ゴルゴタ
夢を見ているような感覚だった。
私はいつの間にか普段の生活に戻っていて。。
私は普段のように授業を受けていて。
私は普段の教室の、一番後ろの左端の席に座っていた。
唯一違うことは、私のバッグの中に、照準器が取り付けられた黒光りする短機関銃と細長い弾倉が三つ、無造作に放り込まれていることだ。
代り映えしない、退屈な毎日。
このままつまらない大人になるのだという、漠然とした諦め。
あいまいな将来への展望。
私は、ふと、教卓で授業をしている英語教師を見た。
白髪混じりの60歳。いままではこの私立高校のハイレベルクラスの英語の担当として、数多くの合格者を輩出してきた、それなりに人望のある教師だったらしい。今のクラスはあまり頭が良くないし、対して情熱もない。おそらくこの先生にとっては今年は外れだと思っているんだろうな、とか考える。
私はちょっと振り返って、クラスを見回した。
前の方に座っているくせに騒いでいる馬鹿な男子生徒が三人。それを聞いて後ろで笑っているだけの生徒が二人。
後ろの方で携帯をいじる男子生徒一人と女子生徒が二人。7人程は完全に眠りに付いている。
真面目に授業を聞いているのは半数ほどか。他は適当に時間を潰しているか、遊んでいる。
私はノートを取り出すふりをしてバッグを足元に寄せた。隣にだれも座っていない、角の席が私の席なのでそれに特段気に掛けるものはいない。
バッグの中、安全装置をかけたままの短機関銃―ベルギーのファブリックナショナルのP90TRだ―のサムホール・グリップの穴に親指を突っ込んだ。短機関銃としては変わった形だが、精度、信頼性は折り紙つきの高性能なものだ。私のバッグは体育会系の部活生が使う、大型のエナメルバッグなので、銃だけ放り込んである状態ならかなり余裕がある
私はバッグの中で、スイス製のこれも高性能なサプレッサーを装着した。これで銃声が完全になくなることはないが、ふつうに撃ちまくるのに比べればかなりマシになるし、何より私の耳が痛くならない。
私は最後にもう一度、目の前のクラスを見回した。三十五人の生徒に、教師一人。
私は、短機関銃をバッグから取り出しつつ、立ち上がった。
こちらを怪訝な目で見た、隣の男子生徒。
私は椅子を後方に蹴っ飛ばしつつ、かっちりとした教科書通りの構えで短機関銃を安定させる。
一瞬で私は男子生徒の顔面に照準を付ける。赤井拓斗、卓球部に所属。今さっきまで熟睡していたあまり勉強にやる気のない、おそらく大学には推薦で行くのだろうと思っていた。
私は指でトリガー下の安全装置を「S」から「1」に変えて。引き金を絞った。
肩口から背中まで、トンッという振動が駆け抜ける。それと同時に赤井の顔面に超音速の小口径弾が炸裂して、もんどりうって机から転げ落ちる。
皆がパニックになったら面倒だな、と思って、私はそのまま銃口を並行まで持ち上げるような感じで、私の横一列に並んだ生徒たちを撃った。
赤井の右隣が、肩までの黒髪をおさげにした小室早紀だ。手芸が趣味の地味な女の子。あまり背は高くない。派手な女子たちとは合わないと言って、何度か私も話したことがあった。
斎藤克、佐藤秋子、長野公平、この辺りは名前しか知らない―が一気に銃撃を体や頭に受けて、血まみれになる。痛がるだけで死ににくい腕などにはあたっていない、全部頭に当てていなくても、それくらいの「撃ちわけ」は出来る。
私は致命傷を負った五人は放置して、前に向き直った。
この間、最初に赤井を撃ち殺してから4秒程。
多分、まともに生徒たちが動き出すまでにはあと三秒ほどある。
私はその三秒を有効に使うべく、素早く銃口を振る。あわてて振る必要はない。弾倉にはフルで五十発。今さっきで四発使って、残り四十六発。三十一人分には十分すぎる。
照準器で生徒たちをなぞるようにしながら、引き金を絞る。ちゃんと抱え込んだ銃の反動は、そこまで強烈ではない。一般的な女子高校生の私でも十分抑え込める。
たんたんたん、たんたんたん、という風に、二往復目で無傷の生徒はいなくなった。
何発か外れたから、残った弾丸は三発ほどか。最後に生き残っていた英語教師の胸に照準を定めて、セレクターを「1」から「A」に変えて、引き金を引きっぱなしにした。勢いよく連続して吐き出されたフルオートの弾丸は。英語教師の胸をえぐり取りながら彼の背後の黒板に血糊をまき散らした。
