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【31】平和な日常


 あれから三週間近くが経過した。


 ラッシュ邸一階の厨房にて。

「……ああっ。ルミナスさん、駄目よ。そんなに沢山入れちゃ。もっと、少しずつ、かき混ぜるの」

「むー……」

 調理台の前で、踏み台の木箱に乗ったルミナが涙目で唇を尖らせる。

 その左隣で、クローディアが微笑みながら溜め息を吐いた。

 二人はお揃いの白いエプロンをかけている。

「ほら。すねないの。まだ、これぐらいならなんとかなるから。続けましょ?」

「……ん、頑張る」

 真剣な表情で木製のボウルの中身を一生懸命かき混ぜるルミナだった。

 その頬にこびりついた白い飛沫の汚れを見て、クローディアはくすりと笑った。

「ついてるわよ……」

 そう言って、濡れた布切れでルミナの頬を拭うのだった。




 一方、アーシェは、ドワーフのローザと庭仕事に精をだしていた。

「ローザおばちゃん、あっちの草むしりおわったぞー?」

 菜園の花壇の前でしゃがんでいたローザが立ちあがり振りむいた。

「あー、ありがとね、アーシェラちゃん。本当に助かるよ……」

「むしった草は、あっちだっけー?」

「そうそう。本当にありがとう……でも」

「でも?」

 アーシェが、きょとんと首を傾げる。

 ローザは右肩をとんとんと手で叩きながら言葉を続けた。

「アーシェラちゃんも、私のお手伝いばかりじゃなくて、自分の好きな事をしてても良いんだよ?」

「草むしり、あたしは好きだぞ」

 迷う事なく即答し、屈託なく微笑むアーシェに目を見張るローザだった。

「あら。そうなのかい? 草むしりなんて退屈だろうに。手も汚れるし」

 アーシェは首を横に振る。

「たまに、ちょうちょとか、てんとう虫とかがいて面白いよ? 庭が綺麗になると気分良いし」

「……そうかい、アーシェちゃんは良い子だねえ」

「にゃはは……」

 アーシェは耳をぱたぱたと動かしながら、照れくさそうにはにかむ。

「他になんかないか? なんでもやっちゃうぞっ」

「ならば、今度は、あっちの水やりを頼もうかね」

「任せろ!」

 胸を張り元気良く答えるアーシェだった。




 仲むつまじく庭仕事に没頭するアーシェとローザを横目に、サクヤは庭先のガーデンテーブルの上で開いた本に目線を落としていた。

 彼女が今読んでいるのは、古代語に関する書物であった。

 あのワイトキングのダンジョンで、自分には古代語に関する知識が足りない事に気が付かされたサクヤは、これを機会に勉強しようと思い立ったのだ。

 同じギルドの『魔術師』アレクサンドラ・ヴァレンズに専門書を借り、それを次々と読破してゆくサクヤ。

 『賢者』特有の高度な言語スキルと、元々勉強に対する意欲の高さもあいまって、彼女の古代語に対する理解は、恐るべきスピードで高まってゆく。

 今となっては、いくつかの簡単な古代語魔法エンシェントマジックを操れるほどになっていた。

「ふうむ……」

 と、ひと息吐いて、青空に浮かぶ雲を見あげたその時だった。

 館の玄関からクローディアとルミナがやって来る。

「みんな。ルミナスさんのクッキーが焼きあがったわ。ちょっと、ひと息吐いてお茶にしましょう! ローザさんもどうぞ!」

 クローディアは、お盆をガーデンテーブルの上において椅子に腰をかける。

 その隣にルミナが座った。

 お盆の上には湯気の立ったポットと人数分のカップ、そして焼きたてのクッキーが山盛りになった木の器が乗っている。

 サクヤが、ぱたりと本を閉じてから悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「この前みたいな、塩と砂糖を間違えた上に入れ過ぎたやつじゃないだろうな?」

