おかしな様子
最近、彼女の様子がおかしい。
具体的に言うと、ゴールデンウィークの頃から。
「……」
――まただ。
向かいの席に座っている彼女を見て、そう思う。
「……」
ここ最近、彼女はぼうっと放心していることが多くなった。
食事の途中とかその後にお茶を飲んでいる時とか、何もないところを見ていたり、偶に僕のことをじっと見ていたり。
「……はあ」
こんなふうにため息をついていることもある。
あとは、目があったと思ったらすぐに目を逸らしたり。
……少し前まではこんな事はなかったから心配だ。
何かがあったんだろうか。
わざわざ毎日ご飯を作りに来てくれてるし、僕が嫌われたという事はないと思うんだけど……嫌われるような心当たりもないし。……ないよね?
「……」
やっぱり、何があったか聞いてみるべきなんだろうか。
最初のうちはそういうこともあるのかな、と思っていたけれど、流石に長すぎる。
なにせゴールデンウィークが終わってから、今日でもう一週間が経っているのだから。
……うん、やっぱり聞いてみるべきだ。
なにかの勘違いだったのなら、それでいい。僕が恥をかくだけだ。
「その、なにかあった?」
「……え?」
目を少し見開いて首をかしげる彼女。
何のことかわからない、という感じの不思議そうな顔をしている。
「最近、ぼうっとしてることが多いみたいだからさ」
「えっと、それはその、えっと」
彼女が慌てたように視線をさまよわせる。
眉根をよせて、返答に困っているように見えた。
……違う、別に僕は困らせたくてこんな事を言っているわけじゃない。
「その、別に責めているわけでも、聞き出そうとしてるわけでもなくて」
「え?」
「ただ、僕に出来ることがあれば、何でも言って欲しいんだ」
困っているのなら、力になりたい。
悩みがあるなら聞き役くらいにはなれると思うし、どこか行きたいところがあるなら車くらいどこでも出す。
「……ありがとう、ございます」
彼女がそう言ってくれたことに、ほっとする。
これがきっかけで、少しでもいい方向に行ってくれたら……と思うのは少し楽観視しすぎだろうか?
◆
そして、夜の少し遅めの時間。
僕はいつものように彼女の角掃除をする。
「……これでどうかな」
病院に行ったあの日から、僕が角掃除をするのが日課になった。
最初は戸惑っていたこれも、今となってはもう慣れたもので、随分上手くなった自信がある。
「……ありがとう、ございます」
振り返った彼女が言う。
上目遣いのその顔は赤く上気していて、少しドキリとしてしまった。
いけないいけない。
軽く頭を振って、おかしな考えを頭から消す。
彼女が赤くなっているのは最初からだ。他意はない。
……少し、調子が狂っている。
これまではそんなことなかったのに、上司にあんな事を言われてから意識してしまっていた。
……おかしなことを考えるべきじゃない。彼女にそんな気はないのだから。
「……あの」
「なに?」
彼女の声。
返事をすると、こちらをちらちら見ていた。
「その、ですね、私のこと……」
「うん」
彼女の目が右に行き、左に行き、と落ち着かない。
“私のこと……”なんだろう?何か言いづらい事でもあるんだろうか。
……もしかして、最近の悩みに関することかもしれない。
聞き逃さないように耳に集中する。
「その……」
「うん」
沈黙。
言葉は出てこない。彼女の口だけが開いたり閉じたりしている。
「……な、なんでもないです!ありがとうございました!」
「えっ」
そして、何十秒か経った頃。
突然、彼女が立ち上がり、あっという間に部屋から出て行った。
「……えっと」
……せっかくのチャンスだったのに。一体なにを言おうとしていたんだろう。
彼女がなにを悩んでいるのか、知ることは出来なかった。