私は空になった弾倉を上部から取り外して、新しいものを差し込んだ。それから安全装置を掛けてから、机に置いた。
私以外の人が死に絶えた教室で、予備の銃が欲しいな、と思った。ついでにそれをしまうホルスターも。
私は目を閉じて、掌が上になるようにして、思い浮かべる。当たったらちゃんと相手が死ぬくらいの、少なくとも戦闘不能にはなるくらいで、たくさん弾が入る拳銃。ちゃんと言うことを聞き、凶暴性は折り紙つき、忠実な猟犬の様な銃がいい。
手に、腰に、重みを感じる。目をあけると手にはベルギーのファブリックナショナル製のFNS40コンパクト拳銃が握られていた。
私はそれをスカートの下の太もものホルスターに収納し、いつの間にかスリングが付いていたP90を手に取る。
短機関銃をスリングで肩に回して、両手をあけてから、手榴弾を手にとる。ピンを引っこ抜いても、安全レバーから手を放さなければ爆発しない。私はすぐ隣の教室のドアを開け、投げ込む。
ちょっと走って、また次の教室にもう一つの手榴弾を投げ込む。その直前に、前の教室から爆発音。M67破片手瑠弾が炸裂し、破片で中の生徒達はほとんどが肉片になっていることだろう。
最後の手榴弾を三つ目の教室に投げ込んで、私は走ってトイレへと向かった。そろそろ、爆発音や悲鳴で他の階から生徒が飛び出してくるころだ。
予想通り、上の階から生徒が駆け下りてくる。P90を個室に投げ込んで適当に頃合いを見計らって私はパニックに陥った生徒の群衆に紛れ込んだ。どこに向かうでもなく、流されるままに付いていく。
流されていくと、ようやく教師たちが生徒を学校の外へなんとか送り出していた。警察もいくらか到着しているが、監視カメラの確認はまだ済んでいないだろう。
警察と教師たちの誘導で、私を含めた生徒たちは近くの公園に行った。そこは市のスポーツ施設が併設されていて、学年やクラスごとにテニスコートや陸上競技場に分けられた。
私が所属するクラスは私以外みんな死んでいるので、ここでもう一度、やることにした。
群衆から離れ、すこし距離を取る。近すぎると殴られたり、もみ合いになったりする可能性があるので、ここは慎重に行く。
十五メートルほど離れたところで、私はまた銃を取り出すことにした。今回は教室のとき以上に撃ちまくるので、短機関銃では役不足だ。
私は米軍やNATO諸国で採用されたFN Minimi軽機関銃の最新型のMK3を思い浮かべた。200連発のベルトリンクで、長い間撃ちまくることが出来る。
一瞬、閃光が弾けた。その直後私の両手には巨大な銃が現れる。
Minimiと言っても、十分大きい軽機関銃―正しくは分隊支援火器というらしいが、そんなことは私にはどうでもいい。
私は肩にあてた後、肩をまわして、銃床を挟み込む。私は試しに目の前の群衆に引き金を絞った。短機関銃とは比べ物にならないマズルブラスト。
超音速ライフル弾が吐き出される。血が飛び散るなんて生易しいものではない。鮮血の濃霧だ。気管や動脈を損傷し、中の血液がぶちまけられた。
群衆が私の前で裂ける。モーゼが海を割ったように、鉛玉を吐き出す銃口の前に道が出来る。
私は軽機関銃を水平に移動して、弾を有効利用すべく短連射で細かく撃った。小口径高速弾と言えど人体一つで止まる程やわではない。むしろ骨などに当たって歪になった弾丸ほど傷は治りにくくなる。
あっという間に200連ベルトリンクを使い尽くした軽機関銃を投げ捨てた。と、その瞬間、私の近くで銃弾が弾けた。
体制を立て直した警官が数人、ちんけな五連発リボルバーを私に向けている。さしずめ、日本警察のセオリーに従った威嚇射撃と言ったところか。銃を捨て、丸腰になった犯人を射殺するのは警察による殺人だ――こんな風に騒ぐふざけた団体が世の中にはいるという。
私は無駄のない動きで、スカート下に隠していた自動拳銃を引き抜いた。
日本警察は十分な射撃訓練の機会を与えられているとは言いにくい。一発目の反動から銃口を向け直し、引き金の重いダブルアクション式のからの二発目よりも、私に与えられた技能では早く撃てる。私は素早く引き金を一回絞る。標的をかえて、もう一度。
ふつうならダブルタップ―二発の速射―で確実に仕留めるのが普通だが、私はそこまで気にしていない。
