姫様と獣王領の弾丸少女
朝、姫様が起きられてから食事を済ませ出発しました。予定通り昼過ぎには獣王領との境に到着しました。
領境とは言いましても明確な区切りがあるわけではなく、この辺りに立っている、陽樹と呼ばれる陽に向かいどんどん伸びる性質を持つ木があるこの辺りを大体の目安としているだけですが。
なので獣人達が陽樹付近までやって来ることも多く、戦闘狂の獣人に絡まれないように、この付近に住むものは少ないのです。
「それでは、我々はここで失礼致します。この先もお気をつけて。」
影蜘蛛達を後ろに従えてジャンがそう言ってきました。その様子が少し不満げなのはやはり私だけだと不安と言う事なのでしょうか。
「ここまで付いてきていただき、ありがとうございました。姫様の事は、私が責任を持ってお守り致しますので安心してください」
そう伝えたのですが、ジャンは苦笑いのまま言いました。
「レイラが姫様を大事にしてるのはわかってるさ。でも俺が言いたいのはそれだけじゃない。姫様だってお前の事を大事に思ってるんだ。だから二人とも無事に帰ってこい」
俺達は領を守るからさ。そう言うとジャンは後ろを振り返り影蜘蛛達を連れて撤収していきました。
「彼も心配性ですね…」
そういって笑うと姫様も同意してくださいました。
「そうね、でもそれがジャンの良いところだと思うわよ?ただ蜘蛛に戻るなら見えないところでやってほしかったわ…」
蜘蛛から人間に変身する際には、丸まって人形で出てくるので良いのですが、人形から蜘蛛に戻る際には、内から食い破るように足が出てくるのでかなりグロテスクな光景になります。
「彼は有能ですから、少し抜けたところを見せてくれたと言うことで…」
その後も少しおしゃべりを続けてから、私達は獣王領へと踏み入れたのでした。
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ジャンから聞いた話のなかに、最近ヴァンプロード領との境付近に、勝負を仕掛けてくる獣人がいると言うものがありました。
今私達の乗っている馬車の進行方向に、斧槍を携えた少女が遮るように立っているのですが、彼女が件の獣人なのでしょうか。
「姫様、お勉強中に失礼致します。ただいま道を塞ぐように立っている獣人の少女が居るのですがいかがいたしましょう?」
獣人の少女を轢かないよう速度を緩めながら姫様にお伺いすると、姫様はその少女を一瞥して言いました。
「武器を持ってるのが怖いけど話だけでもしてみましょ。何かあってもレイラがなんとかしてくれるでしょ?」
馬車を止めて少女に近付いたのですが、彼女は特に武器を構えるなどもせず私たちに向かって言いました。
「あんたたち!アタシと勝負しなさい!」
「お断り致します」
「即答!?」
やはり例の獣人のようでした。これからライネン様のところへ行かなければならないのに関わっている暇はありません。
「なんでよ!アタシはこの辺りで一番強いんだからね!そのアタシとの勝負を断る理由なんてないでしょう!?」
「強さに興味はありませんので。それに私達はライネン様のところへ行く用事がありますので、時間をかけたくありません」
「え!?獣王様の所に行くの!?…それならこの人達に付いていけば…」
少女が何かをぶつぶつ言い出したので、今は会話を続けることは難しいかと思い少女を観察することにしました。
焦げ茶色の髪の毛で、目にかかからないくらいの長さ、耳は犬…いいえ、狼でしょうか?凹凸は少ないのですが、身長はあるのでスレンダーな体型ですね。ただ、幼さの残る顔立ちなので少女の領域を出ないのですが。手に持っている斧槍もしっかり手入れをしているようで、恐らく魔力を流しながら打つ魔大工の作品でしょう。
「それならやっぱりこいつらに…。おい!やっぱりあんたらはアタシと勝負すべきだ!」
なぜ考えた末の結果が元に戻っているのでしょう?
「私達にメリットがありません」
「メリットならあるぞ!アタシが負けたらあんた達に付いていってやるよ。獣王様の所へ行くんだろ?アタシが居れば挑んでくる獣人の数を減らせるぜ?大体の奴とは闘ったことあるからな!」
確かにこの後も他の獣人に絡まれない可能性は低くありません。いえ、むしろほぼ確実でしょう。彼らは優劣を決めるのが大好きですから。
「…万が一こちらが負けた場合には?」
「万が一じゃなくて確定事項だけどな!アタシが勝ったらあんた達はアタシの舎弟な!」
姫様も一緒に組み込んでるのが許せませんが身の程をわからせて差し上げましょう。
「良いでしょう。ただし他の獣人に絡まれたらその際は覚悟してくださいね?」
そういって笑いかけたのですが何故か急に武器を構えだしました。まだ勝負は始まっていないのにどうしたのでしょうか?
「アタシはイールフ・キングアニマ!斧槍使いだ!」
少女、イールフが名乗りを上げたので私も名乗り返します。
「ヴァンプロード家ルージェ様付侍従長、レイラでございます。武器はなんでも使えますが、手持ちがないため素手でお相手いたしましょう」