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【16】才能


 戦闘が終わったあと、畑に散らばったゴブリンの死体に別のモンスターが引き寄せられない様、近くの空き地に穴を掘って埋める事となった。

 村人達の力も借りて、この作業を手早く終わらせた頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。村人達の灯したランプや松明の炎がそこかしこで揺れている。

「楽勝だったなー!」

 アーシェがあっけらかんと言い放つ。するとクローディアは真面目な顔で右手の人差し指を立てる。

「この村に被害をもたらしているゴブリンがあれだけとは限らないわ。だから、まだ気を抜いちゃ駄目よ?」

 アーシェは「はーい」と素直に声をあげる。

 そこでサクヤが自らの欲求を端的に述べた。

「お腹空いた」

「それじゃ、村に帰りましょう? あとは後日、ゴブリンがでてきた畑のむこう側の密林に入って残りがいないか捜索するわよ。それでお終い」

 アーシェとサクヤが返事をする。

 そして、帰路に着こうとするが――

「ルミナスさん……」

 クローディアは彼女の方へ視線をむける。

 何とか落ち着きはしたが、どうにもルミナの元気がない。

 三人や手伝ってくれた村人達から少し離れた場所に佇み、暗い表情で自分の足元に視線を落としている。

 まるで捨てられた子犬の様なその姿を見て、クローディアの胸は締め付けられる。

 すると、サクヤが爪先立ちになって耳打ちをしようとしてきたので腰を屈めた。

「ん? なあに、サクラさん」

「ルミナはとても真面目だから、たまに考え過ぎてああなる」

 すると、今度は反対側の耳にアーシェが顔を近づけて来た。

「……でも、そんな時に元の調子を取り戻させる方法を、あたしは知ってるぞー」

「それは、なんなの?」

 クローディアが小声で聞き返す。

 するとアーシェは再び耳打ちで、その方法をクローディアに教えた。

「ごにょごにょごにょごにょ……」

 それを耳にしたクローディアは大きく目を見開く。

「そんなので……大丈夫なの?」

 アーシェとサクヤが同時に頷いた。

 それならば自分にもできる。というか、むしろ得意・・である。

「ならば……ごにょごにょごにょ……」

 今度はクローディアが声をひそめてアーシェとサクヤにある提案をする。

 すると、二人は驚いてクローディアの顔をまじまじと見つめた。

「やっぱり、クロちゃん隊長すげー」

「うむ。天はここに二物を与えた」

 クローディアは、にかっりと微笑み、再びルミナの方をむいて言う。

「さあ、村に帰りましょう、ルミナスさん」

 ルミナは依然として浮かない顔のまま、言葉なく頷いた。




 ルミナは三人の仲間と村人達の集団から少し離れた後方を、とぼとぼと歩く。

 すぐ目の前でアーシェとサクヤは、何やら楽しそうにクローディアと話をしていたが、今はその輪に加わりたい気分ではなかった。

 勝利の高揚感はまったくなかった。

 自分はズルをしている。そう思い込んだ彼女の心は深く沈んでいた。

 クラスの力に頼っているのは自分だけではない。そう心の中で言い聞かせてみても、まったく効果はなかった。

 例えば、サクヤ。

 彼女もひとつの時代に数人しか存在しないというレジェンダリークラス『賢者』を持っている。

 このクラスは、すべての魔法に適性を持ち、魔力周りの能力と記憶力に最高の補正が付く固有スキル〈神の叡智えいち〉を習得できる。

 しかし、魔法は呪文を記憶して正確に詠唱しないと、いくら魔力や適正があっても使う事はできない。

 したがって記憶力の補正があるとはいえ、サクヤがあの年齢にして幾千の魔法を操れるのは、つねに勉学に励んでいる彼女の努力の賜物であった。

 そしてアーシェに至っては、何だかもう良くわからない。わからないけど凄い。

 本来『盗賊』や『闇術師』といった、さして珍しくないコモンクラスでは、そこまで大きな効果のあるスキルを得る事はできない。

 それなのに弓を撃てば百発百中な上に、パワーと持久力はルミナよりも大きく劣るが、瞬発力に置いては、ほとんど引けをとらない。闇属性魔法の威力に関してはサクヤの使うそれと遜色のないレベルだった。

