第11話 あなたの秘密 5/6
翔虎はエスカレーターを(他の客の邪魔にならない程度に)駆け下り一階まで辿り着いた。
左右を見回して、ステージの方向とは逆に向かって駆け出す。
ここまで店内の様子にまったく異常は見られず、いつもの土曜日のように買い物を楽しむ大勢の客で賑わっているだけだった。
「いったいどこに出たんだ……」
翔虎は呟いて立ち止まる。辺りを窺うと、一枚のプレートが目にとまった。
〈関係者専用出入り口〉壁と同じ色をしたドアに貼り付けられたプレートには、そう書かれていた。
人目を避けるようにそっと、翔虎はその出入り口に体を滑り込ませる。
ドアを閉じると、店内の雑踏、流れている音楽はほとんど遮断された。
店内よりは若干薄暗い照明の廊下を進み、途中にあったドアのひとつひとつを覗いたが、中は従業員の休憩室や更衣室などで誰もおらず、ストレイヤーの姿もなかった。
廊下の突き当たりはドアとなっている。そっと開くと、そこは下り階段だった。
階段を下りきったドアを開けると、地下駐車場に出た。
ドア付近の駐車スペースに停めてあるのは、ショッピングモールの業務用車両だった。それらの車両の二台ばかりが大きく変形している。縦列に停められた二台の前車両の後部、後ろ車両の前部がほぼ消失している。
車の切断面は弓なりになっており、それは、二台の車両の間に直径二メートル程度の球体が出現し、その球体が車両をえぐり取ったかのように見える。
音がした。明らかに車の音ではなかった。
翔虎が目をやると、柱の影から異形の物体が姿を見せた。
「こんなところに出ていたのか、騒ぎにならないわけだ」
翔虎はドアを閉めて駐車場に足を踏み入れると、携帯電話を取りだし発信しようとしたが、
「直が来るとか言い出したら危ないしな」
翔虎は発信相手を亮次にして、
「亮次さん、発見した。これからやっつける」
「気を付けてな」
「了解」
通話を終えた翔虎は、携帯電話の画面を電話から変身アプリへと変え、駐車場の床と壁のコンクリートをえぐり、ディールナイトへと変身した。
人目はないが、多くの客がいるショッピングモールの敷地内ということを考慮したのか、翔虎はヘルメットもフル展開させた。
ストレイヤーが重低音の唸り声を上げて向かってくる。
翔虎は落ち着いた操作で床から剣と盾を錬換して装備した。
「まるでシオマネキだな……」
向かってくるストレイヤーの外見を翔虎はそう評した。
人の姿を成してはいるが、脚が極端に短い。しかし全高は二メートルを超えているため、腰から上が異様に間延びしている。それでも滑稽な印象を与えないのは、身長に比例して横幅もそれなりにあるためだろう。
そして、翔虎がそれを〈シオマネキ〉と形容した所以。ストレイヤーの右腕が大きく振りかぶられた。
そのストレイヤーの右腕は、巨大なハサミのような形状をしていた。
ハサミの先端が一瞬前まで翔虎がいた床を叩き、コンクリートの破片を飛び散らせた。
横に跳びその一撃を躱していた翔虎は、素早く体勢を立て直したが、ストレイヤーの動きも速かった。
右手のハサミを突き出し、翔虎が構えた剣を掴んだ。
ストレイヤーの右手のそれは正確にはハサミではなく、工具のラジオペンチに近い形状をしている。そのため二本のペンチの内側には刃は付いておらず。ヤスリのような凹凸を刻んだ平面となっている。
ラジオペンチに掴み取られた剣は、ペンチの間隔が狭まるに連れ、金属が軋む音を立てて潰されていく。
ストレイヤーの右腕肩口からは油圧シリンダーやコードが伸びてペンチと繋がっており。シリンダーの伸縮がペンチを開閉する動力となっているようだ。
ペンチの両刃が完全に合わさると、剣は真っ二つに潰し折られて、上半分が床に転がり、下半分だけが翔虎の手に残された。
