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【41】状態異常解除


 それから四人は白鯨亭で一泊したあと、準備を整え、さそり沼へと出発する。

 アイオンからさそり沼にむかうには、町の南側を西から南東へ横切る丘陵地の森を越えなくてはならない。

 道はあるにはあるが酷い悪路な為、馬車は使えず徒歩での移動となる。

 しかし、出発してから二日目の夜、密林を縄張りにするダイアーウルフの群れと戦闘になった以外は特に何事もなく、順調に旅は続く。

 そして、三日目の昼過ぎだった。

 長い下り坂を行く最中、クローディアが、ごほっ、ごほっ、と咳き込みながら周囲を見渡した。

「なんか、立ち枯れた木々が多くなってきたわね……」

 彼女の言葉どおり、周囲の木立の様子が明らかに変わってきていた。

「そろそろ、霧の毒素がでてきた。風もないし【対水性防御壁ウォータープルーフ】の魔法を使う」

「お願いするわ。サクラさん」

 サクヤは「うむ」と頷き、【対水性防御壁】を自らにかける。この魔法は対象物を中心とした円形の空間が効果範囲となる。

 この魔法をサクヤは自らにかけた。そのあと四人は、サクヤをとり囲む様にして坂を下る。

 そして、しばらく進むと突然、周りの木立が途切れて、視界が紫色に染まる。

「……これ全部、毒霧なの?」

 ルミナが不快感を、その表情に滲ませる。

 彼女達の前方には、ぼこぼこと泡立つ紫色の沼地の縁がうっすらと見えた。如何にも毒々しい。

 その沼地を眺めながら、アーシェがのんきな調子で感想を述べる。

「ブルーベリーみたいで美味しそうな色だなー」

「お前……流石だな」

 サクヤが呆れ顔をする。そんな彼女にクローディアが問うた。

「……それで、これから、どうするの? サクラさん」

「とりあえず、もう少し沼地まで近づく。それから、魔力がすっからかんになるから、探索は明日にして欲しい」

「わかったわ。それじゃあ、お願い。サクラさん。魔力欠乏には気をつけてね?」

「うむ」

 サクヤは四人と共に沼地の縁まで歩む。

 そして杖を構えると、サクヤは呪文を唱え始める。

 それは、水属性の初級魔法【毒消しキュアポイズン】だった。

「……威力を最大限に高める」

 魔法の威力は本人の資質や魔力を操る技術の他に、その魔法で消費される魔力量によって決まる。基本となる魔力消費量を更に増やす事で魔法の威力を通常よりも強化できる。

「……サクラさん、この沼地の毒状態を解除しようというの?!」

 クローディアは驚く。

 通常、この【毒消し】は、毒物に犯された者を治療する・・・・魔法だ。

 汚染された沼地をきれいにするなど、そんな使い方は見た事も聞いた事もない。

 一方、ルミナとアーシェはというと、

「やっちゃえ、サクちゃん」

「サクと毒沼の対決だー!」

 と、それほど驚いていない様子だった。

 サクヤは精神を集中させ、いちいの杖の先端を沼地の水面につける。

 じゅっ、と音が鳴り、杖の先端から煙があがったのと同時だった。

 青白い閃光が辺りを包み込む。

 クローディア達は、思わず目を瞑る。

 サクヤの声が聞こえる。

「仕上げ。周囲に漂う毒霧を吹き飛ばす」

 次にサクヤは風属性の上級魔法【暴風ワールウインド】の呪文を唱えた。

 今度は魔力の量を少し減らして威力を弱める。

 風が吹いた。四人は目を開く。すると四人のいる岸辺からかなり離れた場所の水面に、小さな竜巻がそそり立つ。

 周囲の空気が流れだした。

 沼とその周囲の毒霧が見る見る拡散していった。

 そして――


「凄い……」

 クローディアは自分の目が信じられなかった。

 つい少し前まで立ちこめていた毒々しい紫色の濃い霧が、すっかり消え失せて周囲の風景が晴れやかに見通せた。

 沼の水面も濁ってはいたが普通の泥水で、不気味な気泡はどこにもあがっていない。

 沼地の中央にある島が見えて、そこには半壊した石造りの建物があった。どうやら、それがジム・マンソンゆかりの遺跡らしい。

「もう魔力は、ほぼすっからかん。ちょっと疲れたから休ませて……」

 サクヤは杖の石突きをぬかるんだ地面について、肩を落とした。

「サクちゃんお疲れ。流石は天才魔法少女だね!」

「にゃはー! この程度の毒沼は、サク様の敵じゃないわー!」

「本当に凄いわ。サクラさん」

「それほどでもある」

 仲間達からの賞賛を受けたサクヤは、少し疲れた顔でほくそ笑む。

 その瞬間だった。

 アーシェが尖り耳の先端をひくひくと動かして、周囲をきょろきょろと見渡す。

「どうしたの? アーシェちゃん」

「おしっこの我慢は体に悪いぞ?」

「なんか来る!」

 アーシェは沼の方へ目線をむけた。クローディアが、その視線の先を追う。

「いったい、なんなの?!」

 すると、足元が小刻みに振動し始めて、中央の島の近くの水面が一気に盛りあがる。