こちらが敵意を見せなければ、悪意を見せなければ、決して相手も自分を裏切らない――この阿呆な考え方が根底にあるような人間に私は殺されるとは思えない。
私は警官二人を撃ち殺すと、移動を始めた。さすがに機動隊や特殊部隊と戦うには遮蔽物を取らねばならない。
適当なパトカーを遮蔽物に取ると、私は新しい武器を生み出すべくかがみこんだ。
FN SLP MKI。ベルギー製、FN―ファブリックナショナルの半自動式の散弾銃だ。さっき使った軽機関銃や、拳銃、短機関銃と同じメーカーの物だ。別にこのメーカーが好きなわけではないが、このメーカーは私に能力を与えた「彼」が好きならしい。
通常は猟銃として使われることの多い散弾銃だが、それらはポンプアクションという、一発ごとに再装填の動作が必要なものが多い。それを改善し、対人戦闘に適応させたものが、セミオート、単純にいえば、反動を利用して弾丸の再装填を行うものだ。こういう知識も「彼」に与えられた能力のおかげだ。
このモデルは一般的な12ゲージの巨大な一粒弾から、多数の鉄球を撃ちだす多粒弾まで使い分けることが出来る。
今は九個の鉄球が入った九粒弾を使用している。
私が散弾銃を生み出すと殆ど同時に、銃弾が盾にしているパトカーに突き刺さった。パトカーに防弾板が追加されているわけではないが、さすがにボディを易々と貫通するようなことはない。
私は銃床でサイドミラーをたたき壊して、それを使って偵察すると、特殊装備に身をまとった特殊部隊らしき男が4人見えた。こんなに早く初動が起こるわけがないので、おそらく命令を無視して装備をふんだくってきたのだろう。
ミラーを傍らに置いて、私は最小限、体を乗り出して散弾銃を構えた。細かい狙いは要らない、だいたいの目測で、引き金を引く。
男たちは慌てて遮蔽物として近くのSUVに隠れた。
私は二発ほどSUVを中心にするように銃撃、牽制してからかがみこんだ。
車を遮蔽物にするにはコツがある。なんてことはない、簡単なことだ―足は前後どちらかのタイヤに隠す。軍用のスタッドレスでなくても、威力を減退させるには十分だ。事実私はそうしている。奴らはどうだろうか?
私の遮蔽物はセダン、こちらが足を銃撃される可能性は少ないが、あちらは車高の高いSUVだ。さっき壊して取ったミラーを使って相手の状態を偵察すると、思った通り、コンバットブーツの底部をこちらにさらしている。ふつうの状態なら気付く。だが、慌てていれば、そんな簡単なことでも気付かないこともある。
私は相手は下から狙っていないのを確認してから、銃と腕、頭の体の最小限だけ出して、SUV底部を狙い撃った。
それだけで、向こうからの銃撃は止んだ。
回り込んで撃ち殺してもいいが、正直、面倒くさいし死に物狂いで反撃されると厄介だ。そもそも今回は出来るだけたくさん殺すのが目的であって、小物にこだわって怪我なんてしたら目も当てられない。あいつらは放置して、他の場所に向かうことにする。
私は男たちをおいて、もう一度さっき使ったP90TR短機関銃を手に呼び出した。「彼」が私に与えた能力のおかげで、弾切れや銃が無くなることを心配する必要はない。今回は威力より機動性が大事だから、これを選んだ。本当は短機関銃ではなくPDWとか言うらしいが、細かいことはどうでもいい。とりあえず、さっき人が集まっていたテニスコートに向かう。
急いでテニスコートに向かうと、もうかなりの人数が逃げようと動きだしており、殆ど人は残っていない、その代わりに生徒たちは散りじりになって逃げていて、追いかけるのは面倒そうだった。
警官が数人、こちらに向かってくるのが見えたので、私は彼らに適当に撃ちつつ、走り出した。
人々と紛れ込むことが出来れば、また虐殺の機会があるかもしれない。顔を見られた警官を殺しながら、移動することにする。
パニックになった生徒たちをなんとか誘導しようとしていたリーダー格らしき教師を見つけたので、一瞬立ち止って、銃撃した。
フルオートになったままだったので、いきなり4,5発まとめて発射され、教師の体に突き刺さった。何発かは気管にあたったのだろう、霧のような血が宙を舞った。
駆け寄ってきた別の教師も同じように撃ち殺す、いったい何が出来ると思って駆け寄ったんだ?
