変わったこと
少しだけ、生き方を変えてみたいと思った。
ほんの少しだけど、人と関わって生きていく方に。
出来るかどうかはわからない。
ずっと一人で生きてきた僕にとって、それは想像も出来ない事だ。
わからない事だらけで不安になるし、逃げたくなる。
……でも。それでも。
あの少女の前では、もう少しちゃんとしていたい。そう思うから。
◆
『え?十八、歳?』
『あはは、見えませんよね』
その一環として自己紹介――前回の名前だけとは違ってもっと詳しいやつ――をしたところ、衝撃の事実が明らかになった。
彼女の年齢が十八歳だった。
正直、今でも信じられない。
低い身長に幼げな顔立ち。
外見的には小学生か、せいぜい中学生にしか見えないのだ。
『その、申し訳ない。すっかり勘違いしてた』
『いえいえ』
つまり、少し前に彼女を心配していたのは完全に大きなお世話だったと言う事だ。
あの時は夜なのに子供が一人で大丈夫なのか――なんて考えたけれど、十八歳なら何も問題はない。
……少し、勘違いが恥ずかしかった。
『てっきり小学生かと』
『そこまでですか!?』
……でも、そのおかげでもあるんだろうと思う。
もし、彼女の外見が幼くなければ、年齢相応の外見だったのなら、僕は彼女と昔の自分を重ね合わせはしなかっただろう。
おそらく、僕が声をかけることもなかったはずだ。
あの雨の日、僕が彼女に話しかけたのは、昔のことを思い出したためなのだから。
僕はきっと、幸運だった。
◆
「ご馳走様、今日も美味しかったよ」
「おそまつさまです」
夜。
夕飯を終え、彼女にお礼を言う。
そして、目の前の二人分の食器を集めて流しへと運んだ。
「じゃあ、洗っておきますから、座っていてください」
「……ありがとう」
風邪を引いた後位から、彼女と一緒に夕飯をとるようになった。
どうせ同じものを食べるのだから、と彼女が誘ってくれたのがきっかけで、いつも僕の部屋で食事をしている。
どうやら僕が仕事から帰ってくる時間に合わせて料理を作ってくれているようで、部屋に入ると夕飯の準備が出来ていることが多かった。
「お茶です」
「……ありがとう」
ついでに洗い物もお茶の準備もしてくれて、至れり尽くせりだ。
正直、少し申し訳なくなってくるくらいである。
「…………ずず」
……やっぱり僕もなにかしたほうがいいんだろうか。
彼女が動いているのにこうして座ったままというのは、ちょっと落ち着かない。
……でも、彼女がやりたがるんだよなあ。
私がやりたいんですとまで言われては、反論しづらい。
無理に説得してまで家事をしたほうがいいのか、僕にはわからないのだ。
……やっぱり僕には人生経験が足りない。
恥じ入るばかりだった。
「……んーー」
そんなことを考えていると、彼女が鏡の前で唸っていた。
洗い物はあっという間に終わって乾燥棚に並べられている。
「……んーー?」
……しかし、何をしているんだろう。
彼女は頭に生えた角を鏡に映しながら根元の辺りを引っかいていた。
「……どうしたの?」
「角が、ちょっと痒くて」
へえ、角が。痒くなるものなんだ。
……って、え?
「……え、それって神経通ってるの?」
「はい、一応。皮膚とかに比べると鈍いんですけど」
……そういうものなのか。
いや、でも考えて見ると当然なのかもしれない。
以前、牛の角には神経も血管も通っていると聞いたことがある。
獣人と自然界の動物を一緒にするのはどうかと思うし、彼女は多分牛ではなく羊だけど、そういう点ではきっと同じなのだろう。
あんな硬そうなものに神経が……というと違和感もあるけれど、人間の歯にだって神経や血管は通っているわけだし。
「角の掃除も結構大変で。
手入れをサボるとすぐ痒くなっちゃうんですよねー」
「……そうなんだ」
彼女の角は細かい溝がたくさんあって掃除も大変そうだ。
どういう風に掃除をしているのかは知らないけれど、時間もかなり掛かっているんじゃないだろうか。
……獣人は大変だなあ。
ポケットから出した歯磨きで角を掃除している彼女を見ながら、そう思った。