 これはクラスやスキルに頼らない本人の元々の力が通常ありえないほど物凄いという事なのだが、この原因は良くわかっていない。

 レオナルドによれば、『勇者』の従僕として神に選ばれた存在だから、との事らしい。勿論、根拠はまったくない。

 ただひとつ言えるのは、アーシェの凄さは、クラスの能力に依存している訳ではないという事だ。

 そんな風に他者と自分を比較していたら、ますます気分が沈み込んで戻れなくなってしまった。

 そのままクローディア達と一緒に村の中心にある寄合所へむかい、村長らに事の次第を報告する。そのあと、着替えを持って共同の温泉浴場で汗を流した。 

 それから宿舎として割り当てられた丸太の小屋へと帰り、村人の作ってくれた夕御飯を食べた。

 献立は猟師が狩ってきたブラッドベアの唐揚げと、山菜類のスープ、パンだった。

 サクヤとクローディアは美味しそうに食べて、アーシェは何時も様にニコニコとしていたが、ルミナは食がいまいち進んでいない。

 結局、その日、ルミナの気分が晴れる事はなかった。




 次の日だった。

 その日はクローディアの提案で、村の周囲を警戒しつつ、体を休める事となった。

 朝食のあとでベッドの縁に腰をおろし、物憂げな顔をするルミナの元へ、アーシェがやって来る。

「これから、あたし達は、散歩に行くけど、ルミナはどうするー?」

「わたしは……んー、寝てる」

 未だに暗い気分のままだったルミナは、みんなに気を使わせるのも悪いと考えて、部屋に残る事にした。

「そっか。じゃあ、行って来るけど……あんまり考え過ぎるなよー!」

「うん……ありがと。アーシェちゃん」

 すると扉口の前に立っていたクローディアとサクヤが声をあげる。

「それじゃ、ルミナスさん、ゆっくり休んでいてね」

「留守は頼んだ」

 ルミナは三人にむかって弱々しく微笑みながら手を振った。

 そうして、誰もいなくなった部屋の中で、ひとり眠りについた。




 どれぐらい経っただろうか。

「……ルミナー! ルミナー!」

 遠くからアーシェの声が聞こえ肩を揺さぶられた。

 目を開くと、クローディア、アーシェ、サクヤが並んでベッドの右脇に立っていた。

「みんな……」

 ねぼけ眼を擦って起きあがると甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 ルミナはくんくんと鼻を鳴らしながら室内を見渡した。するとテーブルの上に何時の間にかおいてあった、ある物が目に映る。

