好意 裏
断られる可能性を、少しでも下げようと思った。
家事をして、私が必要な人間だと認識してもらう。
男の心を掴むにはまず胃袋から……なんて言われているように、昔からある古典的な方法だ。胃袋はもう掴んでいるだろうから、それ以外も掴む。
できることなら、私がいないと生活できないようにしてしまいたい。
腹黒いと言われてしまうかもしれないけれど、恋愛は戦いなのだ。
◆
なし崩し的に、一緒にいる時間を長くした。
夕飯だけじゃなく、朝食も一緒に食べる。
ついでに服の準備や部屋の掃除もして、仕事と寝る時以外は傍にいるようにした。
すでにこの部屋の家事はほぼ全て私の担当だ。
計画は順調に進んでいると言ってもいいだろう。
「いつも家事をしてくれてありがとう。すごく助かってるよ」
「え? は、はい。どういたしまして」
そんな生活をしていたからだろうか。
彼が突然お礼を言ってくれた。私のためにやっている事だけど、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しい。
顔が少し熱くなって落ち着かない。
意味もなく体を揺らしてしまう。
「でも、その、ちょっとここまでしてもらうのは申し訳ないなあ……なんて」
「……え?」
……でも、次に続いたのはそんな言葉だった。
体の熱が一気に引く。
「僕も少し自分でやったほうがいいかな、なんて――」
「……迷惑、でしたか?」
そんな、もう止めて欲しいなんて。
……もしかして嫌だったんだろうか。
半分無理やり押しかけた自覚はある。家事も勝手にやっていただけで、べつに頼まれたわけじゃない。
……ひょっとしたら、彼は嫌だったんじゃないか。
優しいから今まで言わなかっただけで、本当は私を煩わしく思ってた、とか……。
胸が苦しくて、目の前が滲む。
どうしよう、泣きそうだ。
「いや、そんなことは!
……いつも助かってる。ただ、君に負担をかけてるんじゃないかって」
彼が慌てた風に否定する。
……どうやら、さっきのは私の妄想だったらしい。安心した。
「……そんなこと、ありません。私が好きでやっているんです」
負担なんかじゃない。
今の私にとって、彼と過ごす時間が何よりも大切なのだから。
「……それなら、いいんだけど」
「……よかった」
彼がこれまで通りでいいと言ってくれたので、緊張が解ける。
軽くなった足取りのまま彼の隣へ移動し、座った。
「……ふふ」
指一本分くらいの距離。それは彼の体温が感じられるくらいには近い。
幸せで、つい笑みが漏れる。
「……」
本当はこのまま寄りかかったりとかしたい。
今みたいに家事だけじゃなくて、色々としてみたいのだ。
もう少し薄着にしてみるとか、もうちょっとべたべたしてみたりとか。
そういうのを。
……でも、それは駄目だ。
さすがに恥ずかしいし……それ以上に彼に拒否されたら辛い。
もし万が一、彼に元男のくせにそんな格好をしてキモイ、とか言われたらもう立ち直れない。
一晩中泣き喚く自信がある。
……いや、彼はそんなことを言うような人じゃないけど。
言うにしてももっとこう、マイルドな感じだろう。
例えば……あ、駄目だ。想像しただけで泣きそう。
「……はあ」
もし私が普通の女性だったら、と思う。
こんな風に元男とかじゃなくて、最初から女性だったならこんな風に悩まずにすんだのに。
……本当は彼だって、こんな女もどきに好かれるより、ちゃんとした女性に好かれたいんじゃないだろうか。
私が彼のことを好きになったこと自体が、彼を不幸にしているのでは?
そんなことを考えてしまう。
「……」
彼の隣にいられて幸せなのに、悲しくて苦しくて仕方なかった。




