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【29】四匹の蛆


 その日の早朝。

 混沌街の酒場、蝿の王にて。

「フィオーレ先輩、マジやばいっすよ!」

 それは茶髪の細長い男だった。軽薄そうな顔立ちで鼠色のローブを着ている。

 彼の名前はエドワード・ホジソン。クラスは『魔導師』で冒険ギルド青髭ポチョムキンに所属している。

 フィオーレ・サルコファガスらと共にワイトのダンジョンを発見した四人のうちのひとりだった。

 エドワードは店内に入るなり、入り口から一番遠い壁際の席に着いていたフィオーレ達の元へとむかった。

「なんだい? 騒々しいね」

 フィオーレはエールのつがれた木杯の底を、大きなテーブルの上に敷かれた白いクロスに叩きつけ、エドワードを見あげる。

「ボスがうちらの事、探してるみたいっす。やばいっすよ……例の件、バレたみたいで、衛兵も動いてるっぽいっす」

「なんだってえ……? じゃあ、自由騎士同盟の奴らが」

「みたいっす」

「あの、甘ちゃんのカス共が……良い子振りやがって」

 フィオーレが周囲の者達に聞こえるくらいの大きな歯軋りをした。

 すると、その瞬間だった。

 店の扉が乱暴に開き、外から数人の男達が店内になだれ込んで来た。

 全員、格好からして冒険者の様だ。

 少し遅れてバックヤードへ続く扉からも同じ様な男達が姿を現す。

 その数は合計で三十名近くはいるだろうか。

 店内が一気に騒然する。

「邪魔だ邪魔だ! どけどけ! 死にたくなければ帰りな糞共」

 そう言って禿頭の金属鎧を着た男が叫ぶ。するとフィオーレ以外の客達は真っ青な顔で出口へと殺到しだす。

 やがて広々とした店内にいる者は、フィオーレ達と三十名の男達、そしてカウンター内の隅で震えながら様子を窺う店員のみとなっていた。

 禿頭の男が集団の中からフィオーレ達のいる方へ一歩近づく。

「おくつろぎの最中、五月蝿くして申し訳ねえな、フィオーレ殿よ」

 彼の名前はアンソニー・グッドマン。青髭ポチョムキンの副マスターで、レアクラス『騎士』を持つ、腕利き冒険者だ。

「はん。副マスターのあんたが直々になんの用だい?」

 フィオーレは椅子に座ったまま余裕に満ちた表情で笑う。テッドもルーカスも動こうとしない。

「……てめえら、やりやがったそうじゃねえか」

「だから、なんだっていうんだよ?」

「しらばっくれんな! ドウメグリタケの採集と売買!」

「知らないねえ……証拠はあんのかい?」

「ああ。ずっと前からネタは掴んでいたんだよ。貴様らが犯罪ギルドと繋がってんのはわかっていた。だが、てめーらは腕利きだから、うちのボスも大目に見ていた。これまではな」

「だったら、今回も大目に見てくれないかね? ただがキノコ狩りだろう?」

 フィオーレがほくそ笑む。テッドとルーカスも小馬鹿にした調子で笑う。

 エドワードだけは、テーブルの脇でおろおろとしながら事態を見守っていた。

「……駄目だ。もう衛兵達も動きだしている。だから、その前に同じ釜の飯を食ったよしみで、こうして俺たちが引導を渡しに来たって訳さ」

「それは、それは、ご苦労な事で……エディ!」

「はっ、はいー」

 エドワードがベルトに差してあったロットを手にとり、呪文を詠唱し始める。

 それと同時にローブ姿の冒険者がエドワードへと杖の先端をむけた。

 エドワードにむけて緑の光の帯が飛んでゆく。

 フィオーレが叫んだ。

「【沈黙サイレンス】の魔法!! エディ、こらえな!!」

 【沈黙】は対象の声を一定時間奪う、風属性の中級魔法だ。声がだせなければ呪文を唱える事ができなくなるので、対術師によく用いられる。その【沈黙】の魔法をあらかじめ〈遅延魔法ディレイスペル〉しておいたらしい。

