わからない日々
「こんにちはー、今日も持ってきました」
「……ああ、いらっしゃい」
初めて料理をもらった日から数日。
あの日から彼女は毎日僕の部屋に料理を持ってきてくれるようになった。
「今日は天ぷらです。春の山菜が美味しいですよ」
「へえ」
奇妙な事になっていると思う。
なぜ彼女が料理を持ってくるのか全然わからない。
それだけのことをした覚えはないし、以前に会っていて……ということもない。
そもそも、お互いの名前すら知らなかったのだ。
『房池みくりと申します』
『……これはご丁寧に。七市野九能と申します』
自己紹介をしていない事に気が付いたのが、つい昨日の事だ。
すでに何度も食事を融通してもらっている関係でする会話じゃない。
「……」
これでいいんだろうか、と思う。
こんなおかしな状況を続けてもいいんだろうか、と。
材料費は出しているので一方的に貰っているわけではないけれど、それでも作るのに手間がかかっているのは間違いない。
彼女の正確な年齢はわからないけれど、こんなに小さい子に負担をかけるのはどうかと思う。
だから、やはり今の状況を続けるのが正しい事だとは思えないのだ。
「温かいうちに食べてくださいね!」
「……ありがとう」
……でも、目の前でなぜか嬉しそうに笑っている彼女に止めようとは言いづらくて、そのままあの日からずるずると来てしまっていた。
あの日、傘もささず雨に打たれていた彼女が、折角笑っているのだ。
それに水を差すのは気が引ける。
「……」
なので、遠まわしに少し話してみる事にした。
「……ちょっといいかな」
「? 何ですか?」
ニコニコと満面の笑みを浮かべている彼女を見ていると口を閉じたくなる。
しかし、必要な事だからと口を開いた。
「その、料理なんだけどさ、作ってもらうのちょっと悪いなあ、なんて……」
「え……」
すると、彼女の笑顔が一瞬で消え、悲しそうに歪められる。
「あ、えっと、ご迷惑、でしたか……?」
「い、いや! そういうわけじゃないんだ!」
見る見るうちに彼女の目に涙が滲む。
必死に慌てて否定した。
泣かれてしまうとどうしていいかわからないし、そもそも迷惑というわけじゃあ決してない。
彼女の作る料理はどれも美味しくて、本当ならお金を出してでも食べたいくらいだ。
「ただ、君の負担になってるんじゃないか、と思って」
「そ、そんな……ひっく、そんなこと、ないです。私は、本当に、嬉しくて」
しゃくりあげる彼女をなだめる。
まさか泣き出すなんて思わなかった。
「ご、ごめんね。もう言わないから」
「……ぐすっ」
なんで泣き出したのかわからない。
何が彼女をそこまで悲しませたのか。
やっぱり、僕は彼女のことを何も知らないのだろう。
昨日まで名前すら知らなかったのだから当然ではあるのだけど。
なぜ彼女は今泣き出したのか。
なぜ彼女はあの日雨に打たれるままになっていたのか。
「……」
これまで辛い目にあってきたのだろうということはわかるし、出来るだけ優しくしてあげたいとも思う。
僕も昔そうしてもらいたかったから、誰かに優しくしてもらいたかったからなおさらだ。
でも――
――僕はなにをすればいいのか、そもそも僕なんかに何が出来るというのか。
昔から一人で生きてきて、誰とも関わってこなかった僕に、そんな難しいことを言われても困る。
話を聞くことくらいはできるが、それが正しいのかもわからない。
その辺りの話がデリケートなのは僕自身のことを考えればわかる。
適当に行動を起こして何か問題が起こったらどうするのか。
責任は取れるのか、そもそも責任が取れるようなことなのかもわからない。
「……はあ」
何もかもがわからなくて、どうしようもなかった。




