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 そして、土日をはさんで次の週。

 仕事帰り、彼女は変わらずそこにいた。


「……」


 毎日だ。ここ数日、毎日彼女はあのベンチで一人座っている。

 幸いな事に、いつも二十二時にはいなくなっているので通報するほどじゃあないけれど……。


 いつものように目を逸らしつつ僕の部屋へ向かって歩き――すれ違う。

 彼女はなにをするわけでもなく、ただベンチに座っていた。


「……はあ」


 気にするべきではないのかもしれない。


 僕は彼女のことを何も知らないのだ。

 勘違いの可能性だって高いし、大きなお世話でしかない気もする。


 ちゃんと法律で決められた時間に家に帰っているのなら、他人が口出しをする事でもないだろう。


 ただ――


 ――僕もかつて、家の近くの公園で。


「……」


 彼女を見ていると、昔のことを思い出す。

 もしかしたら、僕が彼女を気にするのは、ただそれが嫌なだけなのかもしれない。



 ◆



 そんな日が続いたある日。


 その日は昼から雨が降っていた。

 久しぶりの雨は勢いが強くて、傘が無いとあっという間に濡れ鼠になってしまいそうだ。


 少しでも早く家に入ろうと足早に帰り道を進んでいく。

 雨音の中、革靴が水を弾く音を聞きながら足を前に進めていき――


 ――ふと、彼女のことが気になった。


 ……いやいや、流石に今日はいないだろう。


 この雨の中、あんなとこに座るなんて、普通はありえない。

 まだ寒い時期で、冷えてあっという間に体を壊してしまいそうだ。


 浮かんだ考えに思わず苦笑しながら、角を曲がる。

 すると――。


「……え」


 ……いた。


 彼女は今日も、いつもと同じ場所に座っていた。

 傘もささず、全身を雨に打たれながら。


「……」


 いつから座っていたのだろう。


 服はすっかり濡れて変色し、肌に張り付いている。

 いつも目に付く真っ白のもこもことした髪は水を含んで潰れていた。


 ……これは、流石に。


 見ていられない、そう思った。


 これは何なのか。胸の内から湧き上がるよくわからない衝動に押されるように、彼女へと足を進める。

 これまでと違い、正面から。彼女に顔を向けて。


「……?」


 すぐに彼女の正面にたどり着くと、彼女はそれに気が付き、顔を上げて僕を見た。

 これまではよくわからなかった彼女の顔が、はっきりと見える。

 

 低い身長に違和感を感じない、幼げな顔立ち。

 それはとても整っていて、暗がりの下でも可愛らしいことがわかった。


 街灯に照らされて、横長の瞳孔――人とは違う目が光る。


「……これを」

「え?」


 手に持っていた傘を差し出す。

 目を見開いて瞬きをしている彼女に、押し付けるように傘を握らせた。


「え、あの、これは」

「……その」


 混乱する彼女に何か(・・)言わなければと思って、彼女に何か(・・)を言いたくて、口を開く。

 しかし長年一人で生きていた身では、口が思うように動いてくれない。


「………………………………早く、帰った方がいい」


 結局、口から出たのはそんな言葉だった。

 自分のコミュニケーション能力の無さが嫌になる。


「……」

「あっ」


 恥ずかしいような、情けないような、いたたまれない気持ちになって、彼女から目を逸らす。

 そして僕の部屋に向け、雨を浴びながら逃げるように走った。

 

 鍵を開け、扉の隙間に転がり込むように中に入る。

 部屋の中は静かで、外から聞こえてくる雨音だけが部屋の中に響いていた。


「……はあ」


 何をしているんだろう、僕は。


 今更、やってしまった後になって後悔が湧いてくる。

 もっとちゃんとするべきだった、とか、大人なのになんで、とかそんな後悔が。


「……はあ」


 自己嫌悪で衝動的に叫びだしたくなる。

 近所迷惑なのでやらないけれど。


 重たい体を引きずるように、濡れた服を脱ぎ、頭を拭いてベッドに横になる。

 そして、さっきの事を思い返した。


 ……どうするべきだったんだろう。

 勢いで傘を押し付けてしまったが、あれでよかったんだろうか。


 少し冷静になってみると、あんな事をするべきじゃなかったんじゃないか、とか、関わるべきではなかったのでは?なんて考えが浮かんでくる。


 不審者扱いされたらどうしよう、だとか、そもそも正面にたった時点で叫び声を上げられたらどうするつもりだったんだ、とか、そんな考えも。


 嫌な考えばかりが頭に浮かんで、後悔ばかりが募ってくる。


「……はあ」


 寝よう。

 そう思って嫌な想像を振り切るように目を閉じる。嫌な考えが止まらない時はこれが一番だ。


「……」


 幸いな事に心労のためか、眠気はあっさりやってきた。


 そして意識が急速に薄れていき――眠りに落ちる直前、どこからか男の子の泣き声が聞こえた気がした。





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