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笑顔

本日は二話投稿があります。

これは一話目です。この後裏(TS少女視点)を投稿します


 思えば、僕は家庭料理というものをほとんど食べたことがないように思う。


 記憶の中にある食卓にはいつも惣菜や弁当が広げられていた。

 せいぜいトースターで焼いたパンが食卓に上がったことがあったかな、というくらいだ。


 そして、そんな生活をしていたからだろうか。

 僕は成人し、一人暮らしをするようになった今でも自分で料理を作る事はなかった。


 調理器具なんてそもそも部屋に何もない。

 いつもいつもコンビニの弁当。そしてたまに外食。

 

 部屋の真ん中にある食卓に置かれるのはプラスチックの器だけで、それ以外のものが置かれたことはなかった。


 ――だけど、今日、初めて食卓に弁当以外のものが載った。


「……まあ、これを家庭料理と呼ぶには少し抵抗があるけどね」


 これは家庭料理にしては美味しすぎるし、手が込みすぎているように思う。

 まあ、食べた事はないから想像なんだけど。


「……うん、美味しい」


 綺麗にカットされたにんじんを口に運ぶと、口の中に豊かな味が広がる。

 少し薄味に感じるけれど、それはコンビニ弁当に慣れてしまっているからかもしれない。


 なんにせよ、これがコンビニ弁当に入っている煮物と同じ料理だとは思えなかった。


 時刻はまだ朝の九時。

 あまり煮物を食べるような時間帯だとは思わないけれど、どういうわけかするすると食べてしまう。


 気が付くと、目の前の器は空っぽになっていた。


「…………ご馳走様、でした」


 なぜだろう、普段はそんなこと言わないのに、なぜかそう言いたくなった。



 ◆



  

「……でも、なんでこれを持ってきたんだろう」


 今更ながら、疑問に思う。

 お礼に料理って物語の中にしか存在しないと思っていた。


 というか、そもそもお礼をしてもらうほど大層な事をしたわけでもない。

 ただ傘を貸しただけだ。


 ……それとも、そんなことが嬉しくなるほど酷い生活をしていたんだろうか。


 もしかしたら料理が上手いのも、無理やり作らされていたから、とか。

 それにしては上手すぎるような気がするけれど、可能性はある。


「……」


 今朝の彼女を思い出す。


 いつもはベンチに座っていたからよくわからなかったけど、今日は立っていたから、その小ささがよくわかった。

 身長は大体僕の胸元くらいだっただろうか。僕の身長が高めとはいえ、一五〇は無いと思う。


 そもそも、このアパートは単身用だ。ここに彼女が住んでいるのだとすれば、それは一人で住んでいるということになる。


 ………………大丈夫なんだろうか。


「……」

 

 ……いや、詮索はやめよう。

 もしそうだったとしても、僕に何ができるというのか。




 ◆




 それからしばらくして、僕は隣の部屋の前に立っていた。

 手には先程のタッパー。これを返すためにここに来た。


「……緊張する」


 チャイムというのはなぜここまで押すのが躊躇われるのだろうか。

 緊張のあまり、本当にこの部屋だったか、右隣と左隣を間違えてないか気になってくる。


「……っ」


 意を決して目の前のボタンを押すと、キンコンという高い音。 

 そして扉の向こうからパタパタという音が近づいてくる。


「はい、どちら様でしょうか……って、あなたは」


 扉が開き、中から彼女が出てきた。


 掃除をしていたのだろう、髪を後ろでまとめ、エプロン姿で叩きを持っている。

 その格好と幼い外見とのアンバランスさを感じつつ、しかしとても似合っていた。

 

「どうしたんですか?」

「……これを」


 タッパーを彼女に差し出す。

 すると彼女はなぜか目を大きく見開き、少し震える手をこちらに伸ばした。


 そして震える声で尋ねてきた。


「その、これ、食べて、くれました?」

「あ、ああ、うん」

「……どうでした?」


 予想外の反応と言葉にに戸惑いつつ、言葉を捜す。 

 どうでしたか、と聞かれると……それはまあ一つしかなかった。


「……美味しかったよ」


 本当に、美味しかった。これまで食べたことがないくらい。

 それだけははっきりと言えた。


「…………え?」


 しかし、それを聞いた彼女はなぜか口をわななかせ、呆然とする。

 ……なぜだろう。何かおかしなことを言っただろうか。


「ほ、本当、ですか? 本当に美味しかったですか?」

「え、ああ、うん、美味しかったよ」


 首をかしげつつもう一度返事をする。

 すると、彼女はまた呆然とした顔をし――


 ――そして、心から嬉しそうに笑った。

 

「――」


 その笑顔が本当に綺麗に見えて、言葉を失う。

 目にうっすらと涙をたたえ、幸せそうに笑う彼女に目を奪われた。


「ありがとう、ございます」


 深く頭を下げてお礼を言う彼女。


「また、作りますね」


 なぜそんなことを言うのかは分からない。

 さっきから何もかもが分からなくて、驚きっぱなしだ。


 でも彼女が本当に喜んでいるのは、嬉しそうに笑っているのはわかって――

 ――だから僕は無意識のうちに頷いていた。




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