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距離 裏


 私はあの人のことが好き。

 あの日それを自覚してからは、まるで世界が変わったみたいだった。


 なんでもないことが楽しくて、うれしくて。

 思わず微笑んでしまいそうな、そんな気持ち。


 それはこんな、夕飯後にのんびりしているだけの時間だってそうだ。


「……あ、お茶がもう無いですね。淹れてきます」

「……ありがとう」


 ただ新しいお茶を淹れる。それだけの行為。

 それだけのことがどうしてこんなにも楽しいんだろう。


「どうぞー」

「ありがとう」


 美味しいだとか、ありがとうだとか。

 そんな何気ない言葉が、今までよりずっと嬉しい。


 少し前、彼に会うまでの私なら退屈で済ましてしまいそうなこと。

 ただ隣に座っている時間が何よりも大切な時間になった。


「……ふふ」


 幸せだなあと思う。

 こんな日がずっと続いて欲しい。


「……」


 ……でも。


 ただ、そんな風に幸せを謳歌していても、問題が何もないというわけではなくて、何よりも大事なことがまだ出来ていなかった。


 告白。


 あの人と恋人になるためには避けては通れない事。

 今すぐにでもしたいけれど、ずっとしたくない行為でもある、それ。


 恋人になりたくて、でも断られるのが怖い。


 水族館からの帰り道、幸せになるために怖くても頑張ると決めた私ではあるけれど、これは怖さの次元が違った。とても怖い。


 結局、好意を自覚するかどうかは私の中の問題だ。

 あれは好きだと認めようが、現実逃避しよう認めなかろうが、彼とのそれまでの生活は変わらなかった。


 たとえ、友情だと信じ続けたとしても、今もそれまでの幸せは続いていただろう。

 でもこれは違う。


 もし断られたら……想像もしたくないけれど、もしそうなったらこんな風に一緒に座っている事も出来なくなるだろう。もし彼が許してくれたとしても私が耐えられない。


「……」


 ……多分、きっと、告白しても断られる事はないだろうと思う。

 日々彼からの好意は感じているし、いつだって彼の視線は優しい。


 事実、病気の時は深夜に押しかけても、休日を潰してしまっても嫌な顔ひとつしなかったし、この前は一緒に水族館に行ったりもした。髪型だって褒めてもらえた。


 ……それに今日だって。

 目が合った時、照れたように目を逸らしていた。顔も赤くなっていた。


 だから、きっと受け入れてもらえると思う。


 ……でも、それでも、もし断られたら。

 それを思うと胸が苦しくて、痛くて、何も出来なくなる。


 ……だって、私は元男だから。

 

 どれほど仲良くなっても、それがあるというだけで断られる可能性がでてくる。

 彼が私に好意を持っていても、それが友情である可能性は否定できない。


 ……いや、目が合ったら頬が赤くなる友情とかちょっと嫌だけど。


「……」


 どうしようかなあ。

 とても幸せだけど、でも苦しい。


「……はあ」


 そう思ってため息をついた時だった。


 彼がこちらを見ていることに気付いた。

 じっと私の顔を見つめている。


「……??」


 どうしたんだろう。

 顔に何かついているのかと軽く触ってみる。何もなかった。


「……あの」


 長い。見ている時間がとても長い。

 これまでこんな事はなかったので戸惑ってしまう。


「そんなに見られると恥ずかしいです……」

「ご、ごめん!」


 指摘すると彼が慌てて謝った。

 ええと、そんなに慌てなくてもいいのに。


 だって、少し恥ずかしかっただけで――


「――いや、その、別にいやと言うわけでは」

「……え?」


 ……あ、本音が漏れた。

 なにを言っているんだろう、私は!?


「~~~~な、なんでもないです!!」


 恥ずかしくて、今度は私が慌てて逃げ出す。

 顔が熱くて熱くて仕方なかった。



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