった』


 最近、両親へのメールにそう書いた。

 こちらに引っ越してきてから、初めて書いたメールになる。


 両親からのメールは何通も届いていたけれど、返事を打つ指が動かなかった。

 返事を書けるような精神状況ではなかったからだと思う。


 あの人と会って、ようやく心に余裕が出来た。

 周囲を見ることが出来るようになった。


 もしかしたら、料理もそうだけど、あの人の態度も良かったのかもしれない。

 こちらを気遣ってくれながらも、あの人は私を普通の人間として扱ってくれたからだ。


 旅館ではそうも行かなかった。

 なにせ、あそこで勤めているのは皆顔見知りだ。


 物心着いた頃から知っている人ばかりで、家族同然の人たち。

 当然、私の事情も知っていて、私は完全に腫れ物状態だった。


 優しくしてくれたし、励ましてもくれた。

 でも、それは私のことを可哀想だと思っているからで、それが私に失ったものを突きつけているように感じていた。


 もちろん、旅館の人たちが悪いと思っているわけじゃない。

 旅館の人たちが私の力になってくれようとしていたのは知っている。


 でも、あの人は私を可哀想な子だと言わないから。

 それがとても居心地が良かった。



 ◆



 そんな日々が続いたある日。

 あの人が病気になってしまったことに気付いた。


 今日の昼前、たまたま外に出たときだ。

 ふらついているあの人がいた。


 見つけたのがちょうど部屋の扉を開けて入ったところ。

 近づいてみると、よほど体調が悪いのか、部屋の扉が半開きになったままだった。


 それで、つい中に入ってしまった。

 勝手に入ったらまずいかなあ、と思ったけれど、どうしても気になったから。


 おそるおそる部屋の中に入る。 

 すると、あの人は布団もかけずにベッドに倒れこんでいて――


『……中に入ってよかった』


 心からそう思った。

 

 



 彼の重い体を無理やり動かし、ちゃんとベッドに寝かせる。

 そして水で湿らせたタオルを額に置いた。


『……あとは、お粥かな』


 風邪と言えばお粥だ。


 最近はゼリー飲料だとか、スポーツドリンクだとか、経口補水液だとか色々あるらしいけれど、私はこれしか知らないのでお粥を作る。


『えっと、調理器具は……』


 ……あれ、見当たらない。

 キッチンは空っぽで、食器棚にはコップと箸しか置かれていなかった。


『……?

 これ、どうやってお米を炊いてるんだろう』


 おかずは私が渡しているとはいえ、ご飯は渡していない。

 それなのに炊飯器どころか鍋すらなかった。


 どこかに保管しているのかと、キッチン周りの収納を開ける。


『……』


 すると、電子レンジの下の収納にレトルトご飯が置かれていた。

 それも大量に。十個単位で置かれている。


『……』


 いや、まあ、レトルトご飯を否定するつもりはない。


 これはこれで便利なものなのだろう。

 忙しい忙しいと言われる現代人だ。こういうのが必要なのはわかる。

 

 ……でも、あの人これで私の作った料理を食べてたのかー。


 なんだろう。この釈然としない気持ちは。

 

『とりあえず、次からはご飯も渡すかな……』


 そう決めた。



 ◆



 そして、そんな予想外の事実の発覚にショックを受けつつも、自分の部屋から調理器具を持ってきてお粥を作り始める。


 作るのは一般的な梅の入ったお粥。

 彼の様子を確認しながら、作っていった。


『これ、は』

『あ、起きたんですか?』


 しばらくして、彼が起きる。

 混乱している彼に声をかけた。


『もうすぐお粥も出来ますから。それまで寝ていてください』

『……ありがとう』


 彼を寝かせて、濡れタオルを額に乗せる。

 少し寝たためか、大分顔色が良くなっているようで安心した。


『……僕は、君に何をすればいい?』

『……?』


 と、彼が話しかけてきた。

 

『教えて欲しい。どうすれば僕は君に返すことが出来る?』

『お返し、ですか?』


 お返しかあ。

 多分今回の看病のことを言っているんだろう。


 でも――


『なにも』


 私はもう十分貰っている。


『……このままで良いんです。それ以上はいりません。

 私の料理を食べてくれて、私と普通に接してくれれば』


 それは、彼からしたらなんでもない事なのかもしれないけれど、私にとっては何よりも嬉しい事だったから。


『――さ、出来ましたよ。お粥です。

 熱いので気をつけて食べて下さいね』


 彼の元に出来上がったお粥を運ぶ。

 そして右手に匙を渡した。


『……美味しい』

『よかった』


 そういって彼はお粥をかき込んでいく。


 なぜかいきなり泣き出したのには驚いたけれど……私の料理を食べ、美味しいと言って泣いているのだ。悪い気はしなかった。


これで一章は終わりです。

二章の前にやさぐれのafter分離をするので次の更新はちょっと後になると思います。

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