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帰り道 裏

この話は今日二話目です


 男だった頃、当然のように女性と結婚するものだと思っていた。

 でも、それはもう今は難しくて、どうする事も出来ないし……実はどうにかしたいとも、思っていない。


 ……わかっている。本当はわかっている。

 私がどう思っているかなんて、わかっているんだ。


 私の心はとっくに変わってしまっていて。

 目を瞑ると浮かび上がるのはあの人だ。

 

 ……でも、それなのにどうしてもそれを否定したいという感情がある。

 理性ではもう答えは出ているのに、もやもやのようなものが胸の辺りにあって、私を押し留めていた。


 ……なぜなんだろう?



 ◆



 夕方。

 水族館からの帰り道、私は内心頭を抱えていた。


 今日は楽しかった。

 本当に楽しかったのだ。


 あの人と一緒に色々なものを見て、一緒に歩いた。

 ただそれだけの事だけど、これ以上ないくらいに。


 ……でも、だからこそ悩んでいる。

 よくわからないもやもやが、楽しければ楽しいほど大きくなるから。


「……はあ」


 どうすればいいのか。

 つい、ため息をついた。


「……何か、悩んでる?」

「え?」


 ――と、その時、彼の声が聞こえた。


 横を見ると、優しい顔でこちらを見ている。


「最近ずっと何かを考えてるみたいだから。悩み事でもあるのかと思って」

「それは……」


 ……知ってたんだ。

 彼に知られていた事に驚きつつも、私を気にかけてくれたことが嬉しい。


「僕じゃあんまり頼りにならないかもしれないけれど、話を聞くくらいなら出来るから。

 何か困っていることがあるなら言って欲しい」

「頼りにならないなんて、そんなこと……」


 頼りにならないなんてありえない。


 病院の時なんて、彼がいないとどうなっていた事か。

 痒いのに病院が怖くて行けなくて、最悪睡眠不足で倒れていた可能性もある。


「……」


 それにしても、話かあ。

 話せばこのもやもやが少しはマシになるんだろうか?


「……じゃあ、その、少しいいですか?」

「っああ、もちろん」


 でも、なにを話せばいいんだろう。少し悩む。

 流石に、あなたへの感情について悩んでいるんですとは言えない。


「……うん」


 なので、遠回りに一般論っぽく話す事にした。


「その、ですね。最近、私、自分が変わってきたなって思うんです」

「……変わってきた?」

「……考え方とか、行動とか色々です」


 話しながら頭で整理していく。

 そうだ、私は変わった。


 少し前まで、この人のことを、私はこんなに沢山考えていなかった。

 少し前まで、この人と一緒にいるのが、私はこんなに楽しくなかった。


「それまで当たり前だったことが、そうじゃないような気がして。

 私の中で一番だったものが、違うものになってしまう気がして」


 それまでは料理のことしか考えてなかったのに。

 気がつけばこの人が私の中心にいた。


「それが……その……おかしいというか……不思議と言うか――」


 でも、その感情を認められない私もいる。

 もやもやがそれは違うんじゃないかと言ってくるのだ。


 男性とこんなに仲良くなるなんて考えていなかった。

 十六歳までの私は、当然のように女性と仲良くなりたいと考えていたから。


 だから――


「――――怖い、ような気がして」


 ああ、そうか。やっと分かった。


 そうだ、私は怖いんだ。

 これまでの人生で培ってきたことと、違うことをするのが怖い。

 

 いくら体は女でも、心では男だと思っていたから。

 そこから外れるのが、自分自身を否定しているみたいで怖かったのだ。


「……僕と一緒だ」

「え?」


 その時、彼の声がした。

 予想外の言葉が耳に入ってくる。


 同じ?私と彼が?


「僕も怖かった。これでいいのかって思っていたし、今でも思っている」

「そう……なんですか?」


 怖かった。これでいいのかと今でも思っている。彼はそう言うけど、そうは見えない。

 今日も彼はいつもの物静かで穏やかな顔をしていて、不安を抱えているとは思えなかった。


「……」


 ……でも、もしそうだというのならどうして彼はそんな風に笑っていられるんだろう。

 私のように悩みこまずにいられるんだろう。

 

「――でも、楽しいんだ。すごく不安だけど、楽しくて。

 だから、ずっとこんな日々を過ごしていきたいって思う」


 僕は今の幸せを手放したくないし、怖いけれど、頑張っていきたい、そう彼は言った。


「……」


 彼の言葉が私の胸に刺さる。

 怖いけれど、今の幸せを手放したくない。その言葉が。


 ……確かに、そうなのかもしれない。


 私もそうだ。

 怖いけれど、今の幸せを失いたくない……いや、今よりもっと幸せになりたい。そう思う。


「……なんだ」

 

 一度そう思うと、後は簡単だった。

 なんだか、とても清清しい気さえする。


「あの」

「なに?」


 ……決めた。


「ありがとうございます。なんだかすっきりしました」

「……そう? ならよかった」


 今ならはっきりと言える。

 間違っている気はするけれど、胸のもやもやはあるけれど、それでも私は幸せになりたいと思うから。



 ――私は、彼のことが好きだ。大好きだ。

 だから、彼と一緒にいたい。

 

これで三章は終わりです

次は最終章の四章になります

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