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帰り道


 少しゆっくりと車を走らせることにした。

 時刻は夕暮れ時。綺麗な夕日が道を照らしている。


 水族館からの帰り道。

 全身をどこか心地良い疲れが包んでいた。


「……」


 信号で止まり、なんとなく隣を見る。

 

 すると、彼女は何かを考え込んでいるようだった。

 整った物憂げな面持ちと、窓から差し込む茜色。まるで一枚の絵画のようだと思う。


 ……ああ、そういえば。


 ふと思い出す。

 そうだ、今日は彼女の様子がおかしい件について事情を聞こうしていたんだった。


 気分転換と情報収集が今回の目的だったのに。

 彼女と過ごしているのが楽しくて、つい忘れてしまっていた。


「……」  


 今なら大丈夫だろうか?

 何かを考えているようだし、それを聞けたらと思う。


「……何か、悩んでる?」

「え?」


 彼女が驚いた表情でこちらを見た。


「最近ずっと何かを考えてるみたいだから。悩み事でもあるのかと思って」

「それは……」


 彼女が俯く。

 心当たりはやっぱりあるのか。

 

「僕じゃあんまり頼りにならないかもしれないけれど、話を聞くくらいなら出来るから。

 何か困っていることがあるなら言って欲しい」

「頼りにならないなんて、そんなこと……」


 彼女が手を振って否定する。

 しまった、気を使わせてしまったか。


 こういうところは僕の悪いところだ。

 変わっていかなければと思う。


「………………」


 沈黙が車内を包む。

 目の前の信号が変わったので車を動かした。


「…………じゃあ、その、少しいいですか?」

「っああ、もちろん」


 駄目だったかと気落ちしはじめた頃、小さい声が耳に入る。

 慌ててすぐに返事を返した。


「その、ですね。最近、私、自分が変わってきたなって思うんです」

「……変わってきた?」

「……考え方とか、行動とか色々です」


 ……変わってきた、か。

 確かに結構……いや少しおかしい気がするけど、多分彼女が言いたいのはそれじゃあないんだろうなと思う。


 ……じゃあ一体なにが変わってきたんだろう?


「それまで当たり前だったことが、そうじゃないような気がして。

 私の中で一番だったものが、違うものになってしまう気がして」

「……」

「それが……その……おかしいというか……不思議と言うか――

 ――――怖い、ような気がして」


 ……なるほど。

 彼女が悩んでいることが少し判った気がした。


「……」


 恐らく、最後の一言が本音なんだろうな、と思う。


 怖いのだ。変わってしまうのが。

 何が変わったのかはわからないけど、それを彼女は怖がっている。

 

「……僕と一緒だ」

「え?」


 ……だから、それが理解できたから、ついそんな言葉が出てきた。

 だって、それは僕がこの二ヶ月思っていたことでもあったから。

 

「僕も怖かった。これでいいのかって思っていたし、今でも思っている」

「そう……なんですか?」


 ずっと一人で生きてきた僕にとって、この二ヶ月は知らない事だらけだった。


 誰かと一緒に食事をするのも初めてだったし、誰かを家に上げるのも初めてだった。

 角を磨くのも初めてだったし、助手席に人を乗せるのも初めて。

 こうして遊びに行くのも初めてだったし、その前の彼女を誘うことだってそうだ。


 初めてするそれらは、知らないからこそ怖くて、僕はいつだってこれでいいのかと不安になっている。

 今日なんて、何か失敗するんじゃないか怖くて、深夜に何度も目が覚めた。


 ……実は、不安でいっそ逃げた方がいいんじゃないか、なんて魔が差したこともある。

 彼女から離れればこんなに怖い事なんてないんじゃないか、と。


 ……でも、それをしなかったのは――。


「――楽しいんだ。すごく不安だけど、楽しくて。

 だから、ずっとこんな日々を過ごしていきたいって思う」


 一緒に食べるご飯はおいしかったし、誰かが部屋にいるのは意外と落ち着いた。

 角を磨くのは少し面白くて、誰かと会話をしながら運転するのも悪くなかった。

 今日は一日本当に楽しかったし、誘ってOKを貰った時は嬉しかった。


 それに何より、あの時のお粥は本当に美味しかったから。


 僕は今の幸せを手放したくないし、怖いけれど、頑張っていきたい。


「……って、ごめん僕の話になっちゃって」

「……いえ」


 彼女の相談だったのに、いつの間にか自分語りになっていた。

 恥ずかしくて、反省する。


 やっぱり僕は会話が下手だ。だから、怖いけれど練習しないと。


「あの」

「なに?」


 ちょうど信号で止まったところで、声をかけられた。

 横を向き、彼女を見る。


「ありがとうございます。なんだかすっきりしました」

「……そう? ならよかった」


 そう言った彼女は、とても綺麗な笑顔だった。



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