【07】冒険者
右から振るわれた丸太の棍棒を潜り抜け膝元に斬撃を横一閃。
血飛沫と共に倒れ尻餅をついたオーガの腹を踏みつけながら、ルミナはその喉元にブロードソードの切っ先を突き立てる。
すると前方左右から三匹のオーガが一斉にルミナ目掛けて棍棒を振りおろそうとした。
しかし、同時にアーシェの放った矢が、左右のオーガの側頭部へと次々に突き刺さる。
同時にルミナは剣を縦に掲げて跳ねる。
「いやぁっ!」
前方にいたオーガの頭部を喉元からブロードソードで貫く。のけぞったオーガの後頭部から剣先が突き出た。
ルミナはそのまま右足でオーガの腹を蹴り飛ばす。
三匹のオーガが天を仰ぎながらそれぞれの方向へ倒れる。
すると、その背中が地面へと付く直前だった。
少し離れた後方で様子を窺っていた残り二体のオーガが、サクヤの放った【爆発】の魔法で吹っ飛んだ。
爆炎と砂埃が立ち込める。
オーガ達は炎と血にまみれて地面を激しくのた打ち回っていたが次第に弱々しくなり、動かなくなった。
ルミナが、ぶん、と妖精銀のブロードソードにまとわりついた血をはらう。
その瞬間だった。
拍手喝采が鳴り響く。
隊商の護衛と商人達であった。
「いやはや、どーも、どーも」
照れくさそうに頭をかきながらルミナの元へ駆け寄るアーシェ。その少し後ろにサクヤが続く。
「アーシェちゃん、サクちゃん!」
「いやー、あれくらいなら、あたし達が出張るまでもなくルミナひとりでも余裕だっただろうけどね」
「うむ。念の為だ」
「ううん。助かったよ、二人とも。ありがとう」
などと三人で話していると護衛のひとりが歩み出てくる。白銀のプレートメイルに身を包んだ戦士で、三人の元までやって来ると兜を脱いだ。
「ご助力、感謝する」
そう言って三人に右手を差し出したのはアッシュブロンドの男だった。歳は三十過ぎといったところか。真面目そうで、それなりに整った顔立ちをしている。
「どっ、どうも……です」
レオナルドのせいですっかり成人男性が苦手になっていたルミナは、脅えた表情でその右手を握り返す。
同じ様にアーシェとサクヤも緊張気味に彼と握手を交わした。
すると三人のぎこちない態度に気を悪くした様子も見せず、アッシュブロンドの男が名乗りをあげた。
「俺の名はブラウン・マーカス。このマーカス隊のリーダーだ」
三人は、きょとんとした表情で顔を見合わせる。
「……いやはや危ないところだった。君達が来なかったらと思うと、こちらにも少なくはない被害が出ていただろう」
ブラウンがばつの悪そうな表情で頭をかいた。
ルミナは居心地悪そうに、もじもじとしながら苦笑する。
「……よっ、余計なお節介かと、おっ、思ったんですけど、放っておけなくて……オーガは危険なモンスター……ですから」
ブラウンは鬼神の如き強さを見せていたルミナのしおらしい態度に苦笑する。
「ははは。そのオーガ六匹をたったの三人であっという間に倒してしまえるのだから君達は大したものだよ。……それで、つかぬことを訊くが君達はもしや、あの勇者パーティではないのかね? 確かこの辺りに滞在中であると小耳に挟んだのだが」
ブラウンは三人の顔を見渡した。
するとアーシェが少し慌てた様子で両手を振り乱し否定する。
「いや、えーっと、違います。勇者パーティじゃありません。あたしはアーシェラ。こっちはルミナス。そして、サクラです。しがない旅の者でして」
機転を効かせて咄嗟に偽名を名乗る。
ブラウンは顎に手を当てて首を捻った。
「ふむ。勇者パーティも、まだ年若い女の子達だと聞いていたものでな。君達も相当な腕利きなので、もしやと思ったのだ」
「あははは……あたし達みたいな者が、あの勇者パーティだなんて、とんでもありませんよー」