理解に苦しむ。
私は適当に遠くに止まっていた救急車に弾丸の残りを撃ちこんで、空になった短機関銃を投げ捨ててから走り出した。
代わりにM18スモークグレネードを二個、呼び出して、ピンを抜いてそこらに転がすとあたりが白煙に包まれた。わたしは急いでクレイモア―指向性対人地雷、リモートコントロールによって作動する―を地面に設置する。
煙に乗じて私は公園から逃げ出す。しばらく走ると隣接する体育館に人々が逃げ込んでいるのが見えたので私もそこを目指した。
中に入るとむせかえるような熱気が立ち込めていた。生徒だけでなく、避難してきた近隣住民や公園の利用者が数えきれないほど集まっているのだ。すすり泣く音も聞こえる。自らの境遇を毒ずく声も聞こえる。
ちょっとして警官の動きがあわただしくなった。
クレイモアが発見されたのだ。
爆発物処理班は、そう早く駆け付けることはない。
いつだって、警察は、犯罪者の後塵を拝まされる。
いつだって、犯罪者に振り回され、後手に回るのが警察だ。
いつだって、主導権を握るのは、こちらだ。
私はリモコンを操作して、クレイモアを起爆した。遠くでくぐもった爆発音が響く。これが誰かを殺傷したかどうかは関係ない、ひとたび爆発物の存在を見せ付ければ、向こうは例えこちらがその気がなくとも、第二の爆発物の攻撃を警戒せざるをえない。
私は演技は上手くない、おそらく一人だけこの体育館で平然としていれば、不審に思われるだろう。とりあえず、その場を離れ、私は別の場所に向かおうとした。
「君、ちょっと我々と来てくれるか」
少しだけ、遅かったらしい。振り返ると刑事らしき大柄な男が三人、こちらを睨みつけている。おそらく、顔を見られたわけではないが、かなり疑っている。
さて、ここで撃ち殺しても構わないが、逃げられるだろうか?――いや、ついていったほうが逃げられなくなる可能性が高い。
考え直した私は一瞬でスカートの下から自動拳銃を抜き放った。一発二発三発四発、二発ずつ二人にあてて、そこで最後の一人が拳銃を抜く。相手が遅いのではない、私が早すぎる。うぬぼれているわけではないが、私は彼らなんかよりもよっぽどよく銃の取り扱いを知っている。
横に飛んで、射線から逃れつつ、速射する。防弾ベストを着こんでいるだろうから、始めから顔を狙う。最悪胸に当たっても着弾の衝撃で失神させられれば御の字だ。
また、逃げなくてはいけなくなった。残りの弾丸を体育館内に適当にばらまいてから、私は走り出す。弾倉を取り替え、スライドを引く。セーフティをかけ、すぐにホルスターに戻して逃げ出す。
走ると、すぐ近くにある最寄り駅にたどり着いた。すぐ近くで銃撃事件があったというのに、まだ平然と通常運転している。私は大急ぎで切符を買って、駅構内に入るとコインロッカーを目指す。
別に鍵をかける必要はない、私は少し値段の高い、大型のロッカーに手を突っ込んで、大きめのスポーツバックを呼び出して、中に置く。
その中に、C4――世界中の軍隊やテロ組織で使われているプラスチック爆弾だ――を放り込んで、結束バンドで手早く束ねる。米軍の使う、信頼性の高いフューズを差し込んで、準備完了。フューズの先の時限装置で、4分半で設定。急いでロッカーを閉めて、そこを立ち去る。
さっき買ったばかりの切符を改札口に入れて、駅構内から出る。ようやくここで警官が走ってくるのがみえた。私は反対側の東口に走る。
駅のバスロータリーの先、ファーストフード店に隠れるように止まっている群青色の大型ワゴン。私が近づくと、すぐに乾いた音とともにロックが解除される。私はすぐに後部座席に乗り込んだ。
「御苦労さま。どうだった?」
運転席の男が車を発進させながら言う。ファーストフード店の前からすぐに離れ、駅からどんどん離れていく。
