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【39】次なる冒険


 ダンジョンを急いであとにして拠点へと戻る。

 そして、ミリアが隊の面々にかいつまんで事情を説明し、早々に撤収作業に入る。

 その間、アレクサンドラは手紙を書いてから、谷沿いの開けた場所で特殊な虹色の狼煙をあげた。

「なんだ、それー?」

 アーシェの問いにアレクサンドラが答える。

「これは、飛竜便を呼びだす狼煙よ……」

 飛竜便とは、馬よりひとまわり大きな飛竜を駆る運び屋達の事だ。

 こうして特殊な狼煙をあげると、近隣に待機中の飛竜乗りが飛んで来て、小包程度の荷物までなら世界中のどこへでも届けてくれる。

 早くて便利だが、料金はそれなりに高額となる。

 なお、この虹色の狼煙は各街にある飛竜便事務局で購入可能だ。

「へー。わたしも飛竜に乗ってみたいな!」

 アレクサンドラの説明を聞いたルミナが瞳を輝かせる。しかし、

「残念ながら、飛竜は気難しい性格。よほど気を許した者か、高度なテイム系スキルのある者以外には背中を許さない」

 と、サクヤ。

 ルミナは「なんだー。お空を飛んでみたかったなー」と、肩を落とす。

 すると、アーシェが耳の先をひくひくと動かしながら北の空を指差す。

「なんか来た! あれか?!」

 その雲間に突如として現れた黒い点は、みるみる大きくなり、彼女達の頭上へとやって来る。

 蝙蝠の様な大きな翼に長い尾と首。

 四本脚で、緑青ろくしょう色の鱗がその全身を覆っている。

 鋭い牙の並ならんだ口にはハミが噛ませてあり、そこから延びた手綱を背中の鞍に跨がった乗り手がしっかりと握っていた。

 見事なリンブドブルム種の飛竜であった。

「すげー、かっこいー!」

 アーシェは何やらツボにはまったらしく、ハイテンションではしゃいでいた。

 飛竜は風を巻き起こしながら、彼女達の近くに舞い降りた。

 乗り手が飛竜から降りて、被っていたフードを頭上からはたき落とし、目元を覆っていたゴーグルを額へとずらした。

「はい。まいどー。ご用件は?」

 少し気だるそうに言ったのは、黒エルフの青年であった。もっとも黒エルフも、エルフと同じで二十を過ぎた辺りから老化がとまるので、外見通りに青年だとは限らないのだが。

 その黒エルフに、アレクサンドラは、さっき書いたばかりの手紙を手渡す。

「この手紙、ランデルシャフトの自由騎士同盟ギルド本部まで届けて欲しいんだけど」

「あー、近いね。明日の日没までには届けられるよ。料金は三百……いや」

 そこで黒エルフの青年は、アーシェに目をとめると少し考えこんだあと言い直す。

「百でいいや」

 黒エルフはその外見が魔族に良く似ているという理由で、酷い迫害を受けた歴史を持つ。その為なのか民族主義的な意識が高く、同族には滅法甘い。

 アレクサンドラは「悪いわね」と、黒エルフの青年の右手に金貨を一枚乗せる。

「なあに。同族の血を引くその子を良くしてくれるんなら、お安いもんさ」

 そう言って、黒エルフの運び屋は、金貨と手紙を肩掛け鞄にしまうと、再び飛竜に跨がった。

 そして飛竜が翼をはためかせて浮かび上がる。

「なんか知らないけど、ありがとなー!」

 アーシェが両手を振りあげて叫んだ。

 運び屋は、そのままランデルシャフトの方向へと飛び去った。




 サクヤがあのゴーストから聞いた情報によると、混沌の卵があるのは風乙女の谷と呼ばれる場所にあるらしい。

 しかし、ルミナ達三人娘は勿論、このガステン島に在住しているクローディア、ミリア、アレクサンドラの三人にも、そんな地名には心当たりがなかった。

 二千年も前の地名なので、呼び名が変わったり忘れ去られたりしているのかもしれない。

 とりあえず、三日かけてランデルシャフトのギルド本部へと戻る事にした一行であった。




「……一応、議会を緊急召集して例の件を報告したんだけど」

 と、自由騎士同盟ギルド本部の執務室の机に肘をついて渋い顔をするのは、アメリア・ラッシュであった。

「ひとまず、事の真偽がはっきりするまで、この件を公にするのは、控えようという事で一致した」

 どうやら秘密裏に相談を持ちかけた魔法学院の専門家達の中でも、頻発する地震の原因が混沌の卵であるという者と、その説に異を唱える者がいて、意見が割れてしまったらしい。

 混沌の卵の周囲では、爆発の時が近づくにつれて、精霊の乱れが頻発する様になる。しかし、近頃のガステン島では、地震の少ない期間と頻発する期間で、およそ十八ヵ月おきの波があるというのだ。これは混沌の卵が原因だとするとありえないのだという。

 更に風乙女の谷という場所が実在するかどうか不明な点、滅亡すると考えていた世界に、ジムがわざわざ混沌の卵を仕掛ける動機が不明な事から、ゴーストの話は真実ではないと楽観的に構える者が、現状では多数派なのだという。

「因みに学者達によると、もしも地震の原因が混沌の卵によるものだったとすると、ここ最近の地震の頻度から概算して、爆発までさほど余裕はないそうだ。最短で三ヶ月」

「……それまでに、あのゴーストの言っていた話が本当なのか調査する。そして、本当ならば我々で対処する……って事ね? お母様」

「その通り。現時点での信憑性は薄くとも、万が一を考えると放っておけない」

 と、アメリアは娘の言葉に頷いた。

「とりあえず、スティルマン隊は南海岸にあるフォレステリアへ……」

 フォレステリアは、この島の先住民族であるエルフ達の町の事だ。

「クローディア隊は、島の北海岸のアイオンへ……」

 アイオンはドワーフ達の町である。

「すでにマーカス隊には、島の南西にある、最も遠方のテイルリングへむかってもらった」

 テイルリングは獣人族の町であった。

「それぞれ、以上の町を拠点に情報収集と捜索に励め。我が隊はランデルシャフトに残り、緊急時に備える。なにかあり次第、飛竜便でこちらに知らせる様に。まずは風乙女の谷とやらを見つけて欲しい」

「了解しました」

 クローディアとミリアは声をそろえて返事をした。

「それから、お前達を見張っていたスプライトの件も、此方で調査する」

「お願いします。お母様」

「もっとも……【使い魔の眼ファミリアアイズ】を使えるほどの術師となると限られているがな」

「もしかして、心辺りがあるのですか? マスター」

 そのミリアの問いにアメリアは、ほくそ笑んでその名前を口にする。

「フィオーレ・サルコファガス」

「まさか……お母様」

 クローディアが目を見開く。

「キノコの件を暴き立て、奴らがこの町を追われる切っ掛けを作ったのは我々だからな」

 アメリアの言葉にミリアは渋い表情で天井を見あげる。

「フィオーレとその仲間達は、全員レアクラス持ちで経験も豊富な腕利きです。厄介ですね……」

「奴らが我々を逆恨みして、良からぬ事をたくらんでいる可能性は充分にある。気をつけて事に当たって欲しい」

「はい。お母様」

「了解しました」


 二人は執務室をあとにして、それぞれ旅立ちの準備にとりかかる。そのあと早々に、クローディア隊、スティルマン隊はランデルシャフトを経つ事となった。

 そして、それはギルド本部の馬車置き場だった。

 横に並んだ三台の幌馬車のうしろで、アレクサンドラが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。

「それじゃあね……おチビちゃん達。お嬢様をよろしく頼んだわよ」

「うん。まかせて!」

「りょうかーい!」

うけたまわった」

 と、元気良く返事をする三人。

「ちょっと、ちょっと! よろしくされるのはあなた達の方なんだから! もう……」

 クローディアが頬を膨らませた。

 すると、近くにいた他のスティルマン隊の者達から笑い声が一斉にあがる。

「お嬢様。しっかりと」

「ミリア達もね」

 クローディアの言葉にミリアは目を細めてくすりと笑った。

 そして、固く握手を交わしたあと、アレクサンドラと共に馬車に乗り込む。

 ミリアの号令で、スティルマン隊を乗せた三台の馬車が動きだした。

 その馬車を見送ったあと、クローディアは三人の方へとむき直る。

「それじゃあ、私達も出動よ!」

 ルミナ、アーシェ、サクヤの三人は、

「はいっ! クロちゃん隊長!」

 と、可愛らしい敬礼をした。




 エルフの町フォレステリア。

 ドワーフの町アイオン。

 獣人族の町テイルリング。

 以上の三つに、人間達の町ランデルシャフトを加えた四つの町が、このガステン島にある主要な都市である。

 どの町もそれぞれ自治権を有しており、近海のどの国家にも属していない。

 そして、この島にある他の集落、港や鉱山のほとんどは、この四都市のいずれかに属している。

 四都市の仲は悪い訳ではなく、過去に島を侵略せんと海を渡って来た外敵に対して、幾度か手をとり合って戦った歴史を持つ。

 ただ普段は相互不干渉といった具合で、それほど繋がりは深くない。十八ヵ月に一度だけ各都市の代表が一同に会する、“十八月委員会”が開かれる程度であまり交流はなかった。

「まずは事の真偽を確かめなければならない」

 と、馬車に揺られながら、サクヤがいつになく真面目な表情で言った。

「その為には、オニオコゼの谷を見つけないとなー」

「アーシェちゃん全然違うよ、風乙女の谷だよ」

 その二人のやりとりを聞きながら、御者台のクローディアは考える。

 まだ、あのゴーストの言葉が真実であるという証拠はない。

 しかし『勇者』という存在は、未曽有の危機に居合わせてしまう運命にあると言い伝えられている。

 そういう役割を世界の管理者から与えられたクラスなのだと――。

 だが、例えそうだったとしても、やはりクローディアは、彼女達三人の平穏な日常を願わずにはいられなかった。


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