01-002.(仮)◆ココカラ村の中で
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◆ココカラ村の中で
・宿に泊まる。
・山で見かけた女騎士がいた。男の子を探しているようだ。
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◆宿へ
とりあえずは、村の中に入れてもらえたようだ。
スライムも、いまだ抱っこ中だ。スライムを持ち込むことには、さほどうるさく言われなかったが、良かったのだろうか。撫で撫でなでなでなでなで...あ、震えた。やっぱ、コンニャクみたいだ。
日はまた沈む――
そろそろ、今日の宿を探さなくては、な。
村の門番、つまり入村の際に世話になった相手に用事を言う。
「あんちゃん、この村に宿はあるか?」
「そこ」
相手は目的地を指差す。
「あ、どーも。入り口の近くにあったのね」
では、入っていきましょ。
*
入って早々、宿屋の親父さんから、手短に言われる。
「お泊まりですかい? 1日3000Gになりますが?」
「ゴールド? 日本円じゃダメか?」
そう言って、私は、なけなしの紙幣と硬貨をポッケから出す。
「お客さん、これはいったい、何です? 見たこともないコインですが――」
親父さんは、1円硬貨を取り上げて、ランプの光に照らす。そして、「こ、こりゃぁ……」、感嘆の声を漏らしつつ、言葉を継ぐ。
「こ、このコインの出来は、まともじゃない……! ああ、なんだ、この、精緻な加工技術!? おい、ちょっと、天使様にでも貰ったのか!?」
「いや、大げさな……。そんな凄いものなら、そうだ、あげますよ」
「あげるって!? そんな簡単にくれんのか!? いや、良くないと思うが、くれるというなら、うん、もらっておこう、そうしよか」
「んで、その煌めくコインを、宿屋の代金としたいんだが」
「ああ、いいぞ。で、いつまで泊まる?」
「数日は泊まりたいが……、いつまで居ていい?」
「そうだな、とりあえず……、10日分だ。10日分の宿代をいただいたことにする。それまでには行商人が来るから、このコインを鑑定してもらう。その結果によっちゃ、もっと居ていいぞ」
「分かった。10日もあれば十分だろう。ありがとう」
私は途中から、ビジネスライクに対応したが、内心、1円玉に対する、親父さんの金銭感覚が心配になった。
だが、ここが異世界だとしたら、納得しないこともない。
異世界……なのだろうか?
ここが、夢にまで見た、異世界なのだろうか。いや、夢にまでは見ていない。
家族には、もう会えないのか……。あ、いや、もうだいぶ前にみんな他界していたな。
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◆女剣士が少年捜索中
次の日。
朝日を浴びようと、宿の外、往来を、バンザイ背伸びしながら歩いていた。
胸にいだいていたスライムは、いつしかいなくなっていた。スライムも、散歩に出たのかもしれない。
村の衆と、装備で固めた剣士風の女性が、何やら深刻な様子で話し合っていた。
(ああ、あれは見たことある)
女性の方は、山で見かけた人だ。あのときは5人の男と剣呑な様子だったが……、生きているということは、やり過ごしたらしい。
近づいてみると、「まだ、見つからねえが――」という会話の一部が聞こえた。
「ん、アンタ、見かねない顔だね?」
と、女剣士は、こちらに声をかけてきた。
歳の頃は二十歳もいかぬ若い娘だった。
私は、「ああ」と返事をした。
「ところで、子供を見なかった? 背はこのくらいで、私と似た赤毛の男の子なんだけど、さ」
「う~ん……、いや、見ていないと思うな……」
女剣士は「そっか……」と言う。
「やっぱ、山へ行ったきりだ。諦めるしかねえ」
別の村人が言う。
「諦めねえよ! まだオラ、諦めん。また、山へ行く」
「諦めねえか。今度は、お前まで、なくなるぞ」
「まだ、なくなったと、決まったわけ、なきゃア!」
女剣士は、山へ歩きだす――が、それを村人が止める。
「やめろっ、また襲われるぞ! 山に住むモンスターを、甘く見ちゃいかん」
「甘くみてない! いつも警戒してる! 何人も死んでることも分かってる!」
女剣士、村人を押しのけ、山へ歩いていった。
(どうやら、男の子を探しているようだな。しかし……何人も死んだというのは、私がいた山のことを指しているのか? やたら血の気の多いのが徘徊しているようで)
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◆行商人
村に行商人が来たらしい。
一文無しで、まともに飯を食べていない私は、金を工面する必要があった。
村の中央に、荷物をたくさん積んだ、大きな牛がいた。そのとなりに、簡素なテーブルを出して、村人とやり取りする行商人の姿。
「これを、見てくれ」
私は、日本円を出す。
「ふう~む……、これは初めて見ますな」