「…出来る限りは殺しました。詳しい数は明日にでもニュースで報道されるでしょうが、大体二百人程でしょう。」
私は答える。運転席の男―「彼」はサングラスをかけながら、車を加速させる。まさか学生が車で逃げるとは考えないだろうから、非常線は警戒しなくても大丈夫だろう。
運転手の男は緑色のタンクトップに、鍛え上げた筋肉質の肉体がはちきれそうになっている。殆ど丸太の様な太い腕で、ハンドルを握りしめている。
「上出来だ」
満足げに「彼」は言う。
「その体ももう変えた方がいいな―片桐、舞、って言ったっけ?」
「はい、それでは―」
私は、銃とホルスターを一度足元において、心身を集中させる。座っている座席にめり込んでいくような不思議な感覚。何度やってもなれない、下手なパイロットが操縦する飛行機の着陸時の様な、不快感。
私が、私でなくなっていく。これまでの「私」も本来の私ではない、仮初の「私」
本来の「私」なんてものはとうの昔に失ってしまった。
そもそもそんなものがあったのかどうかも怪しいところだ。
私は目をあける、体が少し小さくなったように感じる。手を見てみると、さっきまでの「私」だった片桐舞よりも指が細い。頭を動かすと、お下げの髪が揺れて、少し気が散るな、と思った。片桐舞はショートカットだったから、銃を抱えて走り回っても邪魔にならなかった。束ねた方がよさそうだ。
「ん。オッケー」
彼は満足そうに言う。
「この車も、もう少ししたら乗り換えるから、忘れ物しないように」
「はい。分かりました。」
私は素直にうなずいた。足元のホルスターを足元から拾って、太股に装着する。さっきより、足が細くなっているので、それも調節しなおした。
しばらく走り、人が少なくなってきたところで彼は車を廃工場の駐車場に乗り入れた。
私と彼は車を降り、万が一にも人がいないのを確認してから、ワゴンの前に立った。
「この車、気に入ってたんだけどな」
彼は残念そうに言いながら、両手を前にかざした。
彼の両手から、わずかに火花が散った。青白い粒子が掌から流れ、その間を縫うように青白いプラズマの様な雷が放たれる。
彼の両手が、電流を通して群青色の大型ワゴンとつながった。刹那、ワゴンが崩壊を始める。まるで砂の城が乾いて崩れるように、鉄が、ガラスが、強化プラスチックが、青白い粒子に分解されていく。
「…お前は、召喚って、どれくらいまでできるんだっけ?」
車を分解しながら、彼は言う。
「今の私の背丈ぐらいのものなら、十分な情報があれば、数秒もかかりません。ただ、車両や航空機の様な大型のものを作るのはかなり時間がかかります」
「そうか、まあ何事にも向き不向きがあるからな」
彼は言う。
「まあ、それが努力しない言い訳になるわけではないがな」
「…精進します」
「はは、気にするな」
彼がそういった時にはワゴン車は完全に粒子に分解されていた。
そのまま、彼は分解した粒子を「練り直す」 彼は中に漂う粒子を再び操って、新しい車両のSUVにそれを仕立てあげていく。
それから二分程でSUVが形成されて、私たちは再度、車に乗り込んだ。
発進させて、しばらくの間、私たちは無言だった。隣町を通り過ぎようと言うところで、彼が口を開いた。
「なあ、お前、今回の活動はどんな意味があったと思う? 本部の連中がやれと言うからには、何かしらの意味があるんだろうが、お前の意見が聞きたい」
彼が私に質問する時は、大抵その回答がどんな内容であっても否定することはない。彼はどんな時も議論を求めている。世界に対するさらなる理解。どれだけ深くとも、決してそこに届くことはない一見して無意味な言葉の応酬。
「実際にやってみて、なんとなくは、分かりました」
私は答える。
