好意
ふと気付いたら、彼女が傍にいる。
仕事に行っているとか、やむをえない時以外ずっとだ。
『おはようございます。朝ごはん出来てますよ』
最近、僕はそんな声と共に目を覚ますようになった。
体を起こすと味噌汁のいい匂いがして、寝起きの腹が刺激される。
献立は僕が最近好きになった和食で、ご飯に味噌汁、焼き魚に小鉢が一品つくことが多い。
少し前はゼリー飲料を飲んで終わりだったのに、随分と変わったものだ。少し感慨深い。
『服はこっちです。今日もお仕事頑張ってくださいね』
食べ終わると服が畳んで用意されていて、すぐに着れる状態になっている。
少し前まではアイロンをサボって少しよれていた服も、今では完璧に整えられていた。
『お弁当です。お昼に食べて下さいね』
家を出る時にはそんな言葉と共に包みを渡される。
昼に会社で開けてみると、中にはいつも丁寧に作られた料理が並んでいた。
少し前にはそれを見た上司に、意味深な顔で見られた事もあったか。
『お帰りなさい、晩御飯出来てますよ』
仕事を終わらせて家に帰ってくると、いつも夕飯が出来ている。
二人で食べて、食後はテレビを見たりとか、映画を見たりとかして。
『……今日も、おねがいします』
そして寝る前には彼女の角を磨く。これが僕が彼女に出来る唯一の事だ。
それが終わると、彼女が自分の部屋に戻って就寝。
……というのが最近の僕の生活の流れだ。
「……」
流石に、彼女に頼りすぎじゃないだろうか。
彼女の負担が大きすぎて、とても申し訳ない。
結構前から、彼女が少しづつ家事をやってくれるようになって、それが積み重なった結果生活の大部分を彼女に依存するようになっていた。
「……これは、駄目だよなあ」
なので、今日は彼女にそこまでしなくても、と言おうと思っている。
「……その、ちょっといいかな」
「はい、なんでしょう」
夕飯の洗い物を終わらせてこちらに歩いてきていた彼女に話しかけた。
すると、彼女がタオルで手を拭きながら近づいてくる。なんとなく、つけている赤いエプロンが白い髪に合っているなあと思った。
「いつも家事をしてくれてありがとう。すごく助かってるよ」
「え? は、はい。どういたしまして」
お礼を言うと、彼女が目を逸らしてもじもじする。
顔が少し赤くて、とても可愛らしい。
「でも、その、ちょっとここまでしてもらうのは申し訳ないなあ……なんて」
「……え?」
ぴたりと彼女の動きが止まる。
驚いたように目が丸くなった。
「僕も少し自分でやったほうがいいかな、なんて――」
「……迷惑、でしたか?」
少し震えた声。彼女の目が少し潤んでいた。
「いや、そんなことは!」
まさか泣くだなんて思ってなくて、慌てて否定する。
「いつも助かってる。ただ、君に負担をかけてるんじゃないかって」
「そんなこと、ありません。私が好きでやっているんです」
彼女が真剣な目で僕を見る。
嘘をついているようには見えなかった。
「……それなら、いいんだけど」
「……よかった」
彼女はそう言うと、笑顔で近づいてきて、僕の隣に座る。
その距離はこれまでと同じようにとても近い。
「……ふふ」
彼女の声がすぐ近くで聞こえた。
「……」
まさか、と思う。
これまでと、今日のこと。
それらを考えると、本当に彼女は僕に好意を持ってくれているんじゃないかと。
「……でも」
そう思っても、まだ信じられない。
なんで彼女のような女性が僕に好意を持ってくれるんだろう。
可愛らしい外見に、家事が万能で、人もいい。そんな人は、普通もっと優秀な男と恋人になったりするもんじゃないんだろうか?
僕みたいな凡人以下の男じゃなく、もっと顔も頭もよくて優しい男と。
……まあ彼女の容姿については、ちょっと幼すぎるので賛否両論あるかもしれないけど、それでもだ。
友情ならわかる。友人は何人いてもいいからだ。
その中に僕を入れてくれるなら嬉しい。
でも、恋人は違う。
一人の人間の恋人になれるのは一人だけだ。
僕みたいな人間がそんな風に好かれるなんて思えない。
実の親でさえ僕には興味も示さなかったのに。
「……」
隣を見ると、彼女の整った顔立ちが目に入る。
そんな彼女と僕が釣り合うとはどうしても思えなかった。