そう言いながら、舐め回すように、観察する行商人。
「いくらで買い取れる?」
「んーむ、そうですな、でしたら……」
行商人は、粗末な硬貨を出す。それが、この国でのお金らしい。
「よし、OK」
OKも何も、いくらかのか? それは高いのか、安いのかが、まるで分からないわけだが……別に良い。
残りの日本円も、全部換金してもらおうかと思ったが、「そんなには買い取りきれません……!」と、拒否された。
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◆おかえりスライム
村の中。散歩をしながらも考えことをしていた。
この世界は治安が悪いらしく、何らかの防衛手段を持たなければ、落ち着いて散歩もできない。
とりあえず思いつく手段としては、戦闘慣れした他人に守ってもらうか、あるいは単純に自分が武装するか。
協調性がなく、ひ弱な自分には、どうも色々と難しいようだ。
考えてみれば、前の世界も、今の世界も、私には困難だ。
ただ、今回が幸せなのは、まだ未知の多さに自分自身ワクワク感が収まらないこと、かな。
見渡す世界が、見栄え上は、ファンシーなゲームの中にでもいるような気分にさせるから、というのもある。空想の中では、何でもできそうな気がしてくる。私はまだ、今という瞬間に現実感を感じていないのかもしれない。
そんな中、ピョコピョコと向こうから飛んでくる巨大グミが現れた。
グミは私の胸へ飛び込んだ。ガシリと抱く。
そのグミは見覚えのある、あれだった、スライムだ。
「おかえり。私が恋しかったのか?」
なでなでなでなでなでなで撫でる。
プヨンプヨンしている。まさにコンニャク。
「そういえば、名前を付けたほうがいいだろう。いつまでもスライムという種族名じゃ、不便だ。そう……、これから君を、『コンニャク』と呼ぶ」
コンニャクは、胸を弾くように降りてしまった。
「不服か? コンニャク?」
そうではなく、先導をしたいらしい。どこへ連れていきたいのか。
とりあえず、私はコンニャクについていった。
以前も、スライムを追って村を見つけたように、スライムは幸運を呼んでくれるのかもしれない。
ココカラ村を出た。どんどん突き進む。
(ああ、こりゃ、村への帰り道、分からなくなったな)
そんなことを心の片隅に心配しながらも、「まあ、いいか」という気分だった。
それより、移り変わる景色を眺めていた。
*
なんだか周りから、ゾロゾロ一緒に付いてくるような気配がしたかと思いきや、それは無数のスライムたちだった。
スライムの群れの中にいる。そして、どうやらこのスライムたちは、私もまた群れの一部としか認識していないらしい。
歩くのが疲れて、辛くなったとき、ふと、いい具合に大きいスライムがいたので、「よっこいしょ」と乗せてもらった。移動中だからブヨンブヨンする。
初め、酔いそうだったが、そのうち、そのスライムは乗り心地優先の動き方を習得したらしい。揺りかごのように、いいリズムで、そのうち寝てしまった。
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◆黒トラと再会
慌ただしい様子に、目が覚めた。
辺りは、いつしか森の中。私は地面の上にいた。
スライムたちが何かと戦っているらしい。
黒い獣らしい。目にも留まらぬスピードで動いているため、それしかわからなかった。
私の動体視力は、静止視力共々、よろしくない。
その獣を、スライムがとらえた。いっせいにスライムたちが集合して、固めにかかる。
「あっ!」
見たことある、黒トラだ!
「待て待て待て待て」
私は駆け寄り、スライムを叩いたり、下ろしたりして、どかしていった。
黒トラは鈍い動きで、私を視認した。弱っているらしい。
私は動物の扱いはもちろん、モンスターの扱いも知らないが、ただただ、丹念に、黒トラの身体を撫でた。撫で回した。
すると、不思議な事に、それで黒トラは、疲れが取れたかのように、背伸びをした。
シャキッとした黒トラに、周囲のスライムたちは、警戒状態だ。
私は、前のように、黒トラに乗ると、黒トラはノッシノッシと歩きだす。
スライムたちは、その後ろから、距離を起きつつも、ついてきた。
私は、案外、こちらの世界のほうが、良いのでは、という気がしてきた。
武装した人間やらモンスターが、普通に目につくため、暴力にまみれた世界かと懸念したが、友好的な生物も、多いのだな、と実感した。
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◆剣士ジャンヌとダルク
道に迷いつつも気にせずに進んでいくと、聞き覚えのある声がした。
そこには、村で見かけた女剣士がいた。
となりには、無残に八つ裂きにされた子供と思われる死体と、切り裂かれて事切れたイノシシのようなモンスターがいた。
現れた私たち向かって、即座に剣を構える女剣士。
「な…なんだよ、この見慣れないモンスターはっ……!」
慌てる剣士。
「落ち着け。一戦交える気はない」