「無抵抗の市民を出来る限り虐殺しろ、と文面通りの意味でとらえるならばただのテロリストと変わりません。裁きや聖戦と称して、実際に判断を下す上層部ではなく力なき末端の人々を虐殺し、死体の山を築く」
「いくら私たちが、世界と敵対しているとはいえ、そんな無意味な蛮行をするはずがありません」
「ならばなんだ?」
彼はミラーでこちらを見る。
サングラスの奥の目は笑っている。
「問題提起です」
私は答える。
「この世の中の秩序を守っているのは警察でも、軍隊でもありません。人々の『罪悪感』です。
神が見ている、人が見ている、どういう考え方であれ、倫理的、社会的にやってはいけないことを自分の中で線引きしている。
『やろうと思えばできるけど、いけないことだからやらない。』これしか社会的蛮行に対するブレーキが存在しない。
こんな状態で世界平和や、安寧など得られるわけがありません」
「ずいぶんと話が大げさだな」
彼は笑いながらいう。
「だが確かに、そうかもしれん。『しない』ことは『できない』ということとは違う。かつてロシアの皇太子が来日した際、警察官がサーベルで斬りかかる事件があった」
「まさしくそれと同じです。『しない』ことは抑止力でもなんでもない。今回私は銃火器を持って学校で虐殺を行いましたが、それは銃に限ったことではない。手製の爆弾でも、極端な話大量の刃物でも規模は違えど似たようなことは出来た。ふつうはしない。でも、それを実践することは私でなくても出来た」
「ならばどうすればいい?完全にそれを抑え込むことなどできはしないだろう?」
「死の恐怖を教え込む。それしかありません」
私は断言した。
「世界の大半の犯罪は、世界をなめきった考え、周りがやっているからいいという幼稚な自己認定、痴情の縺れ金銭トラブル一時の激情…何かしらの一線を越えるきっかけがあります」
「少なからず、その行為に関与する瞬間に、死刑の―死の恐怖が過ぎれば、防げたかもしれない」
「それでも、世の中には死んでも構わないという意思を持って犯罪を起こすものはいる」
彼は言う。
「そういう奴らには、どうしたらいい?」
「望み通り、殺す。それしかありません。今回の私の行動でも、足元に威嚇射撃をしてきた警官はいました。それでも、彼は私を撃てなかった。それは彼の責任ではない。組織の問題です。もしくはそれを許さないという世論の問題かもしれない」
「もし、銃を捨てて、丸腰の状態の犯人を、お前を射殺したならば、批判が殺到するだろう」
「そこです。そこがこの国の問題なんです。いや資本主義の問題と言ってもいい。多くの人の意見を集約するがあまりに行動の一貫性が失われている。何事に対しても反対意見を予想することによって委縮して、柔軟性を失っている」
「だったらどうする? 戦前、世界に蔓延したファシズムを再び蘇らせるか?」
「そこまでする必要はないでしょう。少なくとも今のところは。ただこの国を見ていると、本当にその必要が出てきた時に、例えば極端な話、世界大戦がはじまったとして、他の国に乗り遅れ、蹂躙される可能性が捨てきれない。もはやこの国全体が役人気質になっていると言えるかもしれません」
「ふぅむ」
彼は話し疲れたように息をつく。
「話が広がりすぎた。まとめよう。ずばり、今回の行動の意味を簡潔に述べるならば?」
「問題提起。秩序の根底は人々の善意、罪悪感という薄っぺらい物でできていること。その他は私が勝手につけ足したものにすぎません」
「なるほどな」
「…あなたはどう思いますか、今回の行動は、どんな意味があったか」
「ただの示威行為じゃないのか。こちらはいくらでも潜入して暴れまわることが出来る。殺しまくることが出来る。交渉次第ではやらないで置いてやる、という意思表示じゃないのか」
「示威行為とするなら、実戦部隊を潰さなくては意味がないのでは? それこそ無抵抗の市民を殺すだけでは、テロリストと変わりません」