ストレイヤーがペンチを開くと、ペラペラに押しつぶされた剣の一部が、がちゃりと床に落ちた。
「何だこいつ!」
翔虎は使い物にならなくなった剣の下半分を投げ捨て、走って距離を取ったが、ストレイヤーもすぐに追いかけ、右手を伸ばした。
リーチのあるペンチは背中から翔虎の体を挟み込むかと思われたが、翔虎は体を捻って回避。
ペンチは金属がぶつかる音を立てて空気を掴んだ。
翔虎の逃げる先には壁が迫ってきていた。
翔虎はストレイヤーと壁に挟まれる形となったが、翔虎は走るスピードを緩めず壁に向かい、そのまま壁を駆け上がった。
そして、床と天井との中間程度の高さで壁を蹴った。
その勢いでストレイヤーの頭上を飛び越え……ることはできなかった。
「しまった!」
ストレイヤーは早い反応を見せ、翔虎は空中でペンチにキャッチされてしまった。ペンチは翔虎の胸の鎧部分を掴み、ストレイヤーは翔虎を頭上に掲げるような体勢となっている。
肩口の動力部が唸り、シリンダーが動きペンチにトルクが加えられる。
翔虎は左腕タッチパネルを操作し、輝きだした左掌を自分を捉えたペンチ部分に叩きつける。ペンチは消え失せ、代わりに斧が出現した。
片側のペンチが消えたことにより翔虎は戒めから脱出すると、空中で斧をキャッチし、落下する勢いに任せてストレイヤーの右肩に刃を振り下ろした。
シリンダーやコードが破壊され、ペンチはその機能を失う。
しかし、それは一時のこと、駐車場の床を材料として、ストレイヤーは失われたペンチ、破壊された動力部をどんどん再生していく。
着地した翔虎は真横に斧を振るったが、ストレイヤーは飛び退いてそれを躱した。
「見た目に似合わず素早いやつだな……」
翔虎は数メートルの距離を置いてストレイヤーと対面する。
ストレイヤーの頭部は小さく、ほとんど胴体にめり込んでおり、わずかなスリット状の黒い空洞のみが、かろうじて顔と言い表せた。
翔虎は斧を構えて飛びかかった。
ストレイヤーはペンチを防御に使い、斧の刃を受け流し続けている。ダメージを受けた部分はすでに再生を完了していた。
翔虎は右に斧を大きく振りかぶってスイングした。
その一撃はストレイヤーから見れば、真左から襲ってくることになる。巨大なペンチの反対側からの攻撃のため、この一撃を受けきることは容易でないはず、そう翔虎は判断しての一撃と見られた。
真左からほぼ水平に斬りつけた斧が、ストレイヤーの左腕をかすめて脇腹に刃を食い込ませると、ストレイヤーは怯んだように動きを止めた。
「よし!」
翔虎は斧を引き抜こうと柄を持つ両手に力を込めたが、ストレイヤーが動きを止めたのは一瞬だった。
ストレイヤーは自分の脇腹に食い込んだ斧を左手で掴む。そのため翔虎が力を入れても斧は引き抜けない。
「こいつ――あっ!」
完全に気を取られていたのだろう。
翔虎はストレイヤーと斧の引き合いをしている間に、ペンチがすぐ眼前に迫ってきていることに気が付いていなかった。斧から両手を離し何かしらの対処を行おうとしたが、時すでに遅かった。
翔虎の頭は正面からペンチにがっしりと掴まれてしまった。翔虎は両手をペンチに掛けて力を込めて開こうとする。
ほんのわずかペンチが開いたかと思われたが、
「く……くくっ」
翔虎は呻いた。
ストレイヤーの肩口の動力部が唸りを上げ、シリンダーが動き、ペンチはその絞める力を強めた。ディールナイトスーツで強化された翔虎の筋力も、そのトルクに打ち勝つことはできなかった。
ペンチの間隔はさらに縮まっていき、それに連れてヘルメットが歪んでいく。
「……翔虎くん、どうした……じょうぶか? ……しょ――」
ヘルメット内のスピーカーから聞こえる亮次の声が途絶え途絶えになり、何かが軋む音に掻き消された。ヘルメットが潰されていく音だった。
