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【49】クラウ・ソラス


「私が合図したら、ルミナはあのゴーレムの右足のあそこ……」

 サクヤはいちいの杖で、ゴーレムの右足首の外側を指した。そこには大きな亀裂が入っている。

「あそこを思い切り狙って欲しい。あの傷をもう少し大きくできれば自重で右足首を折る事ができるはず。ルミナの超全力攻撃ならきっといける。隙は私が作る」

「私とアーシェラさんは?」

「二人も、ルミナのサポートを……なるべくあいつの狙いを散らしたい。囮役を頼む」

「わかった」

「了解よ」

 アーシェとクローディアの返事に頷くと、サクヤは【爆発ブラスト】の呪文を詠唱し始める。

「サクちゃん……その魔法は効かないんじゃ」

 ルミナが不安げに眉をひそめる。

「大丈夫。この天才魔法……こほん、私を信じて」

 呪文を唱え終わり、【爆発】を〈遅延魔法ディレイスペル〉したサクヤが言った。

 ルミナは「わかった」と返事をして、財宝の前で四本腕を広げ、仁王立ちするゴーレムを見据えた。

「それじゃあ、サクラさん。何時でも合図を頂戴。私は正面から突っ込むから、アーシェラさんは、ルミナスさんの反対側からお願い」

「わかった、クロちゃん隊長」

 アーシェは、腰の後ろに吊していた短剣ダガーを逆手に抜く。

「じゃあ、零で突撃」

 サクヤが櫟の杖を振りあげ、カウントを読み始める。

「さん……にー……いち」

 杖が振りおろされる。


「ぜろ!!」


 その瞬間、ルミナ、アーシェ、クローディアが一斉に駆けだす。

 そして、ゴーレムが突っ込んできた三人を迎撃しようと石鎚を振りあげた瞬間だった。

 サクヤが【爆発】の魔法を放つ。今度はゴーレムの顔目掛けて。

 閃光。

 そして爆音が鳴り響き、洞窟内の空気を振るわせた。

 やはりサクヤの魔法は、まったくダメージを与える事はできなかった。

 しかし、ゴーレムは周囲をきょろきょろと見渡すだけで、振りあげた石鎚を叩きおろそうとしない。

 完全にその動きが止まる。

「ふっ、やはりな……」

 その様子を見てサクヤは自分の推測が正しかった事を確信する。

 このゴーレムは視覚だけではなく、温度でも敵を感知していたのだ。

「ルミナ! 今だっ!」

 サクヤが叫んだ。ルミナは、こくりと一度だけ頷き、そのままゴーレムの右足へ目掛けて突っ込む。

「いやああああーっ!」

 可愛らしい雄叫びをあげて、くるぶしの亀裂目掛け、妖精銀ミスリルのブロードソードをフルスイングする。


 ――がきん!


 という金属音。

 それと共に、根元から折れたブロードソードの刀身がくるくると宙を舞った。

 一瞬、時間が凍りつく。

「……妖精銀の剣が」

 クローディアは唖然と呟く。

「ちっ、武器の方が持たなかったか……」

 サクヤは忌々しそうに舌を打った。

 その直後、きょろきょろと周囲を見渡していたゴーレムの首の動きがとまる。【爆発】の熱と光で奪われていた視界が元に戻ったのだ。

 ゴーレムは四本の腕を振りおろし、石鎚でなぎ払い、叩きつける。

 ルミナとクローディアにむけて怒涛の連続攻撃を開始する。

 二人は右往左往しながら攻撃をかわし続ける。

「もう一度、【爆発】の魔法で……」

 サクヤが呪文の詠唱を開始した、その時だった。

「ルミナ! こいつを使え!」

 アーシェだった。

 ゴーレムが視覚を失っている隙に抜け目なく混沌の卵の元へと駆け寄った彼女の手には煌びやかな剣――クラウ・ソラスが握られていた。

 アーシェは短い助走をつける。

 大きく踏み込んで、くるりと竜巻の様に一回転し、両手持ちしたクラウ・ソラスを空中に放り投げる。

 くるくると回転し、山なりの軌道で宙を舞うクラウ・ソラス。

 そして、ついに――


「アーシェちゃん、ありがとう!」


 こうして伝説の聖剣は、長い年月の果てに『勇者』の手の中に収まった。




 その少し前。

 サクヤの【爆発】で視界を奪われたゴーレムの脇を通り抜け、アーシェは混沌の卵の元へと駆け寄る。

「にししし……流石は『賢者』様だぜー」

 そう呟いて、地面に転がる卵を拾おうとした瞬間だった。

 がきんっ! という音がして、アーシェは振り返る。

 そこで、ルミナの一撃が失敗に終わった事を知った彼女は耳をしおれさせ、肩を落とした。

「まじかー……」

 ゴーレムの視界が戻り、距離の近いルミナとクローディアに連続攻撃を仕掛け始める。

 その時だった。

「ひゃっ!!」

 アーシェは不意に右肩を掴まれた様な気がして振り返る。

 すると、そこには、

「うわっ! なんだー?! 何時の間に……」

 褐色の肌を持つ大男が立っていた。

 アーシェと同じ尖り耳だったが、男の額には二本の角が生えている。

 男は優しげな微笑みを浮かべると、右手で指差す。

 その先には、床に刺さったクラウ・ソラスがあった。

 アーシェは弾かれた様に、右手の短剣を投げ捨て、床に突き刺さったクラウ・ソラスを抜いた。




 ルミナが宙を舞う聖剣クラウ・ソラスの柄を右手で掴みとった直後だった。

 頭上にゴーレムの石鎚が迫る。

 もうかわすのは、間に合わない。

「ルミナスちゃん!」

 クローディアの絶叫が轟く。

 ルミナは腹をくくって聖剣を頭上で横に倒し、踏ん張った。


 ――ばきんっ!


 地割れの様な音。

 石鎚が砕け散り、その破片がルミナの周囲に落ちる。

「嘘でしょ……いくらなんでも……」

 クローディアは唖然とする。

 流石のアーシェとサクヤも目を丸くしていた。

 当のルミナ本人も驚いている様だった。そんな彼女の左側から別な腕により振るわれた石鎚が迫る。

 ルミナはその一撃をかわすと、聖剣を高々と振りあげて丸太の様に太いゴーレムの手首をあっさりと砕いた。

 その光景を見ていたサクヤが我に返って叫ぶ。

「ルミナ! その剣ならいけるっ! やってしまえ!」

「残りの腕の攻撃なら私が引きつけるわ!」

 クローディアが正面から突っ込む。

「わかった、サクちゃん! クロちゃん隊長!」

 ルミナが石像の右足に迫る。クローディアが正面から突っ込み、残り二本の石鎚の攻撃を連続でかわす。

 ルミナは大声で叫んだ。

「今度こそ、行くよー!!!」

 クラウ・ソラスを両手持ちにして豪快なフルスイング。

 盛大な破壊音が鳴り響き、ゴーレムの右足首が砕けて折れた。

 その巨体が大きく傾き、ゴーレムは前方の地面へと倒れ込む。

 ルミナとクローディアは、押し潰されない様に退避する。

 凄まじい轟音と振動。

 鍾乳石が雨の様に降りそそぐ。

 それが、やむのと同時だった。

「いやー!」

 クラウ・ソラスを掲げたルミナが高々と跳躍し、起きあがろうとしていたゴーレムの首に刃を叩きつける。

 ゴーレムの首に大きな切れ込みができて、ひび割れて砕ける。

 これによりゴーレムは、その活動を停止した。




 四人は混沌の卵の元へと集まる。

「……アーシェちゃん、この剣、ありがとう」

「にゃははは……お礼なら、あそこにいる角のはえたデカい人に……」

「角のはえたデカい人?」

 ルミナが首を傾げた。

「角のはえたデカい人が、その剣を使えって教えてくれたんだ」

 そのアーシェの言葉に、サクヤは首を傾げた。

「お前、なにを言っているんだ?」

 当然ながら【光球ライト】の明かりで照らされた範囲には、四人以外の姿はない。

「あれー?!」

 アーシェはきょろきょろと辺りを見渡す。

 その視線が、混沌の卵の近くに横たわる白骨死体でとまる。

「あの骸骨……角がはえてる」

「きっと、あれは魔族の骨だな」

 と、サクヤが言うと、ルミナはその骨の傍らに立って見おろす。

「……この骨が魔族の」

 世界を暗黒時代に導いた魔王を自称する男は魔族なのだという。

 おまけにルミナ達は差別的なレオナルドに、繰り返し魔族は悪であると言い聞かされてきた。

 レオナルドの言う事など最早、欠片も信じていなかったが、それでもルミナの中での魔族の印象はそれほど良い物ではなかった。

「……もしかして、この魔族さんが、ずっと混沌の卵の爆発を抑えててくれたのかな……」

「かもしれない。この混沌の卵は普通ならば、どんなに長くても十八ヵ月経てば爆発していたはず。何故、二千年もの間、爆発しなかったのか、この私にもわからない。誰かが時計の針を巻き戻し続けていたとしか……」

「やっぱり、この魔族さんが……」

 根拠はない。しかし、ルミナには何故かそんな気が強くした。

「……ありがとう、魔族さん。今まで、この島を守ってくれて」

 ルミナは名も知らぬ魔族に心から敬意の念を抱いた。

 それから四人はしばしの間、名も知らぬ魔族に祈りを捧げた――。


 そして、

「じゃあ、サクラさん、お願い」

「うむ」

 サクヤが櫟の杖の先端を床に置いた混沌の卵にあてる。

 そして、起動停止の呪文を唱えた。

 詠唱が終わると卵の上に魔法陣が浮かびあがり、くるくると回転し始める。

 次第に青白く輝き始めると魔法陣が、ふっと消えた。

「これで、大丈夫」

 サクヤが胸を張る。

 一応、これで再起動しない限り爆発はする事はないが、混沌の卵内の破壊の力が抜けた訳ではない。

 これから専用の施設で破壊の力をゆっくりと抜いてから、混沌の卵を解体しなくてはならない。

「いやー、終わった、終わった」

 と、アーシェが疲れた笑みを浮かべた。

「これで、やっと帰れるね!」

 満面の笑顔でルミナは微笑む。

 するとクローディアが溜め息をひとつ吐いて肩をすくめた。

「まだよ。このお宝の山を全部運ばないと、今回の探索は赤字になっちゃう。それに……」

「それに、なに?」

 ルミナが首を傾げる。すると、クローディアは魔族の骸骨に目線を移して優しい微笑みを浮かべた。

「この魔族さんのお墓も作ってあげないとね」

「あ、そっか! そうだよね!」

「……日当たりの良いところにしてやろうぜー」

「うむ。ちゃんと墓前で弔いたい」

 三人の言葉の後にクローディアは、鍾乳洞の出口のある方向へと歩きだす。

「さあ、とっとと帰るわよ」

「はい、クロちゃん隊長!」

 ルミナ、アーシェ、サクヤの返事が元気良く響き渡った。


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