酒
悩んでいる間も時間は過ぎていく。
一時間、二時間、一日、二日。
僕が頭を抱えている間に一週間近い時間が過ぎた。
悩みは全く解消されず、積み重なっていくばかりだ。
「今日は魚の煮付けですー」
「ありがとう」
そして、そんな僕とは対照的に楽しそうなのが彼女だ。
今日も料理を手に僕の部屋へとやってきて、輝かんばかりの笑顔を振りまいている。
彼女の表情は日に日に良くなっていて、もう出会ったばかりの頃の影は見られない。
毎日毎日すごく楽しそうだ。
「……」
というか、今の僕って周りから見たらどういう風に見えるんだろう。
このアパートの他の住人とか近所の人とか。
今の僕の状況を客観的に見ると――。
一人暮らしをしている男、僕。
そしてその部屋に毎日のように出入りしている幼い少女。
――ということになる。
……だめだ。事案の匂いしかしない。
少なくとも僕がその現場を見ていたら犯罪を疑う。
「……はあ」
……でも、かといって彼女にやめるように言う事もできない。
先週のあの泣き顔は、今でもはっきりと思い出せる。
……本当に、悩みは積もる一方だった。
◆
久しぶりに、酒を飲む事にした。
僕は酒にあまり強いほうではないけれど、たまには飲みたくなる事もある。
……特に心労が積み重なっている時とか。
「……」
酒を一口飲む。
喉を熱いものが通り抜けていく感覚がした。
「……はあ」
つまみに手を伸ばす。
机に用意されているのはイカの塩辛だ。
彼女が作って持ってきてくれたやつである。
彼女はたまに漬物とか保存の利きそうなものを持ってきてくれるので、そういうのが今も冷蔵庫にいくつか入っている。
僕は料理をしないので、この一週間で僕の部屋の冷蔵庫は完全に彼女の色に染められていた。
「……嬉しくない、なんてことは絶対にないんだけど」
嬉しいのは間違いない。
彼女の作る料理は全て美味しいし、もっと食べたいと思う。
でも――
「――どうしていいか、わからないんだ」
本当にどうしたらいいかわからない。
僕は何をすればいいのか。
彼女とどう向き合っていけばいいのか。
「……」
酒をあおる。
喉が焼けるような感覚がする。
……ずっとずっと、一人で生きてきた。
それでいいと思っていたし、そうやっていこうと思っていた。
朝、起きると家の中には誰もいなかった。
昼、弁当を作ってもらえたことなんてなかった。
夜、電子レンジで暖めた弁当ばかり食べていた。
休日にどこかに連れて行ってもらったことなんて一度も無い。
旅行なんて、学校の修学旅行だけだ。
入学式も、参観日も、面談の日も。
受験の日も、卒業式も、就職が決まった時だって。
友達もいないし、恋人もいない。
仲の良い人なんていないし、人と遊びに行った事なんてない。
僕は、今まで一人で生きてきた。
――そんな僕に、彼女との付き合い方なんてわかるはずが無いじゃないか。
「……」
グラスを傾ける。
不思議な事に喉に熱い感覚は無かった。
「……僕なんかに何ができるっていうんだ……」
何も出来るはずがない。
人付き合いなんてできない人間なのに。
「……どうすれば……」
悩みは解決できないまま、酒の量だけ増えていった。
◆
気が付くと、朝だった。
腕の下にある机から、昨日は酒を飲みながらそのまま寝てしまったことがわかる。
「……」
ああ、やっちゃったなあ、なんて思いながら、少し霞む目を拭う。
そして突っ伏していた机からゆっくりと体を起こした。
――と
「…………ゴホッゴホッ」
咳が出た。そして襲ってくる鈍い頭痛、吐き気。
ついでに鼻が詰まっている事にも気付く。
「……」
風邪を引いた。