「さぁな、俺の意見もただの思いつきだ。」
彼は唇だけで笑った。今度は、目が笑っていない。何か隠している、しかしそれは言うべきではない―彼がそう思った時の顔だ。私と付き合いが長い分、なんとなく何を考えているかは分かる
「さぁさ、もうすぐで海だ」
私と彼はさびれた漁港で降りた。勿論、こんなところで船を召喚するわけにはいかないので、あらかじめ、ここには船籍の存在しない漁船を停泊させてあった。
彼は日焼けした相貌が船にとても似合っていて、漁師だと言われてもおかしくはないから、外見的にはうってつけだった。
私は船室に入ると、とりあえずFN MAG汎用機関銃を召喚した。公園で使ったMinimiより口径が大きく、対物打撃力に優れるから、巡視船程度なら対抗できるだろう。
エンジンが稼働し、船が動き出すと、私は機関銃を引きずるようにして外から見えないようにしながら船尾の方へ向かった。彼は操縦しながら前方の警戒を担当する、その間私は後方の警戒だ。
沖合へ、どんどん加速していく。海の上でも速度制限はあるが、ここらで漁をしている船は見えないからか、全速力で飛ばしている。
しばらく漁船は全速で公海上を突き進んだ。彼の召喚はかなり細かいところまでカバーしているから、どんなに燃費の悪い速度でも、タンク内に直接燃料を注ぎ込んで理論上は永遠に進み続けることが出来る。
「おーい、そろそろだ。こっち出てこーい」
私は念のため銃を持ったまま船首の方へ移動した。
「ここらが連中とのランデブーポイントだ。指定した時間まであと数分」
「…では、ちょうどいい機会なので教えてください。あなたは今回の行動にどういう意味があったと思うんですか?」
私がそう聞くと彼はにやけたように笑いながら、こちらを見た。
「なんだ、まだ気になってたのか」
「そんな大した考えじゃねぇよ、もっと単純だ。 多分俺らの本部は、今の人類との正面戦争を望んでいるんじゃねぇのか、と俺は思ったまでさ。
あいつらは戦争に仁義や大義名分を求める。そんなもんが実際にあろうが無かろうが、捏造なりなんなりで融通を利かせる。
今回の一件はそれには十分だろ? 学校に銃を持って生徒になり済ましたテロリスト、生徒を虐殺し、駅を爆破。奴らは遅かれ早かれ俺達の仕業だと気付くんじゃないのか?」
彼は楽しそうに言う。
「だが、奴らがこれを本当に公表するかどうかは分からんがな。俺たちは存在自体が眉唾な超人類みたいなもんだ。もみ消して、接触なり拉致なりしてくる可能性の方が高いかもしれん」
「まあ本当のところは本部の偉い奴らしか分からん。それにそれは帰ってからゆっくり聞けばいいんじゃないのか? 奴らももう来たようだしな」
彼がそういうのと殆ど同時に、私たちから百メートルほど先の海面が盛り上がった。
大きな波を立てながら浮上してきた巨大な葉巻の様な形の無機物の塊は、まず頭を斜めに海上に突き出したあと、ゆっくりとその頭を下げ、海面に対してその全体像の上表面をさらした。
―ル・トリオンファン級原子力潜水艦。私たち、新人類の組織が運用している、最大の兵器。これも誰か、組織の中の凄腕の一人が召喚したものらしい。確かもともとはフランス軍で運用されていて、フランスの虎の子である、核兵器を搭載した潜水艦発射型弾道ミサイルさえ運用できるという。今回は私たちの日本近海からの脱出に駆り出された。
私たちは浮上した潜水艦に近づく為に操縦席に戻った。
「そういえば」
彼は思い出したように言う。
「お前の仮説、罪悪感がどうとかいってたが、お前はあれだけの人間を殺しておいて、罪悪感はないのか?」
この人は何を言っているんだろう。
「虐殺をしたのは 片桐舞 ですよ? 私は小室早紀、全くの別人です。」