アーシェは頭をかきながら笑って誤魔化す。
「いやいや、謙遜するな。ところで君達はこれからどこへ? 急ぐ旅でなければ、なにかお礼をさせてもらいたいのだが」
「あー……」
と、流石のアーシェも言葉に詰まり、他の二人と顔を見合わせる。
気まずい沈黙の後、ルミナがおずおずと声をあげる。
「えっと、わたし達……西へむかっていて……」
「西へ? という事はロブナン港かな?」
「あ、はい。そうです。そのロブナン港に行きたいんですよ、あははは」
アーシェが適当に話を合わせた。そうとは知らないブラウンは納得した様子で頷く。
「ふむ。ロブナンなら我々と行き先は同じだな」
そこでアーシェのわき腹をサクヤが右肘で突っつく。
「なんだよ」と小声で応じるアーシェ。
「この人に仕事の事とか色々聞いてみた方が良いのでは?」
と、サクヤがアーシェに耳打ちする。
「……で、でも、信用できるかどうか、わからないぞ?」
などと、やりとりしていると――
「あの……実はわたし達、仕事を探していて……」
ルミナが直球の質問をブラウンにぶつけてしまった。
サクヤとアーシェは「あちゃー」と顔を見合わせて頭を抱える。
「ほう。なるほど」
「それで、その……わたし達にもできる仕事がどこかにあればなぁって……」
そのルミナの言葉を聞いたブラウンは唐突に呵々と笑いだした。
「ぶっ……ふははははは……」
「なっ、なにが可笑しいんですか?!」
ルミナが半泣きで問い質した。すると、
「ふはは……君達にもできる仕事だと?! あっはっは……」
爆笑するブラウンを目の当たりにした三人は、次第にしょんぼりと肩を落としていった。
「やっぱり、わたし達みたいな子供が仕事って、おかしいのかな?」
「……だなー、世間は厳しいなー」
「渡る世間はオーガばかり」
そんな三人を後目にブラウンはひとしきり笑ったあとで「ごほん」と咳払いをする。
「おや。これは失礼……君達ならば引く手数多であろうに、なにを悩んでいるのかと、おかしくなってな」
「ヒクテアマタ?」
ルミナが首を傾げる。しかしブラウンは、その問いに答えようとせず、少し興奮気味に言った。
「もしよければだが、君達うちへ来ないか?」
その彼の突然の申し出に、三人はきょとんとした表情で顔を見合わせる。
「君達の様な腕利きなら、我がギルドも大歓迎だよ」
「あのー……」
アーシェがおずおずと質問する。
「ギルドって、なんですか?」
「おお。これまた失礼。ギルドとは冒険者ギルドの事だ」
ルミナが再び首を傾げる。
「ボウケンシャ?」
「そうだ。冒険者というのはモンスターを討伐したり、未開の地や遺跡を探索したり、こうして隊商の護衛をしたりもする……いわばなんでも屋の様なものだ。ギルドとは、その冒険者同士の相互扶助を目的とした組合の事だよ」
戸惑う三人にむかって、ブラウンは人の良さそうな笑みを浮かべながら両手を広げる。
「我々、自由騎士同盟は、君達を歓迎する!」
詳しい話は町に着いてからという事になり、三人はブラウン達の馬車に乗せてもらう事になった。
その馬車の荷台にはルミナ達以外の者はいない。ブラウンが気を利かせてくれたのだ。
「……どうする? 冒険者だって」
御者に聞こえない様に声をひそめ、アーシェは二人の顔を見渡した。
「でも確か、冒険者は食い詰めたロクデナシ共が最後にやる職業で、社会的な底辺労働者だと前に聞いた事がある」
サクヤが渋い顔で言った。勿論、それは偏見にまみれたレオナルドの教えであった。
「でっ、でも……わたしはブラウンさんは良い人だと思う……ちょっとだけ、怖いけど」
ルミナが異を唱える。
