距離
なんとなく、最近ちょっと距離が近いなと思った。
なんのことかと言うと、彼女との距離のことだ。
ソファに座る時、一緒に並んで歩く時。
以前はどれだけ近くても十センチくらいは離れていたと思うけれど、近頃は肩が触れる事も少なくない。
他でもない、今だってそうだ。
夕飯後、ソファに座ってテレビを見ているところだけど――
「……ふふ」
すぐ近く、小さく忍び笑いをした声が聞こえるくらいの場所に彼女がいる。
少し体を傾けたら肩が当たってしまいそうで、彼女が動くと少しだけ匂いがして…………なんとも言えない気分だった。
彼女がこうなったのは……確か水族館に行った頃からだろうか。
あの時は恥ずかしい自分語りをしてしまったので、あまり思い出したくはないけれど、それを我慢してよくよく思い出すと大体その辺りからだった。
……なにがあったんだろう。
隣にいる彼女の顔色を見る限り、何か問題があったわけじゃあないだろうけど、それにしても気になる。
「…………?」
彼女が僕の視線に気がついたのかこちらを見た。
そして一瞬不思議そうな顔をして――にっこりと僕に微笑みかけてくる。
「……」
……気恥ずかしいような、こそばゆいような、そんな気分になって目を逸らす。
なんとなく、頬を指で掻いた。
「ふふ……あ、お茶がもう無いですね。淹れてきます」
「……ありがとう」
彼女が急須を持って立ち上がる。
……ああ、そうだ。これも最近変わった点かもしれない。
彼女が細かいことを手伝ってくれるようになった。
洗濯物を畳んでくれたり、今みたいにお茶を入れてくれたり。
何も言わないでも気がついて色々してくれる。
なんだか駄目人間になってしまいそうだった。もちろん、嫌なわけじゃないけれど。
「どうぞー」
「ありがとう」
新しいお茶が注がれた湯飲みを受け取る。
彼女は急須を置くと、先程までと同じように隣に座った。
「……」
本当にどうしてこんな事をしてくれるようになったんだろうか?
何かわからないかと、彼女を見る。今度は目を逸らさずに。
「……?」
…………しかし改めてみても、幼いながらも整った顔立ちだ。
肌は近くで見てもしみ一つ見えないし、真っ白なもこもことした髪は細く、輝いているように見える。
そして何よりも特徴的なくるりと回った角。
「……??」
物語の登場人物といっても十分通じるだろう。
そんな子が僕の部屋にいるのがアンバランスにさえ感じる。
「……あの」
彼女の声。
気がつくと、彼女の頬が赤くなっていた。
「そんなに見られると恥ずかしいです……」
「ご、ごめん!」
胸元で指を絡ませてもじもじしている彼女から、慌てて視線を逸らす。
不躾だった。慌てて謝る。
「いや、その、別に嫌という訳では…………」
「……え?」
「~~~~な、なんでもないです!!」
聞こえた声に聞き返す。
すると、彼女はそう言って小走りで台所に走っていった。
……今のは?
彼女は今、嫌じゃないといったように聞こえた。
それに、これまでの彼女の態度。
……まさか。
一つの想像が頭に浮かぶ。
ここまでの事を見ていたら、思い当たる節がないわけじゃない。
これでも僕だって、もういい年の大人なんだから。
でも――
「――そんなことがあるんだろうか」
自意識過剰なだけの気もする。
彼女は獣人で、元は男だったし、僕は長年一人で生きてきた何の面白みもない人間だ。
「……いや、やっぱり違うかな」
やっぱり自意識過剰だろう。
冷静に考えると彼女のような人が僕なんかに惹かれるとは思えない。
「……はは」
きっと、さっきのは聞き間違いだ。
思わず笑ってしまう。自分の勘違いが恥ずかしかった。
表裏同時投稿は無理だったので、一日一話投稿にします。
最終章は八話の予定なので、ゴールデンウィーク中に終わらせる予定になります。