 緑の帯は猿ぐつわの様に、エドワードの口元へと巻きついて消える。すると、彼は酸欠の魚の様に口をパクパクさせた。

 どうやら【沈黙】の威力がエドワードの魔法防御を上回った様だ。

「ちっ! 準備は万端って訳かい」

 フィオーレの悔しそうな顔を見て、マジソンは意地の悪い笑みを浮かべた。

「貴様らを相手にするんだ。抜かりはねえよ」

 これまでヘラヘラと笑っていたテッドが立ちあがる。

 そして、ステーキを食べていたルーカスもナイフとフォークを手にしたまま腰を浮かせた。

「おっと、やる気か? だけど良く考えてみろよ。厄介なエドワードの魔法はたった今封じてやった。さしものテッドとルーカスでも、この人数と俺様を相手にすんのはきついよな? 極めつけに、お前が得意な召喚術は、魔法陣を書いたり生け贄や触媒を用意したり時間と手間が掛かる。八方塞がりだな、こりゃ。おとなしく降参しろよ。そうすりゃ半殺しで許してやる」

 アンソニーが肩をすくめる。

 それを見たフィオーレが突然、吹きだす。

 続いてテッドが、そしてルーカスが顔を見合わせて爆笑し始める。

 エドワードまで声無きまま笑っていた。

 アンソニーは、その四人の不可解な反応に困惑する。

「お前ら、なにがおかしいんだ?」

 四人は答えず、ひたすら笑い続ける。

 その態度にアンソニーは額に青筋を浮かばせて、ぶちギレた。

「なにがおかしいッ!!」

 四人は飽きたとでも言いたげに、ふと笑うのをやめた。

「全然、足りないよ」

 フィオーレがテーブルの上の木杯を手にとり、残っていたエールを飲み干した。

「酒か? そりゃ残念だったな。ブタ箱に入ればしばらくは飲めねえ。足りないまんまだ」

 アンソニーは意地の悪い笑みを浮かべる。

 そこでフィオーレが呆れ顔で溜め息をひとつ吐いた。

「足りないのは、あんたのオツムと頭数だよ。私らをどうにかしたけりゃ……」

 そう言って、フィオーレは空になった木杯をアンソニーに投げつけ、テーブルクロスを引っ張った。

「百は揃えるんだね! 玉なし共が」

 食器が転がる音。

 そしてフィオーレがクロスを両手で広げる。

 そこには赤黒い線で召喚用の魔法陣が描かれていた。このクロスは店の物ではなくフィオーレが何時も持ち歩いている私物だった。

 それを目にした瞬間、アンソニーと冒険者達は目を見張る。

「ルーカス!」

「あいよ!」

 そのフィオーレの合図と共に、ルーカスの手から放たれたナイフはアンソニーの右手側にいた革鎧姿の冒険者の左目に深々と突き刺さる。

 ナイフを左目からはやした冒険者が床に崩れ落ちる。それより先だった。

 フィオーレが素早く“あの者を生け贄として捧げる”という意味の魔法語を唱えた。

 途端に、ナイフを目からはやした冒険者の体が塵となり、魔法陣へと吸い込まれてゆく。

「うっ、撃て!」

 という、アンソニー声と、

「我らを守れ!」

 という、フィオーレの声がほぼ同時に発せられた。

 クロスボウを構えた遊撃系クラスの男達七人が矢を放つ。後方にいたローブ姿の術師五人が杖を構えた。

 クォーレルと【光の矢ライトアロー】が乱れ飛ぶ。

「うおりゃあ!」

 テッドが近くのテーブルを両手で持ちあげて盾にする。

 ルーカスとエドワードは彼の背後へと身を隠す。

 矢が天板に次々と突き刺さる。【光の矢】がテーブルの木片を飛び散らせた。

 テーブルはボロボロの穴だらけになってしまったが、三人は無傷だった。