「あたしもとりあえず話を聞いてみても良いと思う。ていうか、あのおっさんが言った事なんて当てにならないよ。あいつ嘘吐きだし」
アーシェも苦笑しながらルミナに同意する。
その二人の意見を聞いてサクヤも認識を改める。
「それもそうだな。己の目で見た印象より彼の見解を鵜呑みにしてしまうとは。私とした事が……」
そう言って悔しそうに歯噛みした。
そこでアーシェが真顔になる。
「ま、でも、あのイカレたおっさんみたいに怖い大人がいるのも事実だ。油断はしない様にしよう。あたし達の方が強いけど、食べ物とかには気を付けようぜ。変な薬でも盛られたらたまらない」
ルミナとサクヤは緊張した面持ちで頷いた。
そこはバラックや怪しげな酒場、麻薬窟などが建ち並ぶロザールの裏通りだった。
その一角にある娼館と娼館の間に延びた地下への階段を降りるのは、あのレオナルド・ホワイトであった。
この時の彼の服装は何時もの聖職者然とした格好ではなく、フードつきのマント姿に鼻から上をマスクで覆っていた。
やがてレオナルドは階段を降りた先にある錆びた鉄の扉の前に辿り着く。その扉を押し開いた。
すると扉口の向こう側には、ランプで照らされた奥に長い空間が広がっていた。
そこは呪われた品や危険な魔法道具を無許可で違法売買する闇市である。
レオナルドは不気味な品々が並ぶ棚の間を通って最奥まで辿り着く。
すると、そこには木製のカウンターがあり、腰の曲がった鷲鼻の老人が嫌らしい笑みを浮かべていた。
レオナルドはカウンターの前まで来ると老人にむかって声をかける。
「……“負け犬の首輪”はあるかね?」
「いくつ?」
老人の質問にレオナルドは右手の指を三本立てる。
「三つ……いや、あるだけ全部くれ」
すると、老人が肩を揺らして笑う。
「ヒッヒッヒ。ちょっと、待ってな」
そう言って、カウンター奥のカーテンの向こうへと姿を消す。
負け犬の首輪とは、その昔、奴隷用に開発された魔法の拘束具の事である。
これをつけられた者が首輪の持ち主に不満を抱いたり、逆らおうとすると電撃が全身を駆け巡る仕掛けになっていた。
ややあってカーテンの奥から老人が現れて、不気味な魔法文字の刻まれている黒い首輪を合計八つ、カウンターの上に置いた。
変わりにレオナルドは金貨のぎっしり詰まった革袋を袖の中からとりだし、首輪の隣に置いた。
「一応言っとくけど例え相手が奴隷の身分であっても本人の同意なくこの首輪を使ったら違法になっちゃうからね?」
「ああ。知ってるよ」
レオナルドは、にやりと口元を歪める。
老人は革袋の中の金貨を数えながらぼやく。
「まったく、最近は人権だなんだって、面倒なのが多くて困るやね。世の中、魔王との戦争だってのに、そんな事、言ってる場合かっての」
「いや……。大切に育ててやっていた子猫達が逃げだしてね。今度、あいつらが帰って来たら、もっと厳しく躾たいんだ」
「子猫、ね。ヒヒッ」
老人が、不気味にほくそ笑む。
「……だから大丈夫。人間相手に使う訳じゃあない。あいつらは事もあろうに正しい私に逆らった。つまり、まだ分別のつかない獣と同じって事だ。だから人間じゃないんだ、あいつらは。人間じゃあない」
レオナルドが血走った目を大きく見開き狂気じみた笑みを浮かべると、老人は肩をすくめる。
「そうかい。ヒッヒッヒ……私はなにも知らないよ。なにも聞かなかった。ヒッヒッヒ……」
「他にも品物を見たいんだが良いかい? 子猫を捕まえたり躾たりするのに使える道具が欲しいんだ。薬なんかもあると良い……そうだな。弛緩薬や睡眠薬……依存性の強い幻覚剤もあるといい。できれば無味無臭のやつで頼む」
レオナルドは醜く歪んだ唇に、ナメクジの様な舌を這わせた。




