おかしな様子 裏
この話は今日二話目です
初めての人は前の話から読んでください
何日経っても、あの時の姉さんの言葉が忘れられない。
付き合うだとか、珍しくないだとか。
そんな、わけのわからない言葉が。
正直、段々あれは呪いの言葉なんじゃないかと思い始めてきた。
寝ても覚めても頭の中でぐるぐるしている。頭が痛くなりそうだ。
……そもそも、ありえないのだ。
たしかに、この体は姉さんが言うとおり女性のものだ。
病気になったときに病院で精密検査を受けて、そうだと認定されたので間違いない。
……でも、私は元は男だ。ほんの二年前まで、男以外のなんでもなかった。
その私が男と恋愛なんてちょっと考えられない。
かつて、私が好きだったのは普通に女性だった。
初恋の人は中学校で遠くに引っ越していった幼馴染の女の子。小学校低学年の時から片思いしていた。
……そんな私があの人と付き合う?
やっぱりありえない。例え、東京では珍しくなかったとしてもだ。
そりゃあもちろん、好きか嫌いかで言えば……まあ、好きだけど。
それは人としての好き、であって恋愛感情の好きではない。
彼は私にとって、仲のいい隣人であって、それ以上のなんでもないのだ。
……でも。
……それがわかっているのに、なんで私はこんなに悩んでいるんだろう?
◆
「……これでどうかな」
「……ありがとう、ございます」
日課の角掃除が終わった。
まだジンジンする角を軽く押さえ彼にお礼を言う。
「……はあ」
痒みが引いた後も、彼による角掃除は続いている。
本当のところは、もう治ったのだから彼にやってもらう必要はない。元々彼に手伝ってもらっていたのは、万が一にも症状が悪化しないようにするためだったからだ。
「……」
……でも、止めるタイミングがわからなかった。
毎日結構な時間を使っているのに、彼は嫌な顔一つしないし、むしろ笑顔でやってくれている。そのせいか、ついつい甘えてしまっていた。
彼にやってもらうと変な感覚はするけど、それ以上に楽なのだ。
毎日毎日自分の角を掃除するのは楽じゃない。常識的に考えて、手を頭の横に上げた状態で長時間作業するのは大変だ。腕がすごい疲れる。
……あの感覚だって、嫌というわけじゃないし。
「……いい人なんだよね」
本当に。彼はいい人だ。
夕飯の時も呪いの言葉に苦しむ私を気遣ってくれていた。
『僕に出来ることがあれば、何でも言って欲しいんだ』
「……ふふ」
今思い出すだけでも、胸の辺りがぽかぽかする。
彼のそういう優しいところが、私は好きなのだ。
……もちろん、好きというのは人としてであって、恋愛的なものではないけれど。
「……」
というか、ふと思ったのだけれど、この人は私のことをどう思っているのだろう。
「あの」
「なに?」
気がついたら口が動いていた。
頭に浮かんだ疑問のままに、言葉を放とうとする。
「その、ですね、私のこと――」
「うん」
――どうおもっているんですか。
そう、問いかけようとしたところで冷静になった。
………………!?
私は、いったい何を言おうとしている!?
どう思っているかなんて、そんな恥ずかしい事聞けるはずがない。
それに……もし、万が一だけれど……好きとか、そういう答えが返ってきたらどうするのか。
「……その」
「うん」
顔が熱い。あまりの恥ずかしさに涙が出てきた。
熱くもないのに背中から汗が吹き出る感覚がする。
「……な、なんでもないです!ありがとうございました!」
耐えられなくて、彼の前から逃げ出した。
扉を全力で押し開けて部屋から飛び出す。
「……ああもう!」
一体何なんだ、これは!
この恥ずかしさも、わけのわからない呪いの言葉も!
もう、自分で自分のことがわからなかった。




