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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第11話 あなたの秘密
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第11話 あなたの秘密 6/6

「……」

「……」


 無言のまま固まったのは、覗き見るようにドアから半身を出していた女性も同じだった。メガネのレンズ越しに翔虎(しょうこ)と視線を合わせ続けている。


「あ、(あおい)さん?」


 翔虎は叫んだ。

 ステージを終え、帰り支度の峰岸(みねぎし)葵は呆然として、素顔を晒したディールナイトを見つめている。


「……君、確か……入り待ちしてくれてた」


 葵がドアから出て翔虎のほうに歩み寄ると、翔虎は少し後ずさった。


「あ、あの、これは、違くて……ですね……」


 翔虎は葵と目を合わせず俯きながら、しどろもどろの答えを返した。


「君がディールナイトなの?」


 つかつかと駆け寄る葵を避けるように、翔虎はさらに後ずさったが、壁に背中をぶつけたことで、その足は止まった。

 葵と一メートルに満たない距離で向かい合った翔虎は、


「あ、あの……いつから?」


 葵はしばらく無言だったが、翔虎の質問の意味を察したように、ああ、と声を出してから、


「君が、床からピストルを出したあたりから」

「そ、そうですか……あ」


 翔虎は言葉を止めた。

 葵が屈み込んで翔虎の顔を覗き込むように見つめていた。身長差があるため、葵が少しかがんで二人の視線は水平になる。

 葵は鞄からハンカチを取り出して、


「血、出てるよ」


 と言って翔虎の頬を拭った。


「あ、いや、これは。大丈夫です……」

「汗もすごいよ」


 翔虎の顔は、ストレイヤーのペンチから逃れた時とは、明らかに異質な汗に濡れていた。葵のハンカチが翔虎の血と汗を含んでいく。

 血と汗が拭い去られると、翔虎の上気した赤い顔が露わになった。出血は軽いものだったためすでに止まっていた。


「あ、あの……」


 翔虎は葵に話しかけ、


「ん?」


 小首を傾げて答えた葵に、


「このことは、どうか、ご内密に……」

「……ぷっ」


 葵が吹き出した。


「え? な、何が……」


 翔虎は葵の目を見たが、思いのほか葵の顔が近かったためか、すぐに元のように視線を下げた。


「ごめん」


 葵は笑って姿勢を元に戻した。それに連れ、翔虎も葵の顔に視線を送り、葵を見上げる格好となった。


「だってさ」


 葵は笑顔のままで、


「『ご内密に』なんて、若いのに古めかしい言葉使うんだもん」

「お、おかしかったですか?」

「ううん、好きよ、そういうの」

「え?」

「で、ご内密って、君がディールナイトだってことを?」

「は、はい……」


 と言って翔虎は頷いた。


「オーケー」


 葵はウインクをして、右手親指と人差し指で輪っかを作った。


「あ、ありがとうございます」


 翔虎はぺこりと頭を下げた。


「ねえ、名前は?」


 葵は翔虎に訊いたが、


「あ、そ、それも……」

「そうだね。秘密のヒーローだもんね」

「は、はい……すみません」

「謝ることないでしょ」


 と、葵はまた笑った。


「……じゃあ」


 葵は再び屈み込むと、翔虎の目を見つめて、


「これだけ教えて」

「は、はい。何ですか?」

「君、男の子だよね?」


 葵の視線は翔虎の顔から下に向かい、露出した腹部、太腿へと流れ、ビキニパンツで止まった。


「そっ! そうですっ!」


 翔虎は素早く両手で股の辺りを隠す。顔は再び汗に覆われた。

 葵は微笑むと、「はい」と、ハンカチを手渡した。翔虎はそれで汗を拭う。

 葵は姿勢を戻すと、


「かっこよかったよ。じゃあね」


 と、声を掛け、翔虎から離れて歩き出した。


「あ、あの、これ……」


 翔虎はハンカチを葵の後ろ姿に差し出したが、


「プレゼント」


 葵は振り返り、そう言って笑ってまた歩き出した。

 翔虎はハンカチを握ったまま立ち尽くす。

 葵の後ろ姿は駐車場の角に消え、見えなくなった。



 関係者用出入り口から店外に出た葵の携帯電話に着信があった。彼女のマネージャーからだった。


「もしもし、世良(せら)だけど、ごめん葵ちゃん。すごい渋滞で、もう少しかかりそう」


 電話のスピーカーからは、マネージャーの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。


「ううん、いいですよ」

「あれ、楽しそうな声だね? お客さんのノリがよかった?」


 葵は微笑んで、


「……はい、最高のステージでした」


 通話を終えた葵は、息を吸い込んで、


「私だけが知っている あなたの秘密

 誰にも内緒にするから ねえ ちょっとだけ私の言うことをきいてよ」


 彼女の新曲『あなたの秘密』を口ずさんだ。



 呆然と立ち尽くしていた翔虎だったが、携帯電話の着信で我に返ったように体を震わせて左手のタッチパネルを見る。発信者は(なお)だった。

 翔虎は左手を顔に近づけて応答した。


「もしもし」

「翔虎、駄目。全然みつからない」

「ああ、もうやっつけた」

「え? どうして?」

「どうして、って――」

「どうして私に連絡しないの?」

「だって、危ないだろ」

「もう! で、どこにいるの?」


 翔虎はあけみと一緒の直と吹き抜けのステージで待ち合わせをすることにした。

 電話を切って変身を解いた翔虎は、右手に残されたハンカチをポケットに押し込んだ。

 ドアを開けて関係者用通路から店内に戻ろうとした翔虎だったが、また携帯電話に着信があった。今度は弘樹(ひろき)からだった。


「どうしたんだよショウ。葵ちゃんのステージも観ないで」


 翔虎が、もしもし、と言うより前に弘樹は捲し立てた。


「悪い、ちょっと用事が」

「葵ちゃんのステージを放り出すくらいの用事って何だよ。あ、お前、葵ちゃんのことあんまり好きじゃないな」

「そんなことないって……」

「よし、テラに代わるから、みっちりと葵ちゃん道を叩き込んでもらえ」

「えー」


 翔虎の携帯電話からは、峰岸葵の素晴らしさを得々と語る寺川(てらかわ)の声が、絶え間なく聞こえ続けた。


――2016年5月14日

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