 それを見た途端、ルミナの表情が、ぱっと明るく輝いた。

「わああああ……」

 ルミナは一目散にベッドから飛び降り、テーブルに駆け寄った。

 それは丸い木の器で山盛りになったクッキーだった。

 ご丁寧に湯気の立つポットとカップも人数分ある。

「これ、どうしたの?!」

 ルミナが三人の方をむいて興奮気味に尋ねる。

 その質問にアーシェが胸を張る。

「ルミナを励まそうと、クロちゃんが作ってくれたんだぞ! あたし達もちょっとだけ手伝ったんだぜ」

「クロちゃんが……」

 ぽかんとした表情でクローディアを見つめるルミナだった。

「その……ルミナスさんが、甘いお菓子が大好きだと聞いたものだから。村の人から材料を分けてもらって作ってみたの」

 何時もの様に少しだけ照れくさそうなクローディア。

 その彼女の言葉にサクヤが続く。

「ポットの中身はお茶。ちょうど近くにお茶にできそうな香草が生えてたから、もいできた」

「すごいよ、みんな……。ありがとう」

 つい少し前とはうって変わって、瞳をきらきらとさせるルミナを見て、クローディアはくすりと笑う。

「ふふ。本当に効果は抜群だったみたいね」

「ね。一発で治ったでしょ?」

 アーシェが得意げな顔で言った。クローディアとサクヤが笑う。ルミナも照れくさそうに頭をかきながら笑った。

「それじゃあ、お茶が冷めないうちにみんなでいただきましょ?」

 クローディアは椅子に座ると、人数分のカップにお茶を入れ始める。

 三人も席に着くなり「天のシャスティア様、ありがとう」と、最近はだんだん雑になりつつある祈りを捧げ、クッキーを手にとる。

「……どうかしら?」

 クローディアの問いにルミナは大きく目を見開きながら感想を口にする。

「すごーい。甘くて美味しい!」

 サクヤも頷く。

 アーシェは美味しそうにクッキーを頬張る二人を見て幸せそうに微笑んだ。

 そして、しばらく無言でクッキーを食べ続けたあとだった。

「でも……クロちゃんはやっぱりすごいな」

 ルミナがぽつりと呟く。

「えっ、なにが?」

 クローディアは首を捻った。

「だって、こんな美味しいお菓子も作れるんだもん」

 するとクローディアは少し恥ずかしそうに苦笑する。

「これはね、クラスのおかげなのよ。実は私『侍』と『菓子職人』のサブクラス持ちなの」

「お菓子……職人」

 ルミナは、ぽかんとした表情でクローディアを見つめる。

 彼女にとって憧れの存在が目の前にいた。

「……お菓子を作ると、なんとなく、それなりに美味しくなっちゃうのよね」

 だから、別に凄くはないのよ――と、クローディアは笑った。

 すると、アーシェが口の中のクッキーをお茶で勢い良く流し込んでから異を唱える。

「……でも、クラスだって、クロちゃんの中の……クロちゃんの力のうちじゃん。だから、やっぱりクロちゃんが超すごいんだよ!」

 サクヤが頷く。

「そう。美味しいお菓子を作ってくれたのはクロちゃん本人。クラス自体がクッキーを作った訳ではない」


「……あ」


 二人の言葉を聞いた瞬間、ルミナの胸のうちにあった、重たく暗い物が粉々に砕け散った。

「そっか……そうだよね」

 その欠片は温かな涙となってルミナの頬を伝い流れ落ちてゆく。

「ルミナスちゃん?!」

「どうした? 大丈夫か?」

「突然の腹痛なら回復魔法をかけるが」

 三人は唐突な涙を見て大いに慌てる。

 しかし、ルミナは口の端にクッキーの粉をつけながら、この日一番の笑顔で首を横に振る。

「違うの! クッキーが、すごく美味しくて感動しちゃったの……クロちゃん、みんな、ありがとう!」

 その言葉を受けてクローディア、アーシェ、サクヤの三人は、ほっとした表情で顔を見合わせた。

 そして、ルミナが照れくさそうに、もじもじとしながら言葉を続ける。

「……それでね。クロちゃん……お願いがあるの」

 クローディアは小首を傾げる。

「お願い?」

「うん……わたしにお菓子の作り方、教えて欲しいの」

「ルミナの将来の夢はお菓子屋さんを開く事」

 サクヤの口から語られたルミナの夢は、クローディアにとってかなり意外な物だった様だ。

「そんなに強いのに、お菓子屋さん……」

 一瞬だけ驚くも、すぐに「うおっほん」と咳払いをする。

「良いわよ。私も簡単なものしか作れないけど、今度一緒にやってみましょ?」

「やったー!!」

 と、両手をあげて喜びを露わにするルミナだった。

 そして、更にお願いをもうひとつ。

「あと、もうひとつあるんだけど……」

「なあに?」

「わたしにもクロちゃんの剣術、教えて欲しいな」

「えぇ……あなたの方が強いじゃない。教える事なんて、なにもないわよ……」

 これには流石のクローディアも少し微妙な表情になる。

 しかし、ルミナは譲らない。少しすねた上目使いでクローディアを見つめる。

「でも、わたしもクロちゃんと一緒の剣術がしたいの……」

 ちっぽけなプライドが大いなる可愛さに駆逐され、打ち砕かれて粉々に四散する。

「……だめ?」

 見る見るうちに頬を紅潮させるクローディア。

「もっ、もうっ。仕方がないわね……良いわよ、別に」

 そして、あっさりと折れた。


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