 一方のフィオーレも無事だった。

 突如としてテーブルクロスの魔法陣から銀色の毛に包まれた大きな腕が突きでて、彼女目掛けて飛来する矢と魔法のすべてを叩き落としてしまった。

「これをしのぐのか……」

 アンソニーは驚愕して目を見開く。

 他の冒険者達からも「嘘だろ……」とか「化け物……」といった声が漏れ始める。

 更にテーブルクロスの魔法陣から、猿じみた頭部、翼の生えた胴体、鋭い鉤爪をはやした両足が現れた。

 そのアンソニーよりふた回り近くも大きい巨躯は、強力な中級悪魔のスノーデーモンであった。

 アンソニーは、ブロードソードを抜き放ち叫ぶ。

「ええい、怯むな! 数はこちらの方が上だ! 術師隊は攻撃呪文を再詠唱! 弩兵隊は矢を再装填! 戦士隊は俺と一緒に前にでて壁となれ!」

 スノーデーモンが吠え声をあげて、群がるアンソニー達にむかって、その太い腕を振り回し始める。

「怯むな! かかれ! かかれ! 撃て! 撃て!」

 戦士達が殴り飛ばされ、弩兵の矢も、術師の魔法も、スノーデーモンの巨駆と翼に阻まれてフィオーレ達には届かない。

 そしてスノーデーモンの拳が、ひとりの戦士の頭部を兜ごと叩き割った、その瞬間だった。

「……ぁ、あー、やっと喋れるっす」

 エドワードがヘラヘラと笑う。

 それを見たフィオーレは鼻を鳴らして笑い、背後の壁を顎でしゃくる。

「じゃあズラかろうかね。……テッド!」

 テッドは無言で頷くと、床においてあった大金槌を拾う。

「ふうんぬ!」

 というかけ声と共に背後の壁めがけて、大金槌を二回、三回と振るう。あっという間に人が通れるぐらいの穴が空く。

 フィオーレ、ルーカス、テッドがその穴をくぐり抜け、最後にエドワードが外にでる。

 少し店から離れたあと、エドワードはくるりと振り返り敬礼をひとつ。

「今まで世話になったっす、副マスター。これ、選別っす」

 そう言って、彼は歩きながら呪文を唱えていた火属性の上位魔法【火嵐ファイアストーム】を発動させた。

 火の玉が彼の振るったロットの先からふわりと飛んでゆく。

 次の瞬間、蝿の王が炎の竜巻の中に飲み込まれる。

 アンソニー以下三十名の冒険者は、スノーデーモンと共に、店ごと黒焦げとなった。


 このあと四人は、エドワードが用意していた馬車に乗り込んで、ランデルシャフトの西門から悠々と街を去る。

「……んで、これからどこ行くんすか?」

 御者台に座るエドワードが声をあげた。

「そんなもんは、決まってるだろう? ベルダ開拓村だよ。しばらくハワードの旦那の世話になって、ほとぼりが冷めたら島をでるんだよ」

 荷台からフィオーレの声が聞こえる。

 エドワードは「あいあいさー」と気怠げに返事をして、馬車のスピードをあげた。



 この日以来、フィオーレ・サルコファガスら四名の行方はようとして知れない。

 彼らはドウメグリタケの違法採集と売買の罪に加え、三十名の冒険者と蝿の王の店員を殺害した罪と、街中での大量破壊魔法使用および悪魔召喚の実行、更に蝿の王他二棟を巻き込んだ放火の罪で、めでたく高額の賞金首となった。

 そして、彼らの所属していた冒険者ギルド青髭ポチョムキンのギルドマスターであるイゴール・ポチョムキンは、三十名の主力構成員を失った事と、騒動の責任をとるとして、ギルドの解散を発表した。


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