水族館 裏
少し、気合を入れすぎただろうか、なんて思う。
もう家から出る直前だけど、今ごろあの人に変に思われないか不安になってきた。
「……」
編みこんだ髪と、少しお高いワンピース。
髪の編み方は母が教えてくれたもので、服は姉と一緒に買いに行ったものだ。
先日のゴールデンウィーク、ニヤニヤしている姉と姉にそそのかされた母親に人形扱いされた結果になる。
「……これ」
頭に手を当てると、編みこみの感触がする。
これのために今日は早朝から時間をかけた。
……でも今、実は少し後悔している。
気合を入れすぎたかなあなんて思ってしまって。
あの人が変に思わないだろうか、なんて思ってしまって。
あの人との初めてのデー……外出だから、折角だし、なんて思ったのが間違いだった。
もしかして、元男の癖にそんな格好をしちゃって、なんて思われるんじゃないだろうか。
「……はあ」
でも今更どうしようもなくて、不安を押し殺して、部屋を出る。
あの人の待つ車へと向かった。
「お、お待たせしました」
緊張を押し殺してあの人の前に立つ。
「……じゃあ、行こうか」
「はいっ」
あの人は褒めてもくれなかったけれど、馬鹿にもしなかった。
少しがっかりしつつも安心し、車に乗りこもうとした――その時だった。
「その髪型、初めて見るね」
「へ!? そ、そうですね……変じゃないですか?」
油断した時にやってきた奇襲にうろたえながら、そう返す。
すると――。
「……え? そんなことないよ、可愛いと思う」
「……そ、そうですか?……ぇへへ」
……今度帰省した時にお母さんの肩でも揉んであげよう。そう思った。
◆
そして、予定通り水族館へと向かった。
サメが怖かったりペンギンに囲まれたりとハプニングはあったものの、人気の生き物を一通り見て回る。
そこで印象的だったのは、魚ではなく獣人と人間の二人組みが意外と多くいたことだ。
それも、腕を組んで歩いていて明らかに恋人にしか見えないようなのが。
どうやら姉さんが言っていた事は間違いではなかったらしい。
もう都市部の方では獣人のカップルは珍しくないようだ。
「……」
そういう人たちを見ていると、無性に隣が気になってくる。
彼はああいう人たちを見てどう思っているんだろう。
人の恋愛感はそれぞれだ。
いくら差別だの何だのと言われていても、同性同士の恋愛を許せない人もいれば、逆にどれだけ馬鹿にされても同性しか愛せない人だっているだろう。
……彼は、そういうところはどうなんだろうか?
彼は、獣人と人間のカップルは“アリ”だと思っているんだろうか?
気になるけど、実際に質問する勇気は私にはなかった。
◆
昼前になり、自然公園へと移動する。
そこで弁当を広げて二人で食べた。
「弁当、美味しかったよ。ありがとう」
「お粗末さまでした」
彼が差し出した弁当箱を受け取る。
中身は綺麗になくなっていて、つい頬が緩んだ。
「……お茶です」
「ありがとう」
水筒を出し、コップに食後のお茶を注ぐ。
まだ温かいお茶から湯気が立った。
「……ずず」
食後ののんびりとした雰囲気。
二人で並んでなんとなく公園を見ていた。
「……」
こうしてゆったりしていると、最近ずっと悩んでいることが頭に浮かんでくる。
……結局、私は彼のことをどう思っているんだろうか?
先日、彼に恋人がいるのか疑問を持った後、私は彼に質問した。
質問するのは怖くて怖くて思わず足が震えそうになったけれど、聞かないのはもっと怖い気がして。
すると、彼は笑いながら“いないよ”と言って――。
――私はそれが本当に嬉しかった。
「……私は」
好きか嫌いで言えば、もちろん好きで、でもそれが恋愛感情かはわからない。
……いや、正確にいうと、私の中に友情だと思いたい私と恋愛感情なんじゃないかと思っている私がいるのだ。
過去の私、男だったころの私は絶対に友情だと言っていて、最近の私、理性的な私は恋愛じゃないのならどうして恋人がいるのかあんなに気になったの?と質問してくる。
……私の中で、十六歳まで男だった記憶と、この二ヶ月の彼との思い出が戦っている気がする。
……一体どちらが正しいのだろうか。




