【21】塚人の王
まだ暗闇によって全貌は窺えないが、通路にぎっしりと、そして遥か奥までワイトの青い炎が揺らめいている。
下手をすれば百は超える数がいそうだ。
「あんなに沢山のワイト……見た事もない」
クローディアは唇を戦慄かせるも、三人はまったく慌てた様子を見せない。
「クロちゃん隊長、やるんだよね?」
そのルミナの言葉ですぐに思いだす。この程度ならば、まさに物の数にもならない事を。
「……ええ。やりましょう」
クローディアは力強く返事をした。
すると、それに弾かれたかの様にアーシェが動く。
「サク! ランプ頼む」
「がってん」
アーシェはサクヤにランプを手渡すと、連射式クロスボウの装填を始める。
サクヤは【光の祝福】の呪文を唱える。
その詠唱が完了すると同時にアーシェが連射式クロスボウのハンドルを回し、十五本すべての矢をワイト目掛けてばらまく。
次々と青い光が地面に倒れて消えてゆくも、その背後からすぐに新たな青い光が現れる。
アーシェが次の十五本を装填し始めた。
「うーあー」という、獣じみた唸り声と共に、ワイト軍団の先頭が暗闇のむこうから姿を現す。
「ゴブリンじゃなくて人間のワイトね……」
クローディアが腰を落としてムラマサブレードの鯉口を切った。
「……一発ぶっ放すか? クロちゃん隊長」
「まだよ。まだ! この奥にいる親玉に、全部、その思いの丈をぶちまけるのよ」
「解った。我慢する」
サクヤのその返事のあとで、再び十五発の矢が空中に解き放たれる。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」
アーシェのハイテンションな叫びと共に眉間を正確に穿たれたワイトが次々と倒れてゆく。
その倒れたワイトを踏みつけて、後方にいたワイトが前へとでてくる。
「矢筒の矢、なくなった! 予備はもうちょっと背負い袋の中にあるけど」
「もう良いわ。アーシェラさん。ルミナスさんと位置を変わって」
「了解!」
アーシェと位置を変わり、前に出たルミナは妖精銀のブロードソードを抜いて構える。
「行くわよ! ルミナスさん」
「うん。クロちゃん隊長!」
二人は一気に駆けだす。
まずルミナが正面のワイトを頭の天辺から股の下まで一気に両断した。
続けてクローディアが居合でワイトの首を落とす。
そのまま、二人は疾風の如き剣技で、百近くいたワイト達を次々と斬り伏せていった。
累々と折り重なり通路に散らばるワイトだった屍達を背に、四人は先へ進む。
そして、いくつかの角を曲がり、いくつかの分岐路を跨ぎ、いくつかの部屋を通り抜けた、その時だった。
四人の前方に巨大な両開きの扉が姿を現す。
「……いかにもな感じ。嫌な予感がする」
サクヤが自分の身長の何倍もありそうな扉を見あげながら、持続時間の切れていた【光の祝福】をかけ直した。
その間にアーシェが扉に近づき、手早く聞き耳を立てたり罠や仕掛けがないか調べ始める。
「罠も仕掛けもない。多分、内側から閂が掛かっている」
「うーん……サクラさん、魔法でなんとかならない?」
「なる。私の出番か? クロちゃん隊長」
「ええ。お願い」
サクヤが櫟の杖の先端を左右の扉板の間に当てた。
そして、扉を開ける為の呪文の詠唱を始めようとした、その瞬間だった。
「その必要はない」
しわがれた声がどこからともなく聞こえてくる。
四人はきょろきょろと辺りを見渡す。
すると、がこん、という金属音と共に巨大な二枚の扉板が軋んだ音と共に内側へと開き始めた。
サクヤはすぐに後方へと退く。
アーシェが連射式クロスボウに矢を装填する。
そして、扉は完全に開かれた。
「よくぞ、ここまで来た。勇敢なる者達よ……」
そのむこうには、広々とした空間があった。
天井は見あげるほど高く、奥に長い大広間だった。
まるで、どこかの城の内部を思わせる様な荘厳なる装飾がいたるところに見受けられ、天井には精霊燈のシャンデリアが燦々と輝いていた。扉口からは埃にまみれた赤い絨毯が真っ直ぐに延びている。
その最も奥の突き当たりの壁際にある、巨大な祭壇めいた何かの前にそれは佇んでいた。
薄汚い襤褸マントを身にまとい、目深に被ったフードの奥から四人を見据える双眸は、ワイトと同じ様に青く輝いている。
