でろねこ
ねこはかわいい。
それは1+1が2であるように、地球が球体であるように、いざ証明しろと言われれば難解極まるものであるが、しかし、それは周知の事実であって、その事実はどうしようもなく真実なのだ。
ねこがいた。
私の目の前、道端にねこがいた。キジトラのねこだ。私は可愛さのあまりそっと近づこうとするが、私が一歩近づくと、そのねこは一歩後退する。私が一歩右に行けば、そのねこもまた一歩左へ行く。鏡を見ているようで無意識に少し微笑んだ。いやいや、まてまて。いまこの場面を誰かに見られたら、どう思われるだろうか。道端で、女子高生が、ねこ相手に一人微笑んでいる。文字に起こせば可愛らしい話だが、一人称視点に置き換えると気味が悪い。ましてその女子高生は私なのだから。
ねこはなかなか去らなかった。
もとより警戒している様子すらないのだが、いつまで経っても私の前に立ち尽くすそのねこに、私もいい加減飽きてしまって、そろそろ帰ろうとその場を去ろうとした。
すると何故だろう、そのねこもそろりそろりとこちらへ来るではないか。私は何故だか怖くなって、足早にその場を去ろうとした。
だが人科人族がネコ科ネコ属に及ぶべくもなく、その距離は遠ざかりも縮まりもしなかった。本当に鏡だとでも言うのか。
私はいよいよ怖くなった。交番へ行こうか?いやいや、人ならまだしも、猫に追われて警察に頼る阿呆がいるか。あらゆる考えが逡巡した後、私は遂にそのねこの方を振り返った。
「なんでついてくるの?」
私は阿呆だ。一人微笑むのみならず、話しかけてしまうとは。文字に起こしても気持ちが悪い。いろんな策の中でどうしてこんなのを選んでしまったのか。私の後悔もつゆ知らず、ねこは呑気にこう言った。
「ぼくを飼ってほしいにゃ」
ねこは喋った。
ねこは喋った?何を言っているんだ私は。それは1+1が3であるかのような、水平線の先が崖であるかのような、それ程に素っ頓狂な話であって、現実であるはずがない。私は寝耳に狐に豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ねこだってしゃべるにゃ」
ねこは続けてこう言った。
ねこだってしゃべるにゃ?何を言っているんだこのねこは。というかそもそも何故言えるんだ。ねこが喋る?そんなことがあっていいのか。いや、でも実際目の前のねこはしゃべっているし。ねこだってしゃべるらしいし。本人が言ってるなら仕方がないか...?いや、ほんと、なんで言えるのって話なんだけれども。
たしかに、1+1は3にでも4にでもなるって少年誌で言ってたし、私は水平線を越えたことがないし、もしかしたらねこだって喋るのかもしれない。そんなねこがいたっていいじゃないか。ナンバーワンよりオンリーワンってどっかの誰かが言ってた気がする。第一かわいいし。かわいいは正義って言うし。そんなわけで思考を巡らせた私は、そのねこを飼ってあげることにした。
「僕が言うのもにゃんだけど、君って変わってるにゃん」
ねこに嫌味を言われた私は、帰り道一人で微笑んだ。