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裏の話4

この話は本日二話目です。


今日初めての方は前の話から読んでください



 そして夜が明けて、病院に行く時間が来た。

 外出用の服を着て外に出ると、もう車がアパートの前に止まっていた。


『すいません。お待たせしました』


 待たせたことを謝りながら近づく。

 すると、なぜか彼が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


『……その角の……カバー?、どうしたの?』


 ああ、と納得する。

 これは過去の失敗から作られたものだ。


『以前、父の車に乗った時にですね……座席に角が刺さったことがありまして……大きな穴が開いたんです』


 まだこの体に慣れていなかった頃、勢いをつけて車に飛び込んだら角が座席にさっくりと刺さってしまったのだ。

 角は痛いし、父からは悲しい顔で見られるしで、あの時は散々だった。


『……』


 あの人のどう反応していいかわからない、といった感じの顔を見ながら車に乗り込む。

 車の中は綺麗に整っていて持ち主の性格を現しているかのようだった。


『じゃ、じゃあ、出発するよ』

『はい』


 気を取り直したあの人の声に頷く。

 そしてすぐに車は動き出した。



 ◆



 しばらく移動して、八時くらいには無事に病院に着いた。

 少し緊張しながら車から下りる。


『じゃあ、行ってらっしゃい。僕はここで待っているよ』

 

 すると、突然あの人がそんなことを言い出した。

 その突然の言葉に驚いて、困惑する。


『……え?一緒に来てくれないんですか?』


 一緒に来てくれないなんて、困る。

 一緒に来てくれると思っていたから、今まで冷静でいられたのに。


 病院は、私にとって何よりも怖い場所だ。

 この体になってから、病院では辛い話ばかり聞かされている。

 

 もう元に体に戻れないと言われた時も、味覚が変わってしまったと言われた時も、羊獣人の角について教わった時も、その場所はいつだって病院だった。

 

 だから私にとって、病院は不吉な場所だという思い込みが出来ていて。

 今日だって、もう治らない、と言われるんじゃないかと、本当は怖くて怖くて仕方なかった。


 でもあの人が、昨日私の不安を拭ってくれた人がいたから、今まで取り乱さずにいられたのに。


『……僕も?』

『……お願いします。一人じゃちょっと不安で』


 頭を下げて、お願いする。

 すると、彼は困惑しながらも頷いてくれて……心から安心した。




 そして、中に入って診察を受けた。

 幸いな事に症状は軽くて、薬を使っていればすぐに治るそうだ。


 問題の原因はブラシが良くなかったから言われた。

 言われてみると確かに適当すぎたかもしれない。


 たしか、最初歯ブラシを使い始めた頃は、色々絶望して自暴自棄になっていた頃だ。

 そのまま使い続けて今に至っている。


『……反省しないと』

 

 小声でそういいながらも、軽い足取りで病院を出る。

 症状が軽くて一安心だ。なんだかんだ言って、とても不安だったから。


 ……ただ、角磨きを誰かに手伝ってもらえというのは……少し困ったけれど。




 ◆


 


 結局、角磨きは彼に手伝ってもらう事になった。


 まあ、実家ならいざ知らず、ここでは頼めるのは彼しかいないので当然とも言える。

 今の私に、症状悪化のリスクを背負ってまで自分でやると言う選択肢はない。


 ……昨日のことが、少し不安だったけど。


 あれは一体なんだったんだろう。

 一晩経っても、思い出すと少しどきどきした。




 さらに時間は過ぎて、夕飯を食べた後。

 そろそろかなと思ってどきどきしていると彼が見慣れないブラシを出した。


 そして、私に日ごろのお礼なのだと言って差し出してくる。


『……え?そんな、悪いですよ。大したことはしてませんし』


 だから私はそう言った。

 私が料理をしているのは、あくまで私のためだ。材料費も貰っているし、恩に着せるつもりはない。


 ……でも。


『君がいてくれてよかった。君の料理が食べられて嬉しい。

 ……だから、悪くなんてない。君のおかげで、僕は今、幸せなんだ』

『今日の料理もとても美味しかった。どうか、そのお礼をさせて欲しい』


 あの人は、そう言った。

 ……なんなのだろうか。どうしてそんなことを言うのか。


 その言葉が、私にとってどれだけ嬉しいことか、あの人はわかって言っているんだろうか?

 

 胸の奥が熱くてしかたなくて、今にも涙が溢れそうで。

 辛いことがあったけど、頑張って良かったと、そう思えたのだ。




 その胸の熱は、話がひと段落ついて、角の掃除になっても収まる事はなかった。

 

『じゃあ、角の掃除をしようか』

『お、お願いします』


 あの人が後ろに来て、ブラシを構えた時も、少し緊張はしていたけれど胸の中がぽかぽかしていたし、昨日の掃除のことなんか、頭から半分吹き飛んでいた。


 ……だから―――


『……ひいいいいああああああああああああああああ!?!?』


 ――気付いたら、私は全力で叫んでいた。


 バチリと脳の中で電流が弾ける気がした。

 背筋がぞわぞわして、座ってなんかいられないような、衝撃。


『……な、なにを……したんですか……』


 気付いたら床に倒れこんでいて、駆け寄るあの人にやっとの思いで質問する。

 一体何が起きたのか、不思議だった。


『えっと、いや、普通に……』

『嘘です!絶対普通じゃなかったです!』


 そんなのは絶対に嘘だ。そんなわけはない。

 あれが普通だったら私はこれから先、角の掃除が出来なくなる。

 

『もっと普通に……昨日くらいなら……多分、大丈夫ですから』

『ご、ごめん、わかったよ』


 昨日も昨日でちょっと問題があったけど、さっきよりはよほどマシだ。

 確かに油断はしていたけど、それでもあの衝撃は普通じゃない。


 ……というか、さっきまでの胸の暖かい感じが綺麗さっぱり消えている。

 色々とぶち壊しだった。


『……そ、そうです……そんなかんじで……』

『わ、わかった』


 念入りに昨日のやり方を主張したからか、再開後は昨日と同じだった。

 

 背筋がぞわぞわして、くすぐったい。

 わけがわからないのに、なぜか嫌じゃない、そんな不思議な感覚がした。



 

 

 掃除後、昨日と同じようにへとへとになりながら部屋に戻る。

 ベッドに倒れこみ、角を押さえた。


 ……まだ、少し余韻が残っている気がする。

 あれは一体何なのだろうか。自分で掃除しているときにあんな感覚は感じたことがない。


『明日も頼んだけど……早まったかなあ』


 毎日あれをするのかと思うと、大丈夫か不安になる。


『……まあ、慣れたら大丈夫かな』


 少しばかりの不安を押さえ込み、目を瞑った。

 すぐに睡魔がやってくる。


『……』


 眠りにつくまでの一瞬、ふと思う。

 ……不安があるのは昨日と一緒なのに、今日はあっさり眠れるんだなあ、と。





これで二章は終わりです。

次は間章を二話ほど挟んで参照に入る予定です。

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