むきだしになった鼻こうと歯ぐき。そして肉の腐り落ちた細い指先。
その骸骨姿は青白い光の息を吐きだしながら四人にむかって名乗りをあげる。
「我こそは、塚人の王、この世界の破滅を予測せし者な」
襤褸マントが、すべて言い終わる前だった。
その詠唱は完了し、襤褸マントの真上の天井に光り輝く魔法陣が浮きでる。そこから雨霰の如き、無数の光弾が降りそそぐ。
光属性の最上級魔法【光弾の雨】
轟音と共に穿たれた床の石材が、砕け散り、跳ねあがり、飛び散る。
容赦ない破壊の流星群は天井を仰ぐ襤褸マントを飲み込んで白く塗りつぶしてゆく。
やがて、その圧倒的な魔法攻撃が静かに終わりを告げる。
えぐれた石畳の床と祭壇らしき物の瓦礫。
その手前の床――襤褸マントが立っていた場所には黒い布だけが落ちていた。
「ぶっ放した!」
胸を張るサクヤに驚嘆の眼差しを送るクローディア。
「凄いわ……サクラさん」
「サクちゃんのこれをくらって生きてる敵は、あんまりいないんだよ!」
ルミナが無邪気に賞賛する。
ますます鼻高々といった様子のサクヤ。
しかし、そこでアーシェが扉口のむこうを指差しながら叫んだ。
「おい、あれを見ろよ!」
黒い襤褸布の中から青白い人魂がゆっくりと浮かびあがる。
そして周囲の床から沢山の塵が舞いあがり、人魂の周囲を取り囲み始めた。
塵は次第に人型を形作ってゆく。
「〈肉体再生〉で蘇ろうとしている。あの人魂はワイトキングのコア。あれを破壊しなければ何度でも蘇る……どいて!」
サクヤはそう言って呪文を唱えながら前に出る。
櫟の杖の先端を襤褸マント――ワイトキングにむけた。
光の矢がほとばしる。
光属性の攻撃魔法【光の矢】だ。
しかし、一直線に飛んでいった【光の矢】は再生途中のワイトキングの手前で青白い光に弾かれて消えた。
光属性の防御魔法【対魔法防御壁】の効果だ。
「扉が開く前に【対魔法防御壁】の呪文を唱えていたのか……」
そのサクヤの言葉が終わるより先だった。
アーシェが連射式クロスボウを撃った。
次々と矢は人魂目がけて飛んでゆく。
しかし、ワイトキングは再生し終わった右手で足元の襤褸布を掴むとそれを振り回し、飛来する矢をすべて叩き落とす。
その射撃の直後、すでに駆けだしていたクローディアとルミナがワイトキングに斬りかかる。
青い人魂は既に半分ほど再生した頭蓋骨の中に収まっていた。
ルミナが右から胴を斬りつける。
クローディアが居合の一刀でワイトキングの頭部を狙う。
しかし、ワイトキングは何かの呪文を詠唱しながら高々と跳躍すると、背後にあった馬の背ほどの高さはある瓦礫の上に降り立ち、襤褸布を体に巻きつける様に羽織った。
クローディアとルミナが追撃しようと跳びかかる。
ワイトキングが右手を突きだした。
爆音と熱風。
【爆発】の魔法だ。
空中で直撃を受けたクローディアとルミナの周囲に青い光がキラキラと舞う。
大広間の扉口でサクヤがニヤリと笑う。
「お返し」
彼女の唱えた【対魔法防御壁】がワイトキングの【爆発】より先に発動していた。
そのお陰で【爆発】のダメージは軽減されたものの、二人は爆風で押し戻され後方に着地する。
それと同時だった。
「もらった!」
瓦礫の上のワイトキングの左手側から、短剣を右手に逆手で握ったアーシェが跳びかかる。
大広間の壁伝いに素早く周り込んでいたのだ。
アーシェは首元を狙う。しかし、ワイトキングが彼女の右手を掴んで軽々と放り投げた。
「おおっと!」
アーシェは猫の様に空中で身体を捻り、クローディアとルミナの背後に着地した。
ワイトキングも触れた者の生命力を吸い取る〈吸魂〉のスキルを持ち合わせているが、【光の祝福】の効果でアーシェは事無きを得た。
ワイトキングは手前で武器を構えるクローディア、ルミナ、アーシェ。そして、大広間の扉口に立つサクヤを悠然と見渡す。
【光弾の雨】で受けたダメージはすでに跡形もない。コアの青い人魂は真っ白い頭蓋骨へと完全に包まれていた。
その立ち姿は、まさに塚人の王と名乗るに相応しい威厳に満ち溢れている。
「こいつ……強い……!」
クローディアが歯噛みした。