翔虎の両腕は痙攣したように震え、最大限の力を込めている。が、ペンチを開かせるには至らず、ペンチが閉じていく速さに僅かにブレーキを掛けているに過ぎない。翔虎が少しでも力を緩めれば、鋼鉄のペンチはたちまち翔虎の頭をヘルメットごと押し潰してしまうに違いない。
ペンチに挟まれたヘルメットに破砕音とともに大きな亀裂が走った。ゴーグルが割れ、破片が足下に落ちる。
何かを挟み潰す音とともに、ペンチは閉じきった。
合わさったペンチに僅かに隙間があるのは、その間に何かを挟んでいるためだ。青と白。ディールナイトのヘルメット、だったものだ。
ヘルメットから下は、ペンチの真下にあった。
崩れ落ちるようにコンクリートの冷たい床に倒れ込んでいるのは、素顔を晒した翔虎。ヘルメットが潰される直前、下に頭を引き抜いたのだった。
無理に引き抜いたせいか、汗まみれのその顔には、ヘルメットで引っ掻いたような傷が数本走り血が滲んでいた。
すぐに起きてしゃがんだ姿勢となった翔虎は、ストレイヤーの左脇腹に食い込んだままの斧の柄を掴み引き抜くと、左膝目がけてスイングして、ストレイヤーの左脚を斬り飛ばした。
ストレイヤーは体勢を崩して前のめりに倒れ、コンクリートの床に突っ伏した。
翔虎は、その巨体の下敷きになる前に横に転がって抜け出る。
「痛て……髪の毛も何本か挟んで抜けちゃったよ……」
翔虎はしゃがんだまま頭頂部をさする。
左手鎧に埋め込んだ携帯電話が振動した。応答すると発信者は亮次だった。
「翔虎くん! どうしたんだ!」
「大丈夫です。ちょっとあせったけど。これからとどめなんで、切りますよ」
ふう、と、ひと息吐き出して翔虎は通話を切り、ディールナイト装備画面に切り替えた。
「ギャラリーが誰もいないところで戦うのって、久しぶりだな」
ディスプレイのドラムを〈ダイヤ〉と〈2〉にして装備の錬換を発動。輝く掌で床を叩く。連続して数字部分を〈3〉にして、再び床を叩く。
宙に飛び出して回転する二丁の銃を、翔虎は左右の手でそれぞれキャッチして、左手にリボルバーの〈ダイヤツー〉、右手にはオートマチックの〈ダイヤスリー〉を構えた。
ストレイヤーはちょうど失った左脚を再生して、立ち上がったところだった。
翔虎は二つの銃口をストレイヤーに向けて、
「――だから、こんなことも平気でできちゃうな」
連続して左右の指で引き金を引いた。銃撃音と着弾音が駐車場にこだまする。
目標が大型だったことを考慮しても、合計して十数発放たれた銃弾の半分以上がストレイヤーの体に着弾したのは、いつかの射撃練習の成果だったと言っていいかもしれない。
目標に命中しなかった銃弾は、ストレイヤーの背後の壁にめり込んで放射状の亀裂を走らせていた。
翔虎は残弾ゼロとなったリボリバー銃を床に投げ捨て、タッチパネルを操作してシャットダウンアタックを発動させた。右手に握ったままの輝くオートマチック銃を両手に構え直し、ストレイヤーに狙いをつける。
先ほどの銃撃でオートマチック銃が鳴らした銃撃音は十二発。装弾数十三発のオートマチック銃には、最後の一発が残っていた。
銃口の射線上にいるストレイヤーは、銃弾によるダメージを回復しきってはいなかった。体中に弾痕を刻み、棒立ちとなっている。
引き金が引かれ、銃撃音のこだまとともに輝く弾丸がストレイヤーの胴体中心に命中した。
その巨躯、巨大なペンチも、すべてが細かな塵となって崩れ去った。
「ふう……」
翔虎はひと息吐いて空中に浮かぶプログラムに歩み寄り、右手をかざしてそれを回収する。左手ディスプレイには、〈ハート〉と〈7〉が表示された。
それを確認した翔虎は、満足そうに頷いて視線を自分が出て来たドアへと向け、そして、固まった。




