裏の話3
風邪を引いたあとから、あの人の雰囲気が柔らかくなった。
笑顔と言葉数が少し多くなったと思う。
『え?十八、歳?』
『あはは、見えませんよね』
自己紹介をしたのも、その表れだろう。
少しだけ、距離が近くなった気がした。
『てっきり小学生かと』
『そこまでですか!?』
……まあ、小学生だと思われていたのは驚いたけど。
っていうかそんなに小さく見えるんだろうか。
体は確かに小さいけど、もう十八歳なのだ。仕草とかにこう、大人っぽいかんじが溢れてたりとか……
……
……まあいい。
そんな感じで私は少し仲良くなったあの人と過ごしていた。
私が料理を作って、夕飯を一緒に食べる、そんな日々。
特別な事は無いけれど、それまでよりずっと満たされていた。
……でもそんな中で、一つ問題が起こった。
角が痒くなってきたのだ。それも、いつもとは違って掃除しても良くならない。
それどころか段々悪化してる気さえした。
角の痒みは私たち羊獣人にとって、とても恐ろしいものだ。
他の人、羊獣人以外の人にはわからないだろうけど、それが人生をめちゃくちゃにする事もあるということを、私たちは良く知っている。
夜眠れず、精神を病み自殺してしまった人がいた。
角を切り落とし、何年も経った今でも苦しみ続けている人がいた。
……その人たちを知っているからこそ、私もそうなるんじゃないかと不安になった。
あの時、痒くなった日の夜、布団に横になっても眠れなくて、怖くて体が震えていた。
時間が経ったら治るんじゃないかと現実逃避しても治らなくて、強く擦ったら治るんじゃないかとベッドのカドに角をこすりつけても治らなかった。
息が荒くなってきて、何かないかと部屋の中を見回して、当然のように何もなくて。
部屋の中に一人でいるのが怖くて、痒みもどんどん悪化してきてる気がした。
耐えられなくて、部屋を飛び出して……そしてあの人の部屋に飛び込んだ。
そうしたらあの人は私を暖かく迎えてくれた。
深夜なのに、突然押しかけたのに、それでも。
私がどれくらい安心したか、どれくらい嬉しかったか。
角の掃除をお願いしても快く了承してくれて、部屋の中なのについあの人に駆け寄ってしまった。
……思い出すと少し恥ずかしい。
そして、あの人の前に座って、ブラシを手渡した。
……ただ、ここから先は予想外だった。
考えてみると、私は他人に角を掃除されるのは初めてだった。
もちろん少し当たるくらいならあったけど、磨いたりとかは私が自分でしていたからだ。
私は、人に角を触られるということがどういうことかわかっていなかった。
……最初、角を触られた辺りからおかしいとは思っていた
軽く握られたときには背筋がぞわってして、やっぱり止めてもらおうかとも思った。
でも、そんな時に私の頭に浮かんだのは、私からお願いしたのに失礼なんじゃないかという言葉だった。
結局そのまましてもらうことになって。
あの人の持つ歯ブラシが、段々と近づいて私の角に触れた――
――その時、パチリと電気がはじけた気がした。
頭と背筋がビリビリして、軽く触っているだけなのに、くすぐったいような、背筋がぞわぞわするような感覚。
変な声とよだれが出そうになるのを必死で抑えた。
◆
しばらくして、ようやく終わった時にはへとへとになっていた。
病院などの話をした後、逃げ出すように部屋に戻る。
布団の中に戻った後、頭を埋め尽くしていたのは治ってない痒みではなく、あの良くわからない感覚だった。
『なんなんだろう、あれ』
一人で呟いても何もわからない。
初めて感じるような、おかしな感覚。
『……でも』
……知らないのに、わけがわからないのに。
……どういうわけか、あの感覚が嫌いじゃなかった。