女剣士は、ここでようやく、黒トラに乗る私の存在に気づいたらしい。
「あ、アンタは、村で見かけた旅人の……えーっと……誰だっけか?」
「君に名乗るのは、これが初めてだ。私は、ノロ。そちらさんの名も聞こうか」
「あ、えっと、オラはだ、ジャンヌ、ジャンヌって言うだ…言うんだ」
なまりを気にしていらっしゃるのか、発言に修正を入れてきた。
「ジャンヌか、そうか。ジャンヌ……、ジャンヌ・ダルクを連想するな」
「えぁ、なんだ、オラたちの名、もう知ってるんか。そう、弟の…名はダルク……だ………………」
ジャンヌは、顔を伏せるように、下を向く。そちらには、男の子供の死体がある。
伏せたジャンヌの顔から、ポツリポツリと雫が落ちていた。
*
ジャンヌは、思いを吐露するかのように、状況を話してくれた。
それによると、ジャンヌは消息不明の弟を探していたらしい。そして、見つけた。だが、それは、弟の死体を食い運んでいるイノシシの化物だった。それを、思わず斬り殺したあと、呆然として、もう、何をしてよいのか、分からなくなって、私たちが来るまでのあいだ、ずーっと、天を仰いでいたらしい。
「埋めるか?」
ジャンヌは、うなづいた。
私たちは、ダルクという男の子だった死体を、地に埋めた。
イノシシもどきは、売れば金になるだろうということで、持ち帰るらしい。
「それじゃあ、村までの道を教えてくれ」
ちゃっかりジャンヌを道案内に使う心づもりも忘れない。
「……やっぱり、連れて帰りたい」
ジャンヌは駆け出して、土を掘り返す。
生き返る様子は微塵もない弟ダルクを抱きしめ、一緒にスライムに乗る。
(死体を連れ帰ってどうするのか)
正直そう思ったが、口には出さない。運ぶ死体が1つ増えるだけだ。
「そいつはもう死んでいる、捨てておけ、諦めろ」と、厳しく現状を突きつけたところで、それが意味あるものになるとは思えない。
場合によっては、大切な人が、また生き返って会える……と信じ続ける方が幸せな人も、いるのだろう。
私たちは、スライムたちと黒トラに護衛され、村へと帰る。
ジャンヌが独り言を漏らす。
「生きていれば……と、祈った、けど…………。それでも……、どんな形でも、連れて帰ろう、と…………」
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◆村に帰り出る
村に帰った直後が、色々と騒々しくなった。
村人たちは、「スライムと魔獣の群れが襲ってきた」と、警戒態勢になる。
ジャンヌと私が、向かってきた村人を鎮める。
次には、ダルクの死が断定し、ショックが広がる。
私は、荷運びの感謝を、スライムたちにした。と、言っても、言葉は伝わらない様子なので、やはり恒例の、撫で回して撫で回した。それがどうも、魔物を含め、動物たちには好評のようだ。
スライムたちには、村へ入らずに帰ってもらおうと思った。
数体ならともかく、大所帯のスライムが村に入るのは、気が引ける。
スライムたちは、何度となく一緒に村に入ろうとするが、丁重に押し戻す。押し戻しては、また戻ってくるのを繰り返し、ようやく、聞き分けてくれたらしく、どこかへ帰っていった。
黒トラは……、どこだろう、スライムたちの相手をしているうちに、いつのまにか、いなくなっていた。
*
暗い面持ちをした村人連中も、翌日には、いつものように、快活に過ごしていた。
村の仲間が死んだことを、気にしていない、というわけではないだろうが、「死んだ人間より、生きる人間のことを考えなければ」という心持ちを感じさせた。
当事者のジャンヌでさえ、表面上はハツラツと朝の見回り、そしてあいさつをしていた。
(健気)
私ならば、人生において一度転んだだけで、それ以降ずっと転落人生を歩んでしまいそうなものだ。心が、精神が、負の方向に傾きがちなのだ。
私は声をかける。
「ジャンヌちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「あァ、ノロさん、昨日は…どうも、世話ンなって」
「観光地としてオススメな場所は、どちら方向だろうか?」
「観光……ですか? そんの……、ここらは、あまり見て回るようなモンは……。そうだ、『アタリ』には、もう行った?」
「アタリ? 幸運の女神様でもいそうな地名だ。どこだい?」
ジャンヌは指で示しながら言う。
「そっち方向を、道なりにずーーっと行きゃ、いずれつくよ」
「で、そのアタリってところには、何がある?」
「アタリていうのは、割と大きな町で、う~ん……オラはよく知らなけど、色々あんじゃないかな。何しろ、大きな町なんだもん」
「サーンキュウ。んじゃ、早速、行ってみるか」
くるりと回り、歩を進める。
(……ジャンヌ、弟さんのこと、哀しみを、表に出さないようにしているな……)
後ろを覗くと、ジャンヌは、剣を携え、周囲に注意を払い、村の警備に徹していた。
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