 ざぶん、と大きな水音を立てて沼の中から姿を現したのは、巨大な黒いモンスターの顔だった。

「なにあれ……主?!」

 クローディアは困惑気味に叫ぶ。

 それは巨大なナマズに似ていた。滑った鉛色の表皮に大きな口。その両脇から生えた長い髭。顎の下は薄黄色だ。どうやら沼地の泥の中に潜っていたらしい。

 そして、そのナマズには、両生類の様な四本の足がついていた。あのオールドビーストと同じぐらいの巨体だ。

 じゃぶ、じゃぶと、泥水をかき分けて四人のいる岸辺へと突っ込んで来る。

「サクちゃん、あのモンスターはなに?」

「わからない。多分、この前のカエルと同じく、太古の生物」

「サクがわからないって事は、よっぽどだな……」

「みんな、来るわよ! ここは足場がぬかるんでるから、少し引きましょう!」

 四人はクローディアに従って、距離をとる為に背をむけて岸辺から駆けだそうとした。

 その直前だった。

 ナマズは大きく口を開き、紫色の毒霧を一気に吹きだす。

 霧は四人を瞬く間に包み込むが、【耐水性防御壁】に弾かれて四散する。

「もしかして、このナマズが沼の汚染の原因だったの?!」

 ルミナの言葉に、サクヤが「おそらく」と、神妙な顔で頷く。

「しかし、これはやばい……あのナマズ、案外スピードがあるし、この毒霧の息の射程、思ったより長い」

「サクラさん、【耐水性防御】の持続時間は?」

「あと少しで切れる」

 サクヤはクローディアの質問に答えてから歯噛みする。

 このままでは【耐水性防御】の持続時間内に、毒霧の息の射程へ逃げる事ができない。そして、サクヤは既に魔力を使い過ぎている為、魔法をかけ直す事もできない。

「魔法の効果が切れる前に、あのナマズをぶっ殺さないと、確実にあの毒霧を食らう……」

 ナマズはもう間近まで迫っている。

 アーシェが連射式クロスボウのハンドルを回した。

「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」

 十五本のクォーレルがナマズにむけて飛んでゆく。

 しかしナマズは再び大口を開けて、毒霧を吐きだした。

 矢はすべて毒霧によって腐食し、沼地にぽとりぽとりと落下する。

 そのあとすぐに【耐水性防御】の持続時間が切れた。

「わたしが囮になって時間を稼ぐから、みんなはその間に逃げて!」

 ルミナがそう言って沼の縁を回る様に右側へ駆けだそうとした。

 その瞬間だった。

「待て、ルミナ!」

 アーシェだった。

 彼女は連射式クロスボウを構えるのをやめて、右手を突きだす。

「……アーシェちゃん?」

「アーシェラちゃん?」

 ルミナとクローディアが怪訝な顔でアーシェを見つめた。

 サクヤが声を張りあげる。

「トチ狂ったか! 落ち着け!」

「サクこそ、落ち着け……なにか忘れてるだろ? あたしも忘れていたけど」

 アーシェは飄々と微笑みながら右手を迫り来るナマズにむけて突きだし、呪文の詠唱を始める。

 その瞬間、サクヤは声をあげる。

「闇属性魔法!」

 アーシェは『盗賊』の他にも『闇術師』のクラスを持っている。

 『闇術師』は、闇属性の上級魔法までの適性を持ったコモンクラスである。

 ずっと、レオナルドに禁止されて使えなかった闇属性魔法を今ならば、思う存分に使える。

 その呪文をアーシェは唱え終える。

 すると、ナマズを中心に沼の水面に黒い影が広がる。その影から無数の黒いいばらが伸び始める。

「【悪夢の茨ナイトメアソーン】か!」

 サクヤの言葉に、アーシェはにやりと頷いた。

 【悪夢の茨】は闇属性の上級攻撃魔法だ。影で作りあげた茨で効果範囲内の対象を縛りあげる。

 敵の動きを封じると共に、棘と締め付けでダメージを与える事ができる、アーシェの奥の手であった。

「これが、アーシェラさんの闇属性魔法……」

 初めて目の当たりにしたクローディアは、そのあまりの威力に驚愕する。

 茨の蔦は瞬く間にナマズの巨体をがんじがらめにして、その動きを封じてしまった。更に茨はナマズを締めあげ、その棘を表皮に食い込ませる。

 ナマズは巨体のいたるところから、紫色の体液を滴らせながらもがくが、影の茨はびくともしない。

 それでも蔦で拘束された口を開き、どうにか毒霧を吐きだそうとするが――ぼふっ、と、口の端からわずかに紫色の霧が漏れただけにとどまる。

「武器は錆びるといけないから、あたしがとどめを指す」

 アーシェは連射式クロスボウを再び構え、矢筒の矢をありったけ撃ちまくる。

 それからしばらくして、ナマズの動きは弱々しくなり息絶えた。

「何時見ても、エグい魔法だ……だが、良くやった!」

「本当だよ、すごいよ、アーシェちゃん!」

「まさか、あのナマズをひとりで倒しちゃうなんて……」

 三人の賞賛の言葉に、アーシェは「にゃははは」と耳をぱたぱたさせながら微笑んだ。


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