「だっ、大丈夫だよー、今度はちゃんと砂糖だもん」

 ルミナが慌てた様子で両手を振り乱す。

 するとクローディアがカップにお茶をそそぎながら、

「ちゃんと、私が見ていたから大丈夫よ。ね?」

「ねー」

 と、ルミナと顔を見合わせる。

 すると、そこに水桶で手を洗ったローザとアーシェがやって来る。

「おやおや、たくさん焼いたねえ」

 ローザが、にこやかな顔で椅子に腰をおろす。そしてアーシェは開口一番、

「お、今度はちゃんと砂糖入れた?」

 その言葉にルミナは頬を膨らませる。

「アーシェちゃんまで……大丈夫だもん!」

「にゃははは、あたしは、あのしょっぱいやつも好きだけどなー」

「お前、流石だな……」

 サクヤが呆れ顔をする。

「それじゃあ、みんなで食べましょ」

 そのクローディアの言葉と共に、各々がクッキーを手にとって頬張る。

 結果、四人の反応は上々で、ルミナは上機嫌に笑った。




 次の日の朝、ルミナ達はクローディアの案内でランデルシャフト南西にある、通称“錆猫横丁さびねこよこちょう”を訪れていた。

 この界隈には、島の遺跡から発見された古道具や宝飾品類などをとり扱う骨董店が軒を連ねている。

 中には、魔法道具や魔法の武具などもあり、それらは大抵、目玉が飛びでるほどの値札がつけられている。

 その錆猫横丁の一角にある“鷹の目屋”という古道具屋だった。

「どうですかー?」

 アーシェは大きな宝石がついたペンダントをつぶさに鑑定する店主をカウンター越しに見あげる。

 それは、勇者パーティをやめたあと、生活費の足しに換金しようとして、ずっと忘れていた物だった。

 買い物ついでに、それらを鑑定してもらい、お金にする事にしたのだ。

 店主は右眼に挟んでいた鑑定用の単眼レンズを外すと、手の中にあったペンダントをカウンターの上に置き、白い顎髭をさすった。

「えー、こっちの宝石は全部で五百、こっちの銀細工は全部合わせて二百……それから、このペンダントは六千だね」

「六千?!」

 クローディアが目を見張る。ちなみに単位は、この島で流通しているガステンゴールドである。

「……六千ってすごいの?」

 いまいち物の価値がわかっていないルミナは小首を傾げる。

 対照的に既に島の物価を把握し始めていたサクヤは、驚いた様子だった。

「……りんごが六百個ぐらい買えるぞ」

「六百って……」

 ルミナは言葉を詰まらせて、アーシェと顔を見合わせる。

「なにか、特別な品物なのかしら? 魔法の力があったり……」

 クローディアの質問に店主は首を横に振った。

「魔法の品物ではないけれど、これは古い時代の幸運の御守りだね。好事家の間じゃそれなりの値で取引されているよ」

「幸運の御守りかー」

 と、アーシェは尖り耳をぱたぱたと動かしながらしばらく思案したあと、店主にむかって告げる。

「じゃあ、そのペンダントはいいです。その他だけお金に換えてください」

 クローディア、ルミナ、サクヤが目を見張る。

「良いの? アーシェちゃん」

「お前、六百りんごだぞ?」

 ルミナとサクヤの言葉に、アーシェは屈託のない笑顔で頷く。

「このペンダントは、クロちゃんにさしあげたい」

 そしてクローディアの方にペンダントを差しだす。

「えっ、私?」

 アーシェはクローディアの右手にペンダントを握らせる。

「日頃、お世話になっているお礼だよ。あたし達からの」

 その瞬間、ルミナとサクヤは、してやられたとでも言いたげな顔をする。

「ずるい。わたしもわたし達からのお礼したい」

「いい格好しやがって……」

 クローディアは戸惑った様子でアーシェの方にペンダントを握った右手を突きだす。

「駄目よ。こんな高価な物、もらえる訳がないじゃない……」

 するとアーシェはクローディアを真っ直ぐに見あげながら言う。

「クロちゃんが幸運だったら、あたし達も同じぐらい幸せだぞ?」

 その言葉に、クローディアは思わずはっとする。

「アーシェラさん……」

「だから、この御守り、もらって欲しいな」

「……う」

 アーシェの純粋無垢な言葉にやられて――


「わっ、わかったわ。そこまで言うならもらってあげるわよ!」

 クローディアはあっさりと折れた。

 その瞬間だった。

 地面から突きあげる様な衝撃と共に、店内の棚や陳列されている商品が、カタカタと小刻みに揺れ始める。

「地震……最近、多いね」

 ルミナが天井を見あげて眉をひそめた。


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