【37】混沌の卵
六人はオールドビーストを倒したあと一旦、拠点へと帰る。
入れ違いで待機していたスティルマン隊の面々がダンジョンへと入ってゆく。これから彼らは、オールドビーストのいた空間にあった、螺旋階段の崩落した場所に板を渡す作業を行う。
それが済み次第、そのまま六人でダンジョンを探索する事となった。
ルミナ達は顔や手を簡単に洗い、装備品の手入れをしたあと、拠点近くのの木陰で昼食をとる事にする。
メニューは、乾燥したパンや木の実、干し肉といった簡単な物だった。
「しっかし、本当に凄いわね……」
三人の戦いぶりを始めて間近で見たアレクサンドラは感心した様子だった。
「それほどでもある」
サクヤが偉そうにふんぞり返る。
すると、アレクサンドラが「こいつめー」と、悪い顔でサクヤをこちょばしにかかった。
「やめ! やめ! やめろ!」
サクヤが笑いをこらえながら足をじたばたさせる。
そんな微笑ましいやりとりを後目に、ミリアが嬉しそうに目を細めた。
「お嬢様も、ずいぶんと腕をあげられた様ですね」
「まっ、まあね……」
クローディアが照れくさそうに黒髪をかきあげる。どうやら、お目付役だったミリアに誉められて嬉しい様だ。
「クロちゃん隊長とルミナは、毎日、稽古しているからなー」
と、アーシェ。
「クロちゃん隊長に教えてもらった通り、ちゃんとできたよ!」
ルミナが満面の笑みを浮かべながら、木の実を頬張った。
しばらくして、スティルマン隊の面々が作業を終えて帰って来たので、再び六人はダンジョンへとむかう。
例のオールドビーストと戦った円筒形の空間へむかい、補修の終わった螺旋階段をのぼる。そしてアーチ状のゲートを潜り抜けた。
ゲートのむこうには、細長い通路が伸びており、その両脇の壁には小部屋が並んでいた。
それらをひとつひとつ、丁寧に探索しながら奥へと進む。
小部屋はどうやら居住スペースだったらしく、瓦落多以外には何も見つからなかった。
時折、古代人のミイラがあったが、主であるワイトキングが滅びた為か、元々、不死族化していなかったのか、動きだす事はなかった。
その居住スペースを抜けると、格子状の石畳に区切られた地下庭園へと辿り着く。
ただし、庭園などとはいっても、生えているのは木や草花ではなく、色とりどりのキノコや苔類だった。
中には人間の身長ぐらいありそうなキノコや、あのドウメグリタケもぽつぽつと生えていた。中心部には大きな水路があり、このダンジョンの入り口のあった谷間の方へと水が流れている。
ここまでジャイアントバットの群れと一度だけ交戦した他、特に目立ったトラブルはない。
「……金目の物が全然ないわね。というか、そもそも物が少ない。何故かしら?」
と、石畳を歩きながらクローディアが言った。
彼女の疑問にアレクサンドラが答える。
「ここの主だったジム・マンソンは、世界滅亡後に生き残った者達だけで、従来の固定観念を捨て、物質より精神的なものに価値を見いだす、新たな世界を築きあげるとして、信奉者達に全財産を捨てさせたらしいのよ。ここへ隠れる前に」
「そこまで行くと、カルトじみているわね」
クローディアはどん引きする。
そこで〈索敵〉で周囲に気を配りながら先頭を行くアーシェが声をあげた。
「なー、なー」
「どうしたの? アーシェラさん」
「じゃあ、その捨てた財産が、まだどこかに残ってるんじゃないのかな?」
「黄金とか宝石なら腐らないもんね」
ルミナが無邪気な笑みを浮かべた。サクヤも頷いて同意する。
「確かに、それらの財産がひとまとめになっている可能性は高いと言われている。もしかしたら、ジムはその財産をこっそりと自らの懐に入れて私服を肥やすつもりだったのかもしれない」
「それが見つかればいいんですけどね……このままだと、結構、割に合わない気がします。このダンジョンの探索」
そう言って、ミリアは少し疲れた顔で天井を見あげた。
庭園を抜けると、長いくだりのスロープがあり、その先にあった大きな両開きの扉の前に辿り着く。そこには掌くらいはありそうなパドロックがぶらさがっていた。
「罠はないな。中からカサカサ音がするけど虫っぽい」
そう言ってアーシェは、腰につけたポーチからピッキングツールをとりだすと、パドロックをあっさり開錠した。
そのまま、両手で扉を押し開く。
すると、そこは正方形の殺風景な部屋だった。
しかし、その中央に鎮座する異様な存在が目に映るなり、一同はぎょっとする。
それは石の椅子に座ったミイラだった。
首と腹、肘掛けに乗せられた両腕が、鎖で縛りつけられていた。更に太い金属の杭で両足の甲を穿たれ、床に固定されている。
「……拷問部屋か、ここは?」
ミリアがそう呟いた瞬間だった。
うなだれていたミイラが突然、顔をあげて扉口の六人を見据えた。
そのしわがれた口元がニヤリと歪む。
「不死族!」
クローディアがムラマサブレードの鯉口を切った。他の五人も身構える。
「ワイト……じゃない、みたいだけど」
ルミナはミイラの様子を窺いながら眉をひそめた。
「あれは、幽霊。いわゆるお化け。ワイトとは違って、死んだあとに無念があって、でてきたやつ」
サクヤが素早くミイラの正体を看破する。
するとミイラが突然、呵々と笑いだした。
しゃがれ声で、何事かを口にするが、
「※※※※※……」
それは、古代語であった。
「なんだー? このお化け、なんて言ってるんだ?」
「サクちゃん、わかる?」
アーシェとルミナがサクヤの方を見た。
するとサクヤが少しだけ思案したあと、
「“それはエルフ言葉だな? お前らは、外から来た蛮族か?”と言っている」
古代語というのは古代文明の滅亡を境に失われた言語全般を差す。
一方で今現在、世界で幅広く使われている言語は、元々はエルフ族が遥か昔から使っていた言葉であった。なので、このゴーストからすると現代語はエルフ語となるのだ。
「……え、サクラさん、古代語わかるの? すごい」
アレクサンドラは目を丸くする。その脇腹をミリアが呆れ顔で突っついた。
「あなた魔法学院にいた時、古代語の授業とってたって前に言ってなかったっけ?」
「あははは……ちょっと、ネイティブ過ぎて」
アレクサンドラは気まずそうに目を逸らす。
再びミイラが口を開いた。それをサクヤがすかさず通訳する。
「“お前らは誰だと聞いている。私の言葉はわからんのか?”」
全員の視線がクローディアに集中する。
「……ん? ちょっと、待って、私?!」
クローディアは、目を見開いて自分を指差した。
五人が一斉に頷いた。
クローディアはしばらく逡巡していたが、ひとつ咳払いをしてミイラへとむきなおる。
「私達は、ランデルシャフトから来た冒険者よ。あなたは何者?」
クローディアの言葉をサクヤが通訳する。そして、ミイラの返答を現代語に訳す。
「“ランデルシャフト? 聞いた事がない。やはり蛮族か……私はチャーチル。ジム・マンソン博士を裏切り、ガステン国王側と内通していたため、ここで罰を受けて、命を落とした”」
「一応、死んだって自覚はあるんだなー」
と、サクヤの通訳を聞いたアーシェがのんきな感想をもらした。
そこで、ミイラが何事かをまくし立て始める。
「※※※※※※※※※※※※……」
それを耳にするうちにサクヤの眉間にしわが刻まれる。ただらぬ様子にルミナとアーシェが、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「サクちゃん、どうしたの?」
「おしっこか?」
サクヤは青ざめた表情で、ふるふると首を横に振る。
まるで、それが合図だとでもいう様に地震が起こり部屋が揺れ始めた。天井から塵が降りそそぐ。
ミイラが、がちゃがちゃと体を揺らしながら何かをまくし立て始めた。
そして、地震の揺れが収まると――。
「※※※※※……」
ミイラは最後に何かを言い残して、がくりと脱力した。
そのまま、塵となって崩れ落ちる。
サクヤは、その残骸を見つめたまま呆然としていた。
「サクちゃん……」
「サク……」
ルミナとアーシェに名前を呼ばれ、しばし呆然としていたサクヤはようやく我をとりもどす。
「……今の話が本当だとすると、大変な事だ」
「ちょっと、落ち着いて、サクラさん。一体、どうしたの?」
クローディアに問われ、サクヤは語り始めた。
「あのゴーストが言うには、ジム・マンソンは、このダンジョンに来る前、“風乙女の谷”に混沌の卵を残して来たらしい。それがもうすぐ孵るそうだ」
ルミナとアーシェは、混沌の卵が何なのかわからなかった様で、きょとんとした表情で顔を見合わせた。
しかし、ミリア、アレクサンドラ、クローディアは大きく目を見開いて絶句する。
アーシェがその三人の顔を見渡して問うた。
「なー、なー、その混沌の卵って、なんなんだー?」
サクヤが端的にその質問に答える。
「卵が孵ると爆発する」
ルミナが困惑ぎみに問い返す。
「爆発?!」
サクヤは深刻な表情で頷く。
「爆発すれば、この島の地表にある物は全部なくなる」
「な、なくなるって、どういう事?」
いまいちピンと来ていない様子のルミナにむかって、サクヤは淡々と述べる。
「そのままの意味で、全部